都合で、明日から、10日ほど入院いたします。
その間、ブログをお休みいたします。
よろしくお願いいたします。
今日は、定例の骨董市と古美術品交換会の日でした。
天気予報によると、今日は、曇りから雨とのこと。
出発時点では、まだ曇りでしたが、だんだんと雨になってくることを覚悟し、先ずは、骨董市会場に向けて出発です。
骨董市会場では、出店業者さんたちは、普段と違い、皆さん、車を会場内に乗り付け、車の脇にテントを張って出店していました。
そんな調子ですから、何時もよりも来場者も少なく、低調です。
それに、気に入った古伊万里も無いようですので、雨が降って来ないうちに骨董市会場を去ることとし、次なる古美術品交換会会場へと向かいました。
案の定、古美術品交換会会場に着く頃は雨となりましたが、こちらは屋内で行われますので、雨も心配いりません。
今日の古美術品交換会は、「総会」を行ってからの競りのスタートとなりました。
この古美術品交換会は、任意の団体が主催していますので、年に1回、その任意の団体の「総会」が行なわれるんです。
「総会」は、特に問題もなく、シャン、シャン、シャンと終わりました。
ただ、続いての競りですが、今日は、出席者も少なく、低調でした。
私にとっても、特に気に入った古伊万里も登場しませんでしたので、低調でした。
ただ、幕末頃の伊万里の染付中皿1枚を競り落としました。その皿は、ごく普通のありふれたもので、特に気に入って買ったわけではないんですが、任意の団体に協力する意味で、義理で買ったようなものです。その任意の団体は、売上金の歩銭で運営しているものですから、少しは、それに協力する必要があるからなんです。
なお、そのようなことで、今日手に入れた、その染付中皿の紹介は省略させていただきます(-_-;)
ということで、今日も、競りも午前中に終わってしまい、昼食を摂って解散となりました。
今回は、波佐見焼のコーヒーマグを紹介します。
波佐見焼のコーヒーマグそのものは特に珍しいものではないんですが、このコーヒーマグは、海外に輸出するために稲藁(いなわら)で梱包されたものが、なんらかの事情で、海外に輸出されることなく、そのままの状態で国内に残ったところに珍しさがあります。
江戸時代に、磁器が、どのように梱包されて輸出されていったのかを知ることのできる、貴重な資料ではないかと思っています。
ところで、波佐見焼ですが、その始まりは、遠く、豊臣秀吉の朝鮮出兵にまで遡ります。
この出兵の際、九州各地の大名達は朝鮮半島から多くの陶工を連れ帰りました。大村藩も多くの陶工を連れ帰り、国許で焼き物を焼かせます。それが波佐見焼の始まりです。
その後も、ず~と、波佐見焼は焼き続けられてきたのですが、「波佐見焼」という名称は、全国的には知名度が低いように思われます。それは、江戸時代には、当時の積出港の名を取って「伊万里焼」と称され、明治時代以降は、積出駅の有田の名を取って「有田焼」と称されてきたためです。そのため、「「伊万里焼」・「有田焼」の中には、多くの「波佐見焼」が含まれています。
そのような事情もふまえ、私は、肥前地域一帯で作られた磁器を総称して「伊万里」としています。従いまして、タイトルも、「波佐見焼 色絵コーヒーマグ」ではなく、「伊万里 色絵コーヒーマグ」としていますことをご理解ください。
なお、江戸時代の終わり頃から明治、大正時代にかけ、波佐見では、海外輸出用の酒や醤油を入れる瓶が量産されています。一般に「コンプラ瓶」と言われています。
ところで、それが、何故、「コンプラ瓶」と言われるようになったかですが、それは、仲買(なかがい)を意味する「コンプラドール(Comprador)」というポルトガル語に由来する長崎出島の商人~コンプラ仲間~が取り扱っていたことから、そのように呼ばれるようになったとのことです。
今回紹介しますコーヒーマグは、ちょうど、「コンプラ瓶」の筒状の部分を半分に切って底を付け、それに把手を付けたような形状のものです。
前置きが長くなりました。それでは、いよいよ、そのコーヒーマグを紹介いたします。
量産品ですから、作りは雑ですね。把手の取り付けなど、捻じ曲がっています(-_-;)
ただ、雑器ではありますが、口縁部と腰部に染付の圏線を施して本焼し、しかる後に色絵を施しています(次の1個のみのコーヒーマグからは、染付圏線が薄く、はっきりとは見てとれないと思いますが、稲藁で梱包された3個のコーヒーマグのほうからは比較的にはっきりと見てとれます)。雑器ですが、少しは手間をかけているようです。
