私の指先には、小さな小さな、でも深い傷跡がある。
本来あってはならない事なのだろうけど、以前深夜に目を覚ますと、ユーリに手をまじまじと見られていたことがある。どうしたのか訊いても、あの人ははぐらかすばかりで、教えてはくれなかった。
自分でよく見てみて、やっと左手の薬指に、鋭い刀跡がある事に気付いた。本当に小さな、けれど消えなさそうな刀傷。これを見ていたのだろうか、――いつの間についたのだろうか。あれからしばらく、私は武器を握らせてもらえない。戦いに出向くときは常に二軍で、不意を取られても後衛に居ることが多かった。料理だってそんなにはしないし、失敗をした覚えもない。
痛そうな、傷跡。なのにわたしは、覚えていない。少し前まではなかったはずなのに、一体なにがどうなっているのか。
「気になる?その傷。それね、嬢ちゃん。おっさんのせいよ」
ぼうっと指先を見ていると、丁度真向かいに座っていたレイヴンに声をかけられた。驚いて顔を上げると、本当に申し訳なさそうに苦笑していて、逆にこちらが申し訳の無い気持ちになってくる。「ごめんなさい、そんなつもりじゃ、」見ていられなくなって俯くと、からからと乾いた笑いが聞こえた。
「あんま思い出したくないかもしんないけど、嬢ちゃんを正気に戻す時にちょっとね」
レイヴンは泣くように笑っていた。私がそういう目に遭ったのは、レイヴンがシュヴァーンとして私を連れ去り、アレクセイの元へ引き渡してしまったから。抵抗することも疑うこともしなかった無知な私を責めるでもない、罪を自分だけで背負ってしまうところが、どこかユーリに似ていると思った。自分だけがのうのうと生きて、他人に罪を被せている。そんな気がして、少し、つらくなる。
レイヴンによると、ユーリは全員を下がらせて、自分だけ前に飛び出したかと思うと、リタにトラクタービームを連発させたのだそうだ。魔術のどうこうなど知らない彼が、刀よりは痛くないだろうと思った苦肉の策だったらしい。ユーリは私がどんなに刀を振り上げられても受けるだけで、決して反撃しなかったのだそうだ。それを聞いて私は、少し笑って、少し泣いた。
「嬢ちゃん、あれからあんま剣持ってないでしょ。あれ、嬢ちゃんがお荷物だからとかじゃなく、…気遣ってるつもりっぽいよ?」
「…私は、あんまり、覚えてないのに…それじゃあ、迷惑っばっかり…かけてしまいます」
申し訳なさのはけ口を見つけられずに、指先と指先を絡める。思考も同じように絡まってしまって、半分くらい、レイヴンが何を言っているのかよくわからなかった。
おかえりと、ユーリは言ってくれたのだ。罰をくれと言ったレイヴンに一度手を上げたし、もう何もかも終わったのだと思っていた。ユーリが前に出してくれないのは、私の体を気遣ってくれての事なのだと思っていたのに、――何もかも、物語は全て私の手の届かないところで進んでいる。気付けば置いていかれて、そのうち独りぼっちになってしまうのかもしれないと、えもいわれぬ不安が背筋を駆け上がり、脳天を突き抜けて不愉快な浮遊感だけが残る。
「それつけちゃったの、ユーリ青年ね。あの後、大将すっごい後悔してて、荒れててたから吃驚したわ」
だからそう言われたとき、がんと頭を横から殴られたような気になった。急速に現実へ引き戻されて、体がとても重くなる。こんな、料理ですらついてしまいそうな小さな傷のせいで、ユーリはずっと辛い思いをしていたと、つまりはそういう事なのだろうか。本当の事は、本人に訊くまでわからない。けれどたった一瞬ですら在った事に、ひどい罪悪を覚える。悪いのは全て、私なのに。
独り血が出るほどに拳を握り締めて、全てを押し殺してしまうユーリの姿が浮かんで、更に心苦しくなる。
「そんなの、ユーリのせいじゃないです」
苦し紛れに、ぽつりと呟く。上手い言葉が見つからなくて、ああでもない、こうでもないと思考の様に絡ます私の指先をじっと見ながら、レイヴンはとてもバツが悪そうに視線を彷徨わせ、何か言葉を捜しているふうだった。結局、駄々を捏ねる子供に言い聞かすように「そうかもね、」と相槌を打ったっきり、レイヴンは黙りこくってしまう。そうかもね。ぼんやりと頭に言われた言葉を反復してみて、納得がいかずふわふわと漂うような、不思議な浮遊感を覚えた。
私の指先には、小さな小さな、でも深い傷跡がある。これは護られいる証、私が何も知らない証。おそらくきっとこの傷は消えないけれど、消えたとしても、忘れなければいいと、ふと思った。
―――
(指先に、罪)
あなたの切っ先に、罰
実際あのタコ殴り様だったら誤って刺し殺しててもおかしくはないんですが、ユーリ実はエステル大事だよ!っていう話が書きたかった。
こう、刀が微妙に掠っちゃって傷ついちゃったとか、そんなん。
仕方のない事だし、正当防衛でもあるけど、ちょっとでもエステルを傷つけちゃった自分が許せない=大将荒れちゃってて吃驚。
それにしてもこのシリーズ、犬・少年・クリティアっ子の空気率が異常。
