「リタ、泣いてたぞ」
誰も居なくなった静寂に投げかけて、ただ一人誰に知られもせず笑った。生きていた相手にそういう顔を見せたことはないし、見せる気もなかった。どうして死人になら素直に歪んだ感情を吐き出せるのだろうか。嬉しくもないのに笑えてくる、こんな感情を覚えた事はない。人一人死んで、泣きたい代わりにどうしてか、腹の底から大笑いしてやりたかった。
リタに見られれば絶交されるような、澄んだ笑みを浮かべて、逝ってしまった馬鹿の横に腰掛ける。
「…結局我慢してたのはアンタだったな、おっさん」
情けのない声を墓前に垂れて、自分自身のつま先に視線を落とす。このつま先で幾つの屍を踏みつけて来た。いつか、いつかきっと今の様に、無慈悲な足はかつて仲間と呼んだ人間ですら踏みつけてしまうのかもしれない。
結局、先へ行けたのは俺だけだった。あの日踏み出したはずの男が逝ってしまい、そして踏み止まったはずの俺がこの世に腰を据えている。レイヴンが最期に見た世界はどんな色だったのか、今日だけは知りたいと願う。死は何を齎したのだと、問うことが叶うのなら。一度くらい、あの視線の先に在るものを共有することぐらいは、しても良かった。
「でも俺らは似たもの同士だと思ってたよ。案外歩み寄れない辺りに居たのかもしれないけどな」
もしも神なんてものが居るのだとしたら、殴りつけて舞台裏から引き摺り下ろしてやりたい。どうしてこうもあべこべなのだろう。幸せになりたいと願った人間だけが悲しみ、背を向けた人間にどうしたって幸福を押し付ける。そうして、降伏を求めて、一体何をさせたいのだと叫びたい。
誰に対してかの仄暗い怒りが、軽く握った拳の中から溢れ出して、降り始めた雨と共に地面へ吸い込まれていく。泣きも怒りもしてやらない。あんな奴の為に、感情を磨耗するのは、馬鹿らしくてたまらない。
「…アンタは俺に言ったよな。色々って何だ?リタを追い詰めて、アンタを忘れないようにさせる事だったのか?」
ぽつぽつと降り注ぐ雨音が、乾き始めていた地面をまた黒面一色に塗り替えてゆく。悔しかった。どんなに問いかけようが追い詰めようが、怒りをぶつける相手がもう居ない。居ないからこそ腹立たしく、居ればこんな事にはならなかったのに。これでは先に行ったのではなくて、先に"逃げていった"だけだ。全てを置いて、誰にも忘れられずに、最低の裏切りを遺して。
「そんな最低な事を、誇らしげに"決めた"って言ったのかよ!結局アンタは、何一つ守れてやしないくせに…!!」
正確には、あの時リタは泣いてなどいなかった。けれど今にも泣き出しそうな表情で、触った途端に崩れて無くなってしまいそうな雰囲気を纏っていたのは、後にも先にもその一瞬のみだろう。生きていればあの男は気付いただろうか――いや、気付けなかったからこそ、この結果が訪れたのかもしれない。直接の死因を作ったのは本人だと聞いた。リタがどうしたって泣けないのは、もう誰だってとっくに知っている。
結局そんな要らない気遣いが傷つける事になるのだと言ったのは、一体、誰だったというのだ。口先だけの道化だと、そう思うのはとっくに止めたはずなのに。あの男は忌々しい自分の過去ですら墓碑に刻み込んで、走り去っていくというのか。
「…俺もまだ甘かったんだな。アンタみたいな馬鹿はあの時殺しとくべきだった。どうせならリタの傷が浅い内にして欲しかったもんだ」
答えを出すだろうと思っていた自分が愚かだと思える。俺は先に行って良かったのかもしれない、けれどそんな事はもうどうでも良かった。まさかあの男は生きる人間を置いて楽になるなんて行為が、許されるとでも思ったのだろうか。リタ、それから過去の自分。想えばこそ噛み締めた奥歯が鈍い音を立てた。
凛々の明星が預かった命を身勝手に捨てるというのなら、それ相応の罰を覚悟していたはずだ。怒りに任せて立ち上がり手にしていた刀を抜き去る。この刀に鞘はもう必要ない、力任せに遠くへ投げ捨てた。
