「眠らないのか?」
始祖の隷長に覆い尽くされた空は不可思議な動きを見せていて、古い文献で読んだ"オーロラ"という現象に似ている気がした。ほとんど魅入っていた様子を可笑しく思ったのか青年に声を掛けられ、ふと微笑む。
違う、眠れないことなどないのだ。仲間の嗚咽や悲鳴やうめき声が響く中、時には断末魔を聞いた後ですら眠っていたというのに、こんな平和な場所で眠れないわけが、ない。適当な誤魔化しを探して、薄い笑みと共に目を閉じる。
「…クローネスを眺めていたんだ」
「この町を食っちまった奴か」
確かに飽きなさそうだな、とユーリは呟く。気遣うような声色だというのに、その顔を見て話す事ができないのは私が穢れているからに違いない、と思う。私は全てを知っていて、その全ての一欠片すら彼らに話してはいない。これから起こる悲劇だって、充分予想をしているというのに。オーロラに魅入っている私には、彼に顔を向ける資格はない。
これほど沈黙をありがたいと思う事は後にも先にもあって欲しくはない。今口を開けば全て話してしまいそうだ、泣いてしまいそうになる。
「…ゲームでもしようか」
私の提案に、ユーリが意地の悪そうな笑みを浮かべた。そうだ、彼はこうでなければ。
「へえ、なんだ?言っとくが負けないぜ」
「反復ゲーム。相手の言葉を繰り返すだけ、拒否すれば負けだ」
妙に神妙な顔をして聞いていたユーリは、しばらくの間考え込んでから顔を上げた。「いいぜ、やろう」ニッと笑った表情はまだ少年の面影を色濃く残していて、彼はまだ幼心があるのだとどこか遠く思った。私がずっと遠くに、亡くして来たものをユーリは沢山持っている。羨ましい、と感じるよりも、眩しいと、感じる。眩しくて、焼かれてしまいそうだと。
私がそうして考え込んでいるうちに、焦れたのかユーリが口を開いた。
「まずは俺の番。…ルティは『レイヴンが好きだ』」
不意にユーリは此処に居ない人物の名を出す。少しばかり卑怯な気がしたがそうでなくてはゲームではない、ゲームごときに情けを掛けていては、楽しめるものも楽しめない。―贖罪になりはしない。いっそそのまま、私の罪も暴けばいいのにと、どこか思うのだ。
「…はは、私は『レイヴンが好きだ』。ならばユーリは『エステルが好きだ』」
「俺は『エステルが好きだ』、仲間としてな」
かわされた。くつりと笑い合う。「ルティは『仲間を信頼してる』、ってのはどうだ?」「まるで尋問じゃないか?私は『仲間を信頼している』、…とてもな」そう、とても。そんな会話がある程度続いて、ユーリは核心だけを避けていた。眠らなければいけない、―いや、"ユーリが眠っていなければ都合が悪い"。そう解っていても、この口は云う事を聞かなかった。最後にしよう、そう思った途端するりと、吐き出すように言葉が零れる。
「『ルティを信頼している』」
きょとん、とユーリが瞬く。私"たち"はその言葉を何よりも恐れているけれど、何よりも欲している。知っているよ、奴が何を望み何を欲し、何を思ったか。知っている、誰よりも傍に居たのは、私なのだから。
数秒の沈黙の後、ユーリは胸が痛い程の笑みを浮かべて言った。
「俺は、仲間を信頼してる」
ここで、負けてくれるなよ。そう言って泣きたかった。
終わったゲームに執着など見せないユーリに散歩に行くと告げて、その場を後にしてからも扉を突き抜けユーリの視線が追ってきている気がした。
「信頼しているというのなら」
「殺してみせろ、この私を」
道具であるのは、もうたくさんだ。殺して信頼を立ててみろ、"アレクセイの道具であるルティ・ユースティア"を殺して、今こそ。
―――
これはひどい/(^O^)\