主要メンバーなのに出番がねーぜ…/(^O^)\
本来あってはならない事なのだろうけど、以前深夜に目を覚ますと、ユーリに手をまじまじと見られていたことがある。どうしたのか訊いても、あの人ははぐらかすばかりで、教えてはくれなかった。
自分でよく見てみて、やっと左手の薬指に、鋭い刀跡がある事に気付いた。本当に小さな、けれど消えなさそうな刀傷。これを見ていたのだろうか、――いつの間についたのだろうか。あれからしばらく、私は武器を握らせてもらえない。戦いに出向くときは常に二軍で、不意を取られても後衛に居ることが多かった。料理だってそんなにはしないし、失敗をした覚えもない。
痛そうな、傷跡。なのにわたしは、覚えていない。少し前まではなかったはずなのに、一体なにがどうなっているのか。
「気になる?その傷。それね、嬢ちゃん。おっさんのせいよ」
ぼうっと指先を見ていると、丁度真向かいに座っていたレイヴンに声をかけられた。驚いて顔を上げると、本当に申し訳なさそうに苦笑していて、逆にこちらが申し訳の無い気持ちになってくる。「ごめんなさい、そんなつもりじゃ、」見ていられなくなって俯くと、からからと乾いた笑いが聞こえた。
「あんま思い出したくないかもしんないけど、嬢ちゃんを正気に戻す時にちょっとね」
レイヴンは泣くように笑っていた。私がそういう目に遭ったのは、レイヴンがシュヴァーンとして私を連れ去り、アレクセイの元へ引き渡してしまったから。抵抗することも疑うこともしなかった無知な私を責めるでもない、罪を自分だけで背負ってしまうところが、どこかユーリに似ていると思った。自分だけがのうのうと生きて、他人に罪を被せている。そんな気がして、少し、つらくなる。
レイヴンによると、ユーリは全員を下がらせて、自分だけ前に飛び出したかと思うと、リタにトラクタービームを連発させたのだそうだ。魔術のどうこうなど知らない彼が、刀よりは痛くないだろうと思った苦肉の策だったらしい。ユーリは私がどんなに刀を振り上げられても受けるだけで、決して反撃しなかったのだそうだ。それを聞いて私は、少し笑って、少し泣いた。
「嬢ちゃん、あれからあんま剣持ってないでしょ。あれ、嬢ちゃんがお荷物だからとかじゃなく、…気遣ってるつもりっぽいよ?」
「…私は、あんまり、覚えてないのに…それじゃあ、迷惑っばっかり…かけてしまいます」
申し訳なさのはけ口を見つけられずに、指先と指先を絡める。思考も同じように絡まってしまって、半分くらい、レイヴンが何を言っているのかよくわからなかった。
おかえりと、ユーリは言ってくれたのだ。罰をくれと言ったレイヴンに一度手を上げたし、もう何もかも終わったのだと思っていた。ユーリが前に出してくれないのは、私の体を気遣ってくれての事なのだと思っていたのに、――何もかも、物語は全て私の手の届かないところで進んでいる。気付けば置いていかれて、そのうち独りぼっちになってしまうのかもしれないと、えもいわれぬ不安が背筋を駆け上がり、脳天を突き抜けて不愉快な浮遊感だけが残る。
「それつけちゃったの、ユーリ青年ね。あの後、大将すっごい後悔してて、荒れててたから吃驚したわ」
だからそう言われたとき、がんと頭を横から殴られたような気になった。急速に現実へ引き戻されて、体がとても重くなる。こんな、料理ですらついてしまいそうな小さな傷のせいで、ユーリはずっと辛い思いをしていたと、つまりはそういう事なのだろうか。本当の事は、本人に訊くまでわからない。けれどたった一瞬ですら在った事に、ひどい罪悪を覚える。悪いのは全て、私なのに。
独り血が出るほどに拳を握り締めて、全てを押し殺してしまうユーリの姿が浮かんで、更に心苦しくなる。
「そんなの、ユーリのせいじゃないです」
苦し紛れに、ぽつりと呟く。上手い言葉が見つからなくて、ああでもない、こうでもないと思考の様に絡ます私の指先をじっと見ながら、レイヴンはとてもバツが悪そうに視線を彷徨わせ、何か言葉を捜しているふうだった。結局、駄々を捏ねる子供に言い聞かすように「そうかもね、」と相槌を打ったっきり、レイヴンは黙りこくってしまう。そうかもね。ぼんやりと頭に言われた言葉を反復してみて、納得がいかずふわふわと漂うような、不思議な浮遊感を覚えた。
私の指先には、小さな小さな、でも深い傷跡がある。これは護られいる証、私が何も知らない証。おそらくきっとこの傷は消えないけれど、消えたとしても、忘れなければいいと、ふと思った。
―――
(指先に、罪)
あなたの切っ先に、罰
実際あのタコ殴り様だったら誤って刺し殺しててもおかしくはないんですが、ユーリ実はエステル大事だよ!っていう話が書きたかった。
こう、刀が微妙に掠っちゃって傷ついちゃったとか、そんなん。
仕方のない事だし、正当防衛でもあるけど、ちょっとでもエステルを傷つけちゃった自分が許せない=大将荒れちゃってて吃驚。
それにしてもこのシリーズ、犬・少年・クリティアっ子の空気率が異常。
主要メンバーなのに出番がねーぜ…/(^O^)\