「俺はアンタを許さない。凛々の明星の名と、それからドン・ホワイトホースの遺志において、レイヴンを罰する」
そう言って、勢いをつけて墓碑の前へと刀を突き立てる。あの男は何も言わなかったんじゃない、何も言わなかったのだ。全て解っていて、全てを黙っていた。初めて心から慕った人間をこの手で罰するその瞬間、指先から冷たい痺れは全身に広がり呪いの様に体中を多い尽くした。無機質な地面を刺しただけだというのに、作り物の心臓を押さえて皮肉そうに笑う騎士の顔が浮かんだ。
何十もの部下を従えて凛と歩く背中を見て、子供心ながらに追いつきたいと思った。ああなりたいと、願った。けれど追い着こうと願った背はいつの間にか自身を下回り、その背は結局自身を追い抜くフリをして、雲隠れした。もう追い着くことは叶わない。追い着きたいとも思わない。
レイヴンが遺したのは裏切りじゃないと気付いていても、もう憎む事しかできなかった。背を押したのだ。決断するのはレイヴンだと何も言わなかった俺と同じように、俺の弱さを全て俺に委ねて、決する強さを押し付けていったのだと解っても。
「…アンタと俺は似てたよ、シュヴァーン。アンタが歩けなかった分の未来は俺が継いでやる。だから、――だから黙って地獄に落ちろ」
そうしてその未来で振り返った先には、おそらくシュヴァーンを含めて墓標が続いているはずだ。俺を地獄へと導く血濡れの墓標が、淡々と続いているに違いない。そこに立って見ているのだろう、握りつぶしてきた全ての"正義"を見据えるだけの強さを与えた、その男は。忘れはしない、殺めた人間も生きている人間も。殺めた人間から背いて生きている人間から未来を奪った男のようには、なってやらない。絶対に許さないと、冗談のような死に顔を思い返して呟いた。
罪を切り捨てた手が、初めて震えた夜のこと。ただ、本当に今も、あの背中に憧れた過去を捨てきれないその悔しさが、泣けない毒となって心の中を蝕んだ。
―――
(忘れない傷跡)
「過去に生く人、未来に逝く人」と対の話。
題名に迷った挙句この先を書くのを止めた件。
各個の繋がりとかが酷すぎるけど気にしない。
【最後の反省会】
ユーリ・ローウェル(翻る流れ星、過去に生く人)
1回目、エステルの必死の告白をスルー
2回目、優柔不断さを超絶アピール
3回目、やっと格好良くなったと思ったら死んだ元仲間に対し「黙って地獄に落ちろ」
ユーリって格好いいんだよ、と言いたくて失敗した。
エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン(不憫な姫様)
1回目という名の最後の出番、泣きながら告白
エステルのわりと頑張るところを書きたくて失敗した。
本当は、エステルが"愛する人と一時期でも幸せになれた"リタを羨んで、逆にリタが"幸せになれないとしても、愛する人が生きている"エステルを羨ましがる話があるはずだったけど無くなった。すんませんでした。
リタ・モルディオ(罪無きヤンデレ娘)
没1回目、まるでハルヒのノリ
新1回目、落ち着いて下さい
訂正前1回目、本当に落ち着いて下さい
2回目、よくがんばりました、でももう少し落ち着け
全体的に自重できないリタでお送りしました。すみませんでした。当たり前の感情を当たり前だと思えない少女と、当たり前の感情を当たり前に受け止められない男の話。
レイヴン/シュヴァーン(未来に逝った、焦燥を抱いて堕ちる輝星)
1回目、まるで空気が読めるかのような格好いいおっさん。略してマカオ(?)。
没2回目、へっぴり腰のまるでだめなおっさん。略してマダオ。
新2回目、くたばれロリコン
3回目4回目、死人シュヴァーン
格好よく、そして幽霊みたいなおっさん。新没どっちもの2回目以外はよく書けたかもしれない。まあ3回目と4回目の出番では死んでるけど。
誰も居なくなった静寂に投げかけて、ただ一人誰に知られもせず笑った。生きていた相手にそういう顔を見せたことはないし、見せる気もなかった。どうして死人になら素直に歪んだ感情を吐き出せるのだろうか。嬉しくもないのに笑えてくる、こんな感情を覚えた事はない。人一人死んで、泣きたい代わりにどうしてか、腹の底から大笑いしてやりたかった。
リタに見られれば絶交されるような、澄んだ笑みを浮かべて、逝ってしまった馬鹿の横に腰掛ける。
「…結局我慢してたのはアンタだったな、おっさん」
情けのない声を墓前に垂れて、自分自身のつま先に視線を落とす。このつま先で幾つの屍を踏みつけて来た。いつか、いつかきっと今の様に、無慈悲な足はかつて仲間と呼んだ人間ですら踏みつけてしまうのかもしれない。
結局、先へ行けたのは俺だけだった。あの日踏み出したはずの男が逝ってしまい、そして踏み止まったはずの俺がこの世に腰を据えている。レイヴンが最期に見た世界はどんな色だったのか、今日だけは知りたいと願う。死は何を齎したのだと、問うことが叶うのなら。一度くらい、あの視線の先に在るものを共有することぐらいは、しても良かった。
「でも俺らは似たもの同士だと思ってたよ。案外歩み寄れない辺りに居たのかもしれないけどな」
もしも神なんてものが居るのだとしたら、殴りつけて舞台裏から引き摺り下ろしてやりたい。どうしてこうもあべこべなのだろう。幸せになりたいと願った人間だけが悲しみ、背を向けた人間にどうしたって幸福を押し付ける。そうして、降伏を求めて、一体何をさせたいのだと叫びたい。
誰に対してかの仄暗い怒りが、軽く握った拳の中から溢れ出して、降り始めた雨と共に地面へ吸い込まれていく。泣きも怒りもしてやらない。あんな奴の為に、感情を磨耗するのは、馬鹿らしくてたまらない。
「…アンタは俺に言ったよな。色々って何だ?リタを追い詰めて、アンタを忘れないようにさせる事だったのか?」
ぽつぽつと降り注ぐ雨音が、乾き始めていた地面をまた黒面一色に塗り替えてゆく。悔しかった。どんなに問いかけようが追い詰めようが、怒りをぶつける相手がもう居ない。居ないからこそ腹立たしく、居ればこんな事にはならなかったのに。これでは先に行ったのではなくて、先に"逃げていった"だけだ。全てを置いて、誰にも忘れられずに、最低の裏切りを遺して。
「そんな最低な事を、誇らしげに"決めた"って言ったのかよ!結局アンタは、何一つ守れてやしないくせに…!!」
正確には、あの時リタは泣いてなどいなかった。けれど今にも泣き出しそうな表情で、触った途端に崩れて無くなってしまいそうな雰囲気を纏っていたのは、後にも先にもその一瞬のみだろう。生きていればあの男は気付いただろうか――いや、気付けなかったからこそ、この結果が訪れたのかもしれない。直接の死因を作ったのは本人だと聞いた。リタがどうしたって泣けないのは、もう誰だってとっくに知っている。
結局そんな要らない気遣いが傷つける事になるのだと言ったのは、一体、誰だったというのだ。口先だけの道化だと、そう思うのはとっくに止めたはずなのに。あの男は忌々しい自分の過去ですら墓碑に刻み込んで、走り去っていくというのか。
「…俺もまだ甘かったんだな。アンタみたいな馬鹿はあの時殺しとくべきだった。どうせならリタの傷が浅い内にして欲しかったもんだ」
答えを出すだろうと思っていた自分が愚かだと思える。俺は先に行って良かったのかもしれない、けれどそんな事はもうどうでも良かった。まさかあの男は生きる人間を置いて楽になるなんて行為が、許されるとでも思ったのだろうか。リタ、それから過去の自分。想えばこそ噛み締めた奥歯が鈍い音を立てた。
凛々の明星が預かった命を身勝手に捨てるというのなら、それ相応の罰を覚悟していたはずだ。怒りに任せて立ち上がり手にしていた刀を抜き去る。この刀に鞘はもう必要ない、力任せに遠くへ投げ捨てた。
