The Economist誌がデフレと巨大な公的債務に喘ぐ日本経済に警鐘を鳴らしています("Sleepwalking towards disaster", "Crisis in slow motion")。いずれも、ゆっくりと衰退に向かうかのごとき日本経済をシニカルに見つめています。同誌が日本に対して手厳しいのは相変わらずですが、民主党支持率の低下に如実に反映されている政治的機能不全を目の当たりにすると、「ギリシアの次は...」という風説も強ち看過できません。
同記事で言及されているIMFのワーキング・ペーパーが日本の公的債務の現状を簡潔にまとめていますので、要旨を以下に記載します。今年の1月にリリースされているので、他のブログでも取り上げられていると思いますが、備忘的に記しておくものです。
◆1990年代初頭以来、日本国債の利回りと日本の公的債務および財政赤字とは相関していないように見える(長期金利は財政変数に対して感応的でない)。90年代を通じ、10年物国債の利回りは7%から2%に低下したが、その間、純公的債務はGDPの20%から60%に上昇した。2000年以降、純公的債務はGDPの90%にまで駆け上がったが、長期金利は2%を下回る水準を保っている。
◆2010年には財政赤字はGDPの10%、純公的債務はGDPの110%を超えるレベル(グロスでは225%)に達し、先進国中最悪となっているが、長期金利は依然として歴史的低水準にある。
◆長期金利が財政変数に対し感応的でない理由としては、以下のような日本に特徴的に見られる要因が考えられる。
(1)高い家計貯蓄率:近年は急速に減少しているが、1999年頃までは家計の貯蓄率は10%を超えており、これが公的債務を積み上げる一助となった。
(2)強いホーム・バイアス:日本国債はほとんどが国内の機関投資家によって保有されている。この投資行動は、リスク回避度の高い家計セクターによって後押しされている。
(3)郵貯は年金基金といった巨大な機関投資家が日本国債を選好している。とりわけ日銀の国債保有比率が際だっている。
(4)過去10年間、民間企業部門は貯蓄超過になっており、民間企業部門からの資金も国債価格の高止まりに一役買っている。
(5)財政赤字は高水準にあるが、財政投融資を加えれば、グロスの公的債務はここ10年間増えていない。財投改革により、財政投融資の負債額は減ってきているため、他の政府債務を増やす余地が生まれている。
◆上記の日本に特徴的な要因をコントロールして回帰分析を行うと、財政投融資込みのグロス債務は、国債利回りに対して有意にはたらいている。
◆しかし、将来の各セクターの構造的変化を勘案すると、日本国債を消化していくキャパシティは今後弱まっていき、国債利回りは債務レベルにより感応的になっていくと予想される。
(1)家計セクター:
家計が直接保有する日本国債は全体の5%程度だが、銀行、郵貯などを通じ間接保有している分を考慮すると50%は下らないと言われている。
標準的なライフ・サイクル・モデルが予見するように、少子高齢化に伴い、家計貯蓄率は更に減少していくと予想される。よって、国債を消化する余力はますます小さくなる。
もしも家計貯蓄率が現在の2.2%のままに留まると仮定すると、グロスの公的債務(財投を含む)は2015年には家計セクターが保有するグロスの金融資産を超えてしまう。つまり、2010年代中頃には、公的債務を国内資産で賄うことが困難になり、より高いプレミアムを要求する海外の資金に依存するようになるだろう。
(2)金融セクター
年金基金や郵貯は、より運用についてフリーハンドを持つようになっており、国債から他の金融資産へ投資対象を多様化させる方向に向かいつつある。
民間の金融機関は、近時の世界的金融危機以降、日本国債を中心とした国内資産に投資対象をシフトしてきたが、リスク・アペタイトの復活とともに、ホーム・バイアスも解消される方向へ向かうと予想される。
更に日銀が現下の金融緩和から引き締め方向に舵を切り直せば、日本国債の需給に影響を与えよう。
(3)海外セクター
現状では海外勢の日本国債保有は僅かであり、しばらくは海外勢の投資行動の変化が国債利回りに大きな影響を与えることはない。しかし、中期的には他のソブリン債の発行ラッシュによる日本国債への悪影響(つまり、他のソブリン債による日本国債のクラウディング・アウトの可能性)は否定しえない。
◆以上より、今後は国債利回りは債務レベルや財政収支に対して、より感応的になると予想される。これを克服するためには、注意深い国債管理政策、市場との対話能力、包括的な税制改革の道筋をつけることが要求される。
++++++++++++++++++
