せかいのうらがわ

君と巡り合えた事を人はキセキと呼ぶのだろう
それでも僕らのこの恋は「運命」と呼ばせてくれよ

水鏡

2007-04-21 20:11:55 | お題

"粋狂な野郎だ"

いつか言われた言葉を頭の中で繰り返しながら、苦い煙管の煙を吐いた。やはり好きにはなれなかったが、これが無ければ生きていくこともできない気がしている、何故か。馬鹿馬鹿しいな、と思いつつも灰を落とした。それが瑠璃色の波に攫われる前に、また一歩を踏み出す。
ふと蘇った頭を撫でられた昔の生々しい感覚に身震いした、けれど、思い出せば次から次へと沸いてくるものだ。何時も微笑を湛えていた先生、ふざけたように映る銀時、前だけを見ていた桂、遠くを見ることのできた辰馬。そして、離れてしまった高杉。どこで壊れたのだろう、歯車は。そう頭の片隅でぼんやりと考えながら、夕立のように降りかかる、生々しくも冷たい面影の波に体を任せる。どうせ逃れることなどできやしないからだ。
はじめての戦の後、赤く濡れて帰ってきた高杉に言われたのだ、確か、きっとそうだ。"粋狂な野郎だ"、そう言われたのは私が怯えていたからかもしれない。此処まで汚れなかったのは、彼等が私から刀を遠ざけて、届かないようにしていたからだ。迎え人と待ち人の境界を越えたあの日も、まだ美しいだけで。
耳裏に微かに残る歌声が恐ろしく、そっと覆うように耳をふさいだ。まだ頭を撫でる感覚は、指は、しみついたままで。なかなか消えてくれはしないものだ、死に逝った彼等はおぼえてなどいないというのに。
その子守唄を思い出す(聞く)度に、視界が歪みそうになる、獣が疼く。何年経った今でさえ、貴方無しでは上手に歩けるはずも無い。何故なら私は貴方の授業の途中だから、先生。これから私は何処へ行けばよいのでしょうか。

"貴方が思ったように生きればいい"

笑えよ、銀時はそう言った。困ったように笑っていた。踊れよ(殺せよ)、赤の海の上で、赤く染まった靴を見て高杉はそう言った。全てを拒絶するかのような舞(剣)を踊って(振るって)いた。それでも先生は死んでしまったのだ、私達の数えようの無い、計りようの無い、強い愛を攫ったままで。だからその棺に情など捨て置いてきたつもりだった。先生を奪った奴等に復讐を、苦しみを、と、胸に刻んだつもりだった。
疼きだすのは、まだその憎しみを忘れない健気な背で、腕で、指先で。その度に懐かしい景色は赤に濡れて傷んでいく。焼け付くように消えていく。
だからあの時、江戸が戦火に包まれた時、私は先生の子守唄を聞くとき、そっと耳をふさいだのだ。だからあの時、江戸が戦火に包まれる前、私の先生の頭を撫でた、暖かい手を、咄嗟に払ったのだ。それが未だに胸を引き裂くと言うのに、上手に歩けるはずもないのに、私は何処へ逝けばいい。

"酔狂な野郎だ"

けれどこれが、まぎれもなく今なのだ。先生の優しい歌は、彼の崩壊の調べに変わってしまった。私はやはり、歌がきこえないように耳をふさいだ。纏わりつくような指はしみついたままで遠くへ逝けるはずもないけれど。あの時絡まった舌を切り落として、言葉を紡げなくしたのは貴方じゃなくて(溢れ出る憎悪で)。踏み出そうとすれば、腕が引かれたような気がして、そのまま砂浜へ倒れこむ。その腕に爪を立てたのは、いまさら水面に歪んだあの日の面影を映した、(私の汚れが混ざった海だった)。煙管がころころと転がる。

(私は先生を奪った江戸を許さない。決して、幾年経とうとも、この憎しみを忘れない。この腕の傷に誓う。私はこの傷を戒めになどする気は毛頭無い。先生を奪った奴等を消したんだ、そしてこの傷を負った。むしろそれは、誇りに思うべきだろう!)


さあ、私は何処へ?


―――
(The future which is not visible.)
この溢れ出る汚れを、憎悪を抱えたままで。
あなたに追い着けるはずもなく、思いだけが、傷口をひらいて。
ひとりでに血を流すそこに、あなたは牙を立てる。

攘夷志士というか松陽先生を描きたくなってのー。
まー、名前さえ出てないんじゃがの!(待

・・・・坂本弁は、難しいぜよ(違

勉強中だったんですよ、主人公は。
学問はもちろん、いろんな感情も。

でも先生は、消えてしまった。
全てと言えるような愛を攫って。
中途半端な汚れと、憎悪を残して。



狂った獣と、血を流す心を、抱えて。
(さあ、私は、どこへ、逝けば、いい?)