Dr.K の日記

日々の出来事を中心に、時々、好きな古伊万里について語ります。

色絵 暦文 インク壺

2021年06月12日 18時18分03秒 | 古伊万里

 今回は、「色絵 暦文 インク壺」の紹介です。

 インク壺であるとともに、1週間を表せるように7面にして暦の役割も果たせるようにしてあるので卓上カレンダーも兼ねているようです。

 これは、これを売っていた業者さんの言によりますと、ロンドンから逆輸入されたものとのことです。つまり、一応、里帰り伊万里ということですね。

 それが証拠に、このインク壺には疵の直しがありますが、それは、ロンドンで実施されたものだということです。本当にロンドンで行われた疵の直しかどうかは分かりませんが、その補修はペイントのようなものを使った、素人が行ったような、下手な直しが施されてはいます(笑)。

 多分、明治時代にヨーロッパに輸出され、最近、里帰りしたものなのでしょう。

 

立面

 

 

蓋を外したところ

全体が1週間を表せるように7面になっています。

本体は、インク壺になるように、内側を削ってあります。

 

 

本体の底面と蓋の裏面

 

 

生 産  地: 肥前・有田 フランス 肥前・有田

製作年代: 明治時代  19世紀

サ イ ズ : 高さ(蓋共);8.1cm

 

 

 なお、この「色絵 暦文 インク壺」につきましては、かつての拙ホームページの「古伊万里への誘い」の中でも既に紹介しているところです。

 その紹介文を次に再度掲載いたしますので、併せてお読みいただければ幸いです。

 

 

   ==================================

            <古伊万里への誘い>

     ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

*古伊万里ギャラリー103 古伊万里様式色絵インク壷   (平成18年11月1日登載) 

 これはなかなか珍しい。伊万里でインク壷であることが珍しいし、その形がタイなどにある仏塔のような形になっているのも珍しい。

 よく見ると、全体は7面に面取りしてあって、7面にはそれぞれ暦が染付で描かれているなど、更に珍しい。

 珍し尽くしで、これぞ珍品というものだろう。

 更に悪乗りすれば、古美術店の店主の言によれば、「大きな補修がされていますが、これはロンドンで実施されたものです。」ということなので、その言をまともに聴けば、ロンドンで補修されて里帰りしたものであることも珍しい。確かに、その補修はペイントのようなものでしてあり、日本ではあまり見かけない補修の仕方ではあるが、、、。

 また、これは、小品なのだが、かなり手取りは重い。インクを入れる部分だけを比較的に浅く削ってあるだけで、それ以外の部分は中空になっていないからである。ずっしりとしていて文鎮にでも使えそうである。安定をよくしてインクがこぼれないように作ったためであろう。

 ところで、なぜ7角形になっているのかを考えたのであるが、暦は、日曜日から土曜日までには7日間が必要なわけで、それで7角形にしたのであろうと思っている。

 一番左端を日曜日と仮定すれば、例えば、1日が日曜日で始まる月の場合には、1という数字が一番左側になっている面を正面にすれば、その月のカレンダーになるわけである。
 順次、1日が月曜日で始まる月の場合には、1という数字が左から2番目になっている面を正面に、1日が火曜日で始まる月の場合には、1という数字が左から3番目になっている面を正面に、、、、、、というようにすれば、それぞれ、その月のカレンダーとなる寸法だ。

 

一番左端を日曜日とした場合の、1日が日曜日から始まる月の場合の使用方法

 

 

一番左端を日曜日とした場合の、1日が月曜日から始まる月の場合の使用方法

 

 

一番左端を日曜日とした場合の、1日が火曜日から始まる月の場合の使用方法

下部にロンドンで行われたという、ペイントで行ったような補修痕があります。

 

 

一番左端を日曜日とした場合の、1日が水曜日から始まる月の場合の使用方法

 

 

一番左端を日曜日とした場合の、1日が木曜日から始まる月の場合の使用方法

 

 

一番左端を日曜日とした場合の、1日が金曜日から始まる月の場合の使用方法

 

 

一番左端を日曜日とした場合の、1日が土曜日から始まる月の場合の使用方法

 