淡々とした筆致ですが、とりわけ注目すべきは、現在の家計貯蓄率が続いた場合、グロスの公的債務水準がグロスの家計保有金融資産を超えてしまうという指摘でしょう。Economist誌も日本の歪んだ税制について改革の必要性を訴えていますが、ここでも行き着くところは政治の実行能力ということになります。
同記事で言及されているIMFのワーキング・ペーパーが日本の公的債務の現状を簡潔にまとめていますので、要旨を以下に記載します。今年の1月にリリースされているので、他のブログでも取り上げられていると思いますが、備忘的に記しておくものです。
◆1990年代初頭以来、日本国債の利回りと日本の公的債務および財政赤字とは相関していないように見える(長期金利は財政変数に対して感応的でない)。90年代を通じ、10年物国債の利回りは7%から2%に低下したが、その間、純公的債務はGDPの20%から60%に上昇した。2000年以降、純公的債務はGDPの90%にまで駆け上がったが、長期金利は2%を下回る水準を保っている。
◆2010年には財政赤字はGDPの10%、純公的債務はGDPの110%を超えるレベル(グロスでは225%)に達し、先進国中最悪となっているが、長期金利は依然として歴史的低水準にある。
◆長期金利が財政変数に対し感応的でない理由としては、以下のような日本に特徴的に見られる要因が考えられる。
(1)高い家計貯蓄率:近年は急速に減少しているが、1999年頃までは家計の貯蓄率は10%を超えており、これが公的債務を積み上げる一助となった。
(2)強いホーム・バイアス:日本国債はほとんどが国内の機関投資家によって保有されている。この投資行動は、リスク回避度の高い家計セクターによって後押しされている。
(3)郵貯は年金基金といった巨大な機関投資家が日本国債を選好している。とりわけ日銀の国債保有比率が際だっている。
(4)過去10年間、民間企業部門は貯蓄超過になっており、民間企業部門からの資金も国債価格の高止まりに一役買っている。
(5)財政赤字は高水準にあるが、財政投融資を加えれば、グロスの公的債務はここ10年間増えていない。財投改革により、財政投融資の負債額は減ってきているため、他の政府債務を増やす余地が生まれている。
◆上記の日本に特徴的な要因をコントロールして回帰分析を行うと、財政投融資込みのグロス債務は、国債利回りに対して有意にはたらいている。
◆しかし、将来の各セクターの構造的変化を勘案すると、日本国債を消化していくキャパシティは今後弱まっていき、国債利回りは債務レベルにより感応的になっていくと予想される。
(1)家計セクター:
家計が直接保有する日本国債は全体の5%程度だが、銀行、郵貯などを通じ間接保有している分を考慮すると50%は下らないと言われている。
標準的なライフ・サイクル・モデルが予見するように、少子高齢化に伴い、家計貯蓄率は更に減少していくと予想される。よって、国債を消化する余力はますます小さくなる。
もしも家計貯蓄率が現在の2.2%のままに留まると仮定すると、グロスの公的債務(財投を含む)は2015年には家計セクターが保有するグロスの金融資産を超えてしまう。つまり、2010年代中頃には、公的債務を国内資産で賄うことが困難になり、より高いプレミアムを要求する海外の資金に依存するようになるだろう。
(2)金融セクター
年金基金や郵貯は、より運用についてフリーハンドを持つようになっており、国債から他の金融資産へ投資対象を多様化させる方向に向かいつつある。
民間の金融機関は、近時の世界的金融危機以降、日本国債を中心とした国内資産に投資対象をシフトしてきたが、リスク・アペタイトの復活とともに、ホーム・バイアスも解消される方向へ向かうと予想される。
更に日銀が現下の金融緩和から引き締め方向に舵を切り直せば、日本国債の需給に影響を与えよう。
(3)海外セクター
現状では海外勢の日本国債保有は僅かであり、しばらくは海外勢の投資行動の変化が国債利回りに大きな影響を与えることはない。しかし、中期的には他のソブリン債の発行ラッシュによる日本国債への悪影響(つまり、他のソブリン債による日本国債のクラウディング・アウトの可能性)は否定しえない。
◆以上より、今後は国債利回りは債務レベルや財政収支に対して、より感応的になると予想される。これを克服するためには、注意深い国債管理政策、市場との対話能力、包括的な税制改革の道筋をつけることが要求される。
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淡々とした筆致ですが、とりわけ注目すべきは、現在の家計貯蓄率が続いた場合、グロスの公的債務水準がグロスの家計保有金融資産を超えてしまうという指摘でしょう。Economist誌も日本の歪んだ税制について改革の必要性を訴えていますが、ここでも行き着くところは政治の実行能力ということになります。