ゾウさんと暮らす

85歳の 夫ゾウさんとの
二人暮らし。 わたし 82歳。  

鎖国という いい方は しなかった ?

2013年07月28日 00時33分28秒 | ・歴史 ・歩く

余談を 先に。  27日 夜中、水が 来ました。

汲置きの水は そんなに 使いませんでした。

( 夜中には、水道 回復する と きいていたので )

洗い物は まとめて それから しました。

とたんに 雷 そして バケツ なんてもんではなくて 

風呂桶の水を ザー ってな 音が 屋根を打ちました。

20分ほどで やみました。 軽い地震も ありました。

28日も 「  」 だって。 ミズはもうたくさん。

川から あふれている、そうです。  どうなるんでしょ。

と 書いたとたん 軽い「ゴロゴロ」が 聞こえました。

もう 寝ます。  

 

xxxxxxxxxxxxxx  本題    xxxxxxxxxxxx

以前 NHKの「BS歴史館」で 聞いたこと。

江戸幕府の時代「鎖国」という 言葉は使われていなかったと 言った。 

だれが ?   

小説家?芸術家?俳優?研究者? の 語り手のうち

誰だった かな。 誰でも いいか。調べよう。

江戸時代「鎖国はなかった」「鎖国という言葉は適切ではない」と

いう見地が 一般的になりつつある そうな。

では どう 解釈していた の ?


幕府の、

海外との通商、情報交換を独占する制限貿易及び外交体制、

という 長々しい名称を見つけた。

 

同時代のアジア諸国では 「海禁」と称して、

貿易、外交を制限する政策が取られていた。

日本のみが「鎖国」という言葉が 使われるようになった のは ?

xxxxxxxxxxx

江戸幕府は 長崎口( オランダと 清の中国 )

対馬口(朝鮮) 薩摩口(琉球王国) 蝦夷口 (アイヌ)と

4か所を解放していたのだから、

鎖国という言葉から想像される「国を鎖した」状況ではなかった。 

xxxxxxxxxxxxxxxxxxxx

ならば「鎖国」という言葉を 使いはじめた人は だれ ? 

xxxxxxxxxxxxxxxxx

鎖国と言う言葉は、

1690年に 来日したドイツ人 ケンペルが 記し、

死後 英国で出版された 見聞録「日本誌」。

それが日本で翻訳された際に「鎖国」という 言葉は 生まれた、

     んだって。

xxxxxxxxxxxxxxxx

     それを 信じたら、    別の 説も見つかった。

「鎖国」という用語は、享和元年(1801)に

志筑忠雄『鎖国論』で はじめて用いられた。

また 寛永12年(1635)の措置を「海禁」としたのは、

嘉永2年(1849)に成立した『徳川実記』。

江戸後期、欧米諸国の日本への接触が頻繁になってくる時期に

はじめて それ以前の日本の状態をこのようにとらえようとして用いた。

江戸前期当時は そのような意識が 希薄だったことがわかる。

xxxxx  って xxxxxxxxxx 別のはなし xxxxxxxxxxxx

「鎖国」とは 「開国」だった。

「鎖国」とは 1度国際関係の中に入った日本が、

(そこから離脱することではなくて)

圧倒的なヨーロッパ諸国との文明(軍事力を含む)との差の中で、

日本なりに 世界と接触するための手段だった。

つまり、「鎖国」という手段による日本の、世界への第1次「開国」だった。

  xxxxxxxxxxxxxxxxxx 参考図書を みつけた 

大石慎三郎『江戸時代』(中公新書、1977年) …

国家というのはどんな時代でも程度の差はあれ、必ず「鎖国」体制(対外管理体制)だった。

 xxxxxxxxxxxxxxxxxx

信夫清三郎『江戸時代ー鎖国の構造ー』(新地書房、1987年)…

「鎖国」は日本特有の現象ではなかった。

ヨーロッパでも近代初期(16世紀末ごろから)には 鎖国の傾向があった。

xxxxxxxxxxxxxx 

青木美智男・保坂智編『争点日本の歴史第5巻近世編』

(新人物往来社、1991年)                 

xxxxxx  絶対に、 これ以上 興味は広げないようにしよう

と おもうのに xxxxxxxxxxx だめだなぁ。

でも 本を 買うのは 我慢した。

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