 

 古美術店の店主が言うように、これが本当にロンドンからの里帰り品なのかどうかはわからないが、私はそれを信じたい。
 そう信じれば、かつて、ロンドンにお住まいの紳士が、この東洋趣味に溢れるインク壷を眺め、まだ見ぬ東洋への想いを馳せながら、秋の夜長に友人に手紙などをしたためていたのかな~などと想像することが出来るであろう。
 骨董を眺めていると、いろんなことに想像を馳せることが出来るのである。骨董はロマンである。

 

 明治時代    高さ(蓋共):8.1cm

 

 

  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

*古伊万里バカ日誌42 古伊万里との対話(インク壷 )(平成18年11月1日登載)(平成18年10月筆)

登場人物
 主 人 (田舎の平凡なサラリーマン)
 伊 助 (古伊万里様式色絵インク壷)

 

 

・・・・・プロローグ・・・・・

 主人は、ここのところ、毎回、何と対話しようかと困っていたところであったが、今回は悩まずにすんだようである。
 というのも、先日、某ホームページに、「秋の夜長は、誰かにお手紙でも書きましょう!」ということで、秋というテーマで、インク壷とガラスペンがアップされていたからである。「これはいただき!」ということで、11月は「インク壷」をアップすることに決めていたからだ。
 それで、さっそく、押入れから「インク壷」を引っ張り出してきて対話をはじめた。

 

      ----------------------------------------------------------------------

 

主人:秋にお前をアップするという発想は、よそさまのホームページからの盗作だが、その発想は大変気に入ったので使わせてもらうことにした。それに、そのようなことにでもかこつけないと、なかなかお前をアップするタイミングを失うしな・・・・・。

伊助:押入れから出していただいてありがとうございます。暫くぶりでご主人様とお話が出来るので嬉しいです。でも、よそさまのホームページから発想を盗作しなければ私をアップ出来ないというのはどうしてなんですか?

主人:うん。ここのところ、我が家に来た順番でお前たちに出て来てもらっているんだが、お前も知ってのとおり、我が家には名品などはほとんどないわけだ。そうしたら、最近では、「盃台」とか「盆栽文の小皿」とかのあまりにも一般的な生活用品が登場するようになってきて、ひんしゅくを買うようになってきたわけさ。
 だいたい、このホームページでは、美術館のように名品の数々を紹介するつもりはない。もっとも、本当はしたいけど、そんなことが出来るわけがないんだよね。でもね、見る側も、そんなことは「わかっちゃいるけど」、多少は、珍しい物とか良い物が登場してくることを期待しているようなんだ。
 それで、単純に我が家に来た順番で出てもらってはまずいのかな、少しは工夫を凝らす必要があるのかなと思ったわけよ。駄物をアップしても、タイミングが合えば、駄物も少しはましに見えるのかなと思ってね。

伊助:私は駄物なんですか。

主人:まぁ、はっきり言ってそうだろうな。
 ただ、伊万里のインク壷は珍しい。それに、その形も「仏塔」みたいで珍しい。お前を見ていると、秋の夜長にペンを執って誰かに手紙を書いてみようかななどとのロマンチックな感情も湧いてこようというもんだ。しかも、蓋や本体の肩の所には紅葉まで描いてあって、今の時節にはピッタリだ! これ以上のタイミングはないよ!

伊助:ありがとうございます。そこまで言われますと、なんだか価値あるもののような気になってきました。名品なのかなとさえ錯覚いたします。

主人:でもね、どう頑張っても名品とは言えないだろうね。珍品というところかな。
 伊万里の場合は、色絵でも染付でもそうなんだが、17世紀に始まって17世紀に完熟してしまっていると思うんだよね。その燃えるような芸術的な交感というのかな、そんなものも17世紀には燃え尽きちゃったんではないかよ思うんだよ。だから、伊万里の名品は17世紀のものに集中している。
 ところが、骨董品としての伊万里としては18世紀~19世紀のものに人気があるんだ。遺品の数も多いし、17世紀の名品に比べりゃ価格も安いので親近感があるし、古き良き物への郷愁のようなものを感じるからだろうね。それに、それらを部屋に飾ったり日常の使用に供してみると、意外と、古い物なんだけれど、現代にはない新鮮味を発揮してくれたりするからなんだろう。

伊助:私は何時頃作られたのでしょうか。

主人:う~~ん。珍しい物だけに、図録などにも類品が載ってないので、付け石となるものがないからよくわからないというのが正直のところだ。厳しく見て明治くらいかなと思っている。
 私は、明治の伊万里まではコレクションの対象としない主義なんだが、「珍しいな!」とか、「面白そうだな!」と思うと、ついつい買っちゃうんだよね。それで、結局は、格調高く芸術的に薫りの高い伊万里だけを集めるのではなくなってしまうから、全体的には、ガラクタ蒐集、資料蒐集になってしまうんだ。

伊助:でも、そういう方がいないと、我々みたいな駄物は打ち捨てられてしまうんでしょう。抹殺されてしまう運命にあるんでしょう。ご主人様は命の恩人です。ありがとうございます。

主人:まぁ、そういうふうに言って慰めてくれてありがとう。
 でもね、所詮、田舎の貧乏古伊万里コレクターなんてこんなもんだろうと思ってる。これからも、18世紀、19世紀の伊万里を中心に展開せざるをえないと開き直っているよ。私は、美術品としての古伊万里コレクターではなく、骨董品としての古伊万里コレクターなんだから・・・・・。
 今回は、なんだか、古伊万里との対話ではなく、自分のコレクションへの弁明みたいになってしまったなあ・・・・・。

 

   ==================================

 

追 記 (令和3年6月13日)

 遅生さんから、

「文字の一番下の欄は曜日を意味すると思われます。

 曜日の表記は、フランス語では、日~土は、Di Lu Ma Me Je Ve Sa と略記するようです。」

とのアドバイスをいただきました。

 また、昨日、改めて、ジックリと、MaとMeの所を見たのですが、何とかいてあるのか分かりませんでした。

 というのも、染付が二重になっているからです。縦線・横線の染付線が文字の上から引かれていて、線の陰になっていてわからなかったわけです。

 それで、染付が二重にされているケースを見たのは初めてですし、これは、どうも、日本の陶技法とは違うのかな~と思ったところです。

 それで、これはフランス製であろうと思うようになりました。

 遅生さん、アドバイスをありがとうございます。

 従いまして、このインク壺の生産地をフランスに、製作年代を19世紀に訂正いたします。

 

               ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

追 記(その2)(令和5年2月27日)

 3日前の令和5年2月24日、深川製磁コレクターの「めんたい」さんから、このインク壺に関しまして、次のようなコメントが寄せられました。

 

「パリ万博の際、深川製磁がパリの関係者に配ったものではないかと本店に伺った際に窯主が仰っていました。
 この作品は、インク瓶2点と台皿1点の計 3点で完品となります。また、2点のインク瓶の底には富士流水文が、台皿部分にはフランス語とFUKAGAWAの文字があります。」

 

 このインク壺の底には富士流水文がありませんが、恐らく、深川製磁の作品であったものと思われます。従いまして、このインク壺の生産地を再度「生産地:肥前・有田」に訂正いたします。

 「めんたい」さん、貴重な情報をありがとうございました(^-^*)

 

 

      ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

追 記(その3)(令和5年3月3日)

 

 深川製磁コレクターの「めんたい」さんから、↓ のURLから、このインク壺のセットを見ることが出来るとの貴重な情報が寄せられました。

      https://photos.app.goo.gl/usRbhcBa2Snm2u628

 このインク壺が、どの様な時に作られたものなのかが、また、元々はセットとして作られていたものであることが判り、嬉しい限りです。

 なお、↑  のURLの写真から判断しますと、このインク壺は1900年のパリ万博用に作られたものと思われますので、製作された時期は1900年の直前でしょうから、19世紀の最末期ということになるようです。

 また、このインク壺の使い方も、インク壺の下に敷かれる台皿に表示されていました(インク壺を置く位置が表示されていました)。

 めんたいさん、再度の貴重な情報をありがとうございました(^-^*)