把手を右にした面
口径:8.4cm 高さ:7.4cm 高台径:6.2cm
製作年代:江戸時代末
把手を後ろにした面
把手を左にした面
見込み面
底面
把手取り付け面(1)
把手の取り付けは、かなり捻じ曲がっています(-_-;)
把手取り付け面(2)
把手取り付け面(1)の画像では、把手がノッペリとし、象の鼻のように見えてしまいますので、このコーヒーマグの名誉のために、少し角度を変えた写真を追加します(笑)。把手の真ん中辺りが凹んでいるところがお分かりでしょうか。写真ではなかなか実際の姿をお伝え出来ないんですが、雑器の割には、結構、気を使っていて、武骨一辺倒ではなく、繊細なところがあるんです(^-^;
次が、海外に輸出するために稲藁(いなわら)で梱包されたのに、なんらかの事情で、海外に輸出されることなく、そのままの状態で国内に残ってしまったコーヒーマグの写真です。
色絵の部分が比較的に多く見える面(3個内臓)
把手が上の面(3個内臓)
把手が下の面(3個内臓)
カップの上側から見た側面(3個内臓)
カップの下側から見た側面(3個内臓)
波佐見焼のコーヒーマグの紹介は以上の通りですが、このコーヒーマグにつきましては、以前にも、既に閉鎖してしまっている拙ホームページの「古伊万里への誘い」でも紹介しているところです。
そこで、再度、「古伊万里への誘い」で紹介した部分を次に紹介したいと思います。
<古伊万里随想27 美術品における美術的価値と資料的価値>
(平成15年7月1日登載)
最近、幕末輸出用の波佐見焼のコーヒーマグを購入しました。その購入の経緯にちょっと面白いものがありましたのでお知らせしたく、筆をとってしまった(キーボードを叩いてしまった?)しだいです。このサイトにご訪問の方々にとりましては、「なんだ、そんな幕末物の話なんか聞きたくもない!」とのお気持ももっともではございますが、つまらない話の中にも、時には「値千金」のことがあるかもしれませんよ! ちょっとだけ、読んでみてくださいね!!
それは、最近のことです・・・・・。
なんだ、「最近、購入した。・・・・・」とあるんだから最近にきまっているんじゃないか。くだらん。
ま、ま、そう性急におっしゃらずに、少々おつきあいください。
最近、幕末輸出用の波佐見焼のコーヒーマグを1個購入したんです。それは、どうということもない物でして、幕末の頃には、こんな物も輸出され、外貨獲得に一役買っていたんだなーという物でした。でも、その古美術店からはここのところ暫く買ってないし、そろそろお付き合いに買わなければならないなーという気持と、このコーヒーマグは資料的にはなかなか価値があるんだろうなーという気持が相乗作用をおこして購入することになったんです。
ここまではよくある話でして、ここまでだったら本当につまらない話なんですが、その先が面白いんですよ。
その4~5日後のこと。先の古美術店から電話があったんです。
「先日のコーヒーマグと同じ物が3個入荷しました。今度は、その3個は稲藁に包まれて梱包されたままの状態になっています。」
この連絡にはまいりました。何かの事情で、輸出される状態のまま、結局は輸出されることなく残っていたのです。なんと貴重なことでしょう。なんと驚くべきことでしょう。なんと素晴らしいことでしょう。第一級の資料です。こんなものを見逃す手はありません。
私はもう、我を忘れて、「他には売らないでください。今度の日曜に引取りに伺います。」と、電話口でワメイテイタのです。
日曜日に引取りに伺った時のこと。先方は完全に私の足元を見、「先日のバラのままのコーヒーマグとこの稲藁に梱包されたコーヒーマグをセットにすれば、こんな貴重なことはないですよ!」と、いかにも勝誇ったかのごとき言い分で、思い切った値段の提示です。こっちとしては、セットにした資料的価値の高さに惚れ込んでいますので、先方の言いなりになる他ありません。それで、先方の言い値で引取ってきたのです。
思えば古美術店の店主の手口もお見事でした。コーヒーマグは、たぶん、最初から、セットで古美術店にあったのでしょう。それを、最初はバラのものを1個売り、後で稲藁で梱包された3個を高く売ることによって高利を得ることに成功したのです。客の趣味・嗜好のみならず、その性格さえも十分に把握しての商売で、商人の鑑みたいなものではないですか。昨今、商品が売れない等とお嘆きの商人の皆さん、この古美術店の店主の爪の垢でも煎じて飲んでみては?