始祖の隷長に覆い尽くされた空は不可思議な動きを見せていて、古い文献で読んだ"オーロラ"という現象に似ている気がした。ほとんど魅入っていた様子を可笑しく思ったのか青年に声を掛けられ、ふと微笑む。
違う、眠れないことなどないのだ。仲間の嗚咽や悲鳴やうめき声が響く中、時には断末魔を聞いた後ですら眠っていたというのに、こんな平和な場所で眠れないわけが、ない。適当な誤魔化しを探して、薄い笑みと共に目を閉じる。
「…クローネスを眺めていたんだ」
「この町を食っちまった奴か」
確かに飽きなさそうだな、とユーリは呟く。気遣うような声色だというのに、その顔を見て話す事ができないのは私が穢れているからに違いない、と思う。私は全てを知っていて、その全ての一欠片すら彼らに話してはいない。これから起こる悲劇だって、充分予想をしているというのに。オーロラに魅入っている私には、彼に顔を向ける資格はない。
これほど沈黙をありがたいと思う事は後にも先にもあって欲しくはない。今口を開けば全て話してしまいそうだ、泣いてしまいそうになる。
「…ゲームでもしようか」
私の提案に、ユーリが意地の悪そうな笑みを浮かべた。そうだ、彼はこうでなければ。
「へえ、なんだ?言っとくが負けないぜ」
「反復ゲーム。相手の言葉を繰り返すだけ、拒否すれば負けだ」
妙に神妙な顔をして聞いていたユーリは、しばらくの間考え込んでから顔を上げた。「いいぜ、やろう」ニッと笑った表情はまだ少年の面影を色濃く残していて、彼はまだ幼心があるのだとどこか遠く思った。私がずっと遠くに、亡くして来たものをユーリは沢山持っている。羨ましい、と感じるよりも、眩しいと、感じる。眩しくて、焼かれてしまいそうだと。
私がそうして考え込んでいるうちに、焦れたのかユーリが口を開いた。
「まずは俺の番。…ルティは『レイヴンが好きだ』」
不意にユーリは此処に居ない人物の名を出す。少しばかり卑怯な気がしたがそうでなくてはゲームではない、ゲームごときに情けを掛けていては、楽しめるものも楽しめない。―贖罪になりはしない。いっそそのまま、私の罪も暴けばいいのにと、どこか思うのだ。
「…はは、私は『レイヴンが好きだ』。ならばユーリは『エステルが好きだ』」
「俺は『エステルが好きだ』、仲間としてな」
かわされた。くつりと笑い合う。「ルティは『仲間を信頼してる』、ってのはどうだ?」「まるで尋問じゃないか?私は『仲間を信頼している』、…とてもな」そう、とても。そんな会話がある程度続いて、ユーリは核心だけを避けていた。眠らなければいけない、―いや、"ユーリが眠っていなければ都合が悪い"。そう解っていても、この口は云う事を聞かなかった。最後にしよう、そう思った途端するりと、吐き出すように言葉が零れる。
「『ルティを信頼している』」
きょとん、とユーリが瞬く。私"たち"はその言葉を何よりも恐れているけれど、何よりも欲している。知っているよ、奴が何を望み何を欲し、何を思ったか。知っている、誰よりも傍に居たのは、私なのだから。
数秒の沈黙の後、ユーリは胸が痛い程の笑みを浮かべて言った。
「俺は、仲間を信頼してる」
ここで、負けてくれるなよ。そう言って泣きたかった。
終わったゲームに執着など見せないユーリに散歩に行くと告げて、その場を後にしてからも扉を突き抜けユーリの視線が追ってきている気がした。
「信頼しているというのなら」
「殺してみせろ、この私を」
道具であるのは、もうたくさんだ。殺して信頼を立ててみろ、"アレクセイの道具であるルティ・ユースティア"を殺して、今こそ。
―――
これはひどい/(^O^)\