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自己流経済学再入門、その他もろもろ

「ベーシック・インカム入門」

2009-02-23 | Weblog
先日、ベーシック・キャピタルについてちょっと書いたので、本日はベーシック・インカムについて。折りよく山森亮著「ベーシック・インカム入門」(光文社文庫)が発売されたので、早速購入してみました。

まず、ベーシック・インカム(以下「BI」)の定義から。著者はアイルランド政府が2002年に出した「ベーシック・インカム白書」からの定義を引いています。即ち、
(1)個人に対して、どのような状況に置かれているかに関わりなく無条件に支給される。
(2)BI給付は課税されず、それ以外の所得はすべて課税される。
(3)望ましい給付水準は、尊厳をもって生き、実際の生活において選択肢を保障するものでなければならない。その水準は貧困線と同じかそれ以上として表すことができるかもしれないし、「適切な」生活保護基準と同等、あるいは平均賃金の何割、といった表現となるかもしれない。

BIといえば、M. Friedmanの提唱した「負の所得税」とも極めて近く、左右両派から支持を集めうる素地を持っています。
Friedmanが1962年の「資本主義と自由」において提唱した「負の所得税」とは、所得が基礎控除を下回る場合に(基礎控除-所得)の差を補助金として支給するというもので、Friedman自身、貧困の救済を目的として提唱しています。いわゆる公的扶助(生活保護)は、所得が多くなると受給権を剥奪されてしまうため、労働のインセンティブを損なってしまいますが、負の所得税は就労インセンティブを損なう程度がより少ないと考えられています。
ちなみに、Mankiwは自身のブログで、多くの経済学者によってコンセンサスを得ている経済問題のリストを紹介していますが(池田信夫氏のブログでも言及されています)、「政府は”負の所得税”の考え方に従って福祉制度を改変すべきである」という設問には79%の経済学者が同意している、としています。
なお、BIと負の所得税の違いについて、著者はJ.E.Meadeを引いて「経済効果は同じように設計しうる」としています(行政上の実際の運用は異なりますが)。

また、就労インセンティブを阻害せずに貧困から脱却するという負の所得税の発想は、現在ではBI/FT(ベーシック・インカム/定率所得税)という形に置き換え議論されている、とも述べられています。稼得所得に対する限界税率を一定にすることにより、就労インセンティブを損なわないようにする考え方です。主唱者のA. Atkinsonによれば、いまだにBI/FTが現実の制度として導入されない理由は、
(1)現行の社会保障制度の基盤である社会保険への支持
(2)BIが無条件に支給されることへの嫌悪ないし危惧
の2つだとされています。
財源は大丈夫なのか?という問いも切実ですが、これに関して本書は割りに淡白に扱っており、財政上の試算は一切紹介していません。「BIが必要だという合意があれば、あとはそれに見合う財源を調達するだけ」ということなのですが、やはりBIの実現可能性という観点から、この分野でどのような議論がなされてきたのか、多少は紹介してほしかった気がします。

本書はBIの歴史や学説史に多くのページが割かれており、また環境問題への含意についても述べられていますが、ここでは私の個人的な関心に引き付け、理論的な面についてのみ言及しました。本書はBIについてコンパクトで見通しのよい説明を与えていますが、紙幅の関係か、特に理論面では物足りないところもあります。随分前に購入したまま積ん読状態になっているT.フィッツパトリック著「自由と保障」あたりを紐解いて、もう少し理解を深めたいと思います。