せかいのうらがわ

君と巡り合えた事を人はキセキと呼ぶのだろう
それでも僕らのこの恋は「運命」と呼ばせてくれよ

忘れない傷跡/堕ちた輝星

2009-07-25 02:19:00 | テイルズ
今日の続きは何も変わらない明日だと、当たり前の様に思っていた。

知らせが届いたのは、ハルルの花が咲き終わり、全て散った先のこと。戻ってきたのは一本の短剣だけで、持ち主はもう居ない。殉職には程遠い突然死の原因を知っているのはあの仲間たちだけで、結局誰に知られるでもなく逝ってしまった。
この世界に一体どれだけの人間が、彼を知っていたというのだろう。騎士でもギルド員でもないたった一人の男が、苦しみながら生きていたという事を、誰が知っているというのだろう。最期を見届けた人間は、それを知っていただろうか?
箱の中に納まった騎士の寝姿を見て想う。これで居なくなってしまった。レイヴンはどこにも居なくなってしまった。あれほど嫌悪した姿で最期を迎える彼の顔はどうも穏やか過ぎて、眠っているのではないかと錯覚する。起き上がってくれるような、そんな甘い幻想を抱いては無意識に頬へ伸ばした。手から伝わる温度に、それはないのだとすぐに知ったけれど。
涙も落とさない乾いた目の代わりに、空が大泣きしている。出会ったあの日もひどい雨で、不埒な態度に苛立ったのを今でも鮮明に思い出せる。それでも彼は居なくなってしまった。もう居ない。だからもう、思い出す必要もない。そう思えばこそ、体の底から大笑いしたくなった。

「確かに、死んじゃえばいいなんて、何度も思ったわよ」

暗雲に手を伸ばし、昇り去っていったはずの思い出を捕まえようとしてみる。手の平には雨がしきりに降り注ぎ、もやもやとした不快感を具現化したような雲を手に取る事なんてできるわけもなかった。ただ捕まえて、それから、何をしたかっただろうか。彼が戻ってきたとして、最期に自分は何を言いたかっただろうか。
当たり前の会話を交わして当たり前の夜を迎えて、幾つかの当然の朝を過ごして、結果がこれだ。明日は当然のように来ると思っていたから、最後に言ったのは確か罵り言葉だった気がする。ばかね、そう言って笑ったはずだ。本当に仕方の無いひと、ばかね、おやすみ。もう言い直すこともできないのだ、例えば死期がわかっていたのなら、それを言われた時彼はどんな気持ちだったというのだろう。それでもにっこりと笑っておやすみと、それは誰に対して言った言葉なのか。問い詰めたい、けれどもう答えはどこにも存在しない。永遠に考えることしか、できなくなってしまった。

「でも、勝手に死んでいいなんて、許可した覚えない」

傘もささずに出てきた服はべっとりと肌に張り付いていて、それだけが妙にリアルで、その他の事は全部、夢のようだった。沈黙に沈む騎士たちの顔、それに混じって泣き崩れる下町の住民、お姫様、騎士団長代理。誰を見ているのだろう。この箱に入った騎士が誰かなんて、この中で何人の人間が知っているというのだろう。この人はシュヴァーンなんかじゃない。名前なんてどうでもよかった、けれど生前否定していた人格だなんて最期に言われて欲しくなかった。事実があれば他はどうでもいいのだ、自分以外の他人を考えた事なんかない。ただ慎ましやかな幸せさえ在れば、もう他は、どうでもいいのに。どうでも"よかった"のに。

「…まだキスもしてなかった」

レイヴンは死んでしまった。死因は心臓魔導器の不調による生命力の低下。一度落ち始めればそこからは二度と這い上がることはできない、死へのカウントダウン。それをずっと忌避してきたのに、結局、彼が黙っていたせいで、―気を使わなかった自分の所為で、笑ったまま、手を離されてしまった。
箱の中で眠る貴方から、生前叶うことの無かった口付けを奪い去る。ざまあみろ。三年前の私が指をさして、貴方を嗤っていた。

―――
(堕ちた輝星)
おちたこうせい

オチが短すぎ・酷すぎな件。いつか書き直したい。
リタにまだキスもしてなかったって言わせたかった。
ざまあみろって言わせたかった。さーせんでした。

追記
題名を唐突に変えたのは翻る流れ星と対にしたかったから。