「俺はアンタを許さない。凛々の明星の名と、それからドン・ホワイトホースの遺志において、レイヴンを罰する」
そう言って、勢いをつけて墓碑の前へと刀を突き立てる。あの男は何も言わなかったんじゃない、何も言わなかったのだ。全て解っていて、全てを黙っていた。初めて心から慕った人間をこの手で罰するその瞬間、指先から冷たい痺れは全身に広がり呪いの様に体中を多い尽くした。無機質な地面を刺しただけだというのに、作り物の心臓を押さえて皮肉そうに笑う騎士の顔が浮かんだ。
何十もの部下を従えて凛と歩く背中を見て、子供心ながらに追いつきたいと思った。ああなりたいと、願った。けれど追い着こうと願った背はいつの間にか自身を下回り、その背は結局自身を追い抜くフリをして、雲隠れした。もう追い着くことは叶わない。追い着きたいとも思わない。
レイヴンが遺したのは裏切りじゃないと気付いていても、もう憎む事しかできなかった。背を押したのだ。決断するのはレイヴンだと何も言わなかった俺と同じように、俺の弱さを全て俺に委ねて、決する強さを押し付けていったのだと解っても。
「…アンタと俺は似てたよ、シュヴァーン。アンタが歩けなかった分の未来は俺が継いでやる。だから、――だから黙って地獄に落ちろ」
そうしてその未来で振り返った先には、おそらくシュヴァーンを含めて墓標が続いているはずだ。俺を地獄へと導く血濡れの墓標が、淡々と続いているに違いない。そこに立って見ているのだろう、握りつぶしてきた全ての"正義"を見据えるだけの強さを与えた、その男は。忘れはしない、殺めた人間も生きている人間も。殺めた人間から背いて生きている人間から未来を奪った男のようには、なってやらない。絶対に許さないと、冗談のような死に顔を思い返して呟いた。
罪を切り捨てた手が、初めて震えた夜のこと。ただ、本当に今も、あの背中に憧れた過去を捨てきれないその悔しさが、泣けない毒となって心の中を蝕んだ。
―――
(忘れない傷跡)
「過去に生く人、未来に逝く人」と対の話。
題名に迷った挙句この先を書くのを止めた件。
各個の繋がりとかが酷すぎるけど気にしない。
【最後の反省会】
ユーリ・ローウェル(翻る流れ星、過去に生く人)
1回目、エステルの必死の告白をスルー
2回目、優柔不断さを超絶アピール
3回目、やっと格好良くなったと思ったら死んだ元仲間に対し「黙って地獄に落ちろ」
ユーリって格好いいんだよ、と言いたくて失敗した。
エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン(不憫な姫様)
1回目という名の最後の出番、泣きながら告白
エステルのわりと頑張るところを書きたくて失敗した。
本当は、エステルが"愛する人と一時期でも幸せになれた"リタを羨んで、逆にリタが"幸せになれないとしても、愛する人が生きている"エステルを羨ましがる話があるはずだったけど無くなった。すんませんでした。
リタ・モルディオ(罪無きヤンデレ娘)
没1回目、まるでハルヒのノリ
新1回目、落ち着いて下さい
訂正前1回目、本当に落ち着いて下さい
2回目、よくがんばりました、でももう少し落ち着け
全体的に自重できないリタでお送りしました。すみませんでした。当たり前の感情を当たり前だと思えない少女と、当たり前の感情を当たり前に受け止められない男の話。
レイヴン/シュヴァーン(未来に逝った、焦燥を抱いて堕ちる輝星)
1回目、まるで空気が読めるかのような格好いいおっさん。略してマカオ(?)。
没2回目、へっぴり腰のまるでだめなおっさん。略してマダオ。
新2回目、くたばれロリコン
3回目4回目、死人シュヴァーン
格好よく、そして幽霊みたいなおっさん。新没どっちもの2回目以外はよく書けたかもしれない。