購入の経緯は以上のとおりですが、ここで一つ、私に疑問が生じたのです。「今回の買いものは安かったのだろうか? 高かったのだろうか?」と。
私は今まで、美術品を、とりわけ伊万里を、「美しいかどうか」、「美術的に価値があるかどうか」を基準にしてのみ購入してきたように思います。今回のように、「資料的に価値があるかどうか」を基準に購入したのは、恐らく初めてでしょう。ですから、今回の買いものが安かったのか、高かったのかわからないのです。世の中には、美術館のみならず博物館・資料館というものが存在します。ですから、美術品には、美術的価値のみならず、資料的な価値も存在することはわかるのですが、それではいったい、「美術的価値と資料的価値との間には相関関係があるのだろうか? 価値としてはどちらの方が高いのだろうか?」等の疑問が生じたのです。
「なんだ、結局は、そんなくだらないことだったのか! 時間つぶしをさせやがって!」と、ここまで読んでくれた方からおしかりを受けそうですが、最近の私にとりましては少々悩ましく、ない頭を痛めている問題なんです。
<古伊万里ギャラリー65 古伊万里様式色絵コーヒーマグ>
(平成15年7月1日登載)
このコーヒーマグは、普通は、波佐見焼ということになるのだと思う。
しかし、私は、初期伊万里様式、古九谷様式、柿右衛門様式、鍋島様式以外の肥前磁器を古伊万里様式に分類しているので、このコーヒーマグも「古伊万里様式色絵コーヒーマグ」とした。
ところで、このコーヒーマグには、「紳士の文房具」(板坂 元著 小学館刊 1994年10月1日初版第1刷発行)という本が付けられていた。その5~6ページには次のように書かれている。
「もっとも、私も人に誇りたいアンティークを少々もっている。その一つが、日本最古のコーヒーマグだ。この波佐見焼のコーヒーマグは長崎で手に入れた。波佐見の土だということがハッキリしていて、博物館などにも展示されている。手画きのデザインは五種類あって、稚拙ではあるが飽きが来ない。これでティーを飲むのが私の日々の楽しみの一つになっている。
長崎のグラバー庵の田中さんによると、古い民家を解体する時、中の調度をまるごと買ったら、三個ずつ梱包したまま屋根裏から出てきたのだという。私も梱包のままのものをサンプルとして一つ譲ってもらった。
醤油瓶の筒状の部分を半分に切って、底をつけ、それに把っ手をつけたものだということは、同じく波佐見産のコンプラ瓶と並べてみると、ハッキリ分かる。大きさも形も少しずつ違っていて、いかにも手作りという感じが残っている。日本最古というのは、その道の専門家の判定だそうだ。おそらく、長崎に来ていたヨーロッパのディーラーが注文して作らせ、それが何かの都合で輸出されないまま保蔵されていたのだと想像する。」
このコーヒーマグも長崎のグラバー庵の田中さんという人が見つけ出したものの内の一つなのだろうか。
江戸時代後期 高さ:7.4cm 口径:8.4cm
<参考>
「紳士の文房具」(板坂 元著)
「紳士の文房具」P.5 から抜粋
昨日は、電機店に赴き、掃除機を買ってきました。
何年か前、外国製の掃除機を買い求め、もの珍しさもあって、盛んにその掃除機のみを使っていたんですが、重いし、音はうるさいし、吸引力もさほどではなしで、だんだんと使う頻度が落ちてきてしまいました(-_-;)
それに代わって、捨てようと思っていた、それよりも前から使っていた古い国産の掃除機も再登場するようになりました(^^;
それで、最近では、結局は、我が家では、国産と外国製の2台の掃除機が活躍していたんですが、数カ月前に、とうとう、古い国産の掃除機のほうがダウンしてしまい、廃棄の憂き目に、、、(><)
しかも、それに追い打ちをかけるように、数日前には、使いずらい外国製の掃除機もダウン、、、(><)
止む無く、電機店に赴いて掃除機を買ってこざるを得なくなったしだいです(><)
ただ、ここのところ、長い間、2台の掃除機を使っていましたので、やはり、2台あったほうが便利ですから、2台購入してきました。1台は1階用、もう1台は2階用です。
ちなみに、今回買ってきた2台の掃除機は、ともに、国産のものです。
ここのところ、新型肺炎騒ぎの影響で、マスクが売り切れていて手に入らないというニュースが盛んに流れています。
ここは田舎なので、そんなに深刻なことはないだろうとノンビリしていました(-_-;)
ところが、昨日、食料品などの買い物がてら、ついでにマスクを探しましたが、どこも、売り切れていて見当たりません(><) 4~5軒、回って見ましたが、どこも売り切れで、無いんです。それでも、1軒だけ、1時間ほど前まではあったんですが、残念でした、というお店がありました。
そうなると、俄然、不安になりますよね。インフルエンザのシーズンに加え、花粉症のシーズンにもなってきましたものね(><)
我が家には、こんな騒ぎが起こる少し前に1箱購入しましたので、現在、1箱ちょっとの在庫がありますから安心していたんですが、それだけの在庫では不安になってきたわけです。
いずれ、ちょっと高めにはなるんでしょうけれど、国産のマスク(今まで出回っていたマスクは中国製がほとんどだと思います)が出回るだろうと予測していたんですが、そうもノンビリしていられなくなりました(><)
そこで、今日は、「駄目もと」を覚悟で、近くのドラッグストアの開店前に店の前に並びました。5分ほど前に(9時開店)到着しましたが、私が一番乗りでした(^O^)
皆さん、もう、無いと諦めていて、買いに来ないんですね(-_-;)
それでも、ひとり、一人と増えてきて、開店時には6~7人になりました。
「お一人様、お一つ限りとさせていただきます」とのことですが、我が家には、1箱ちょっとの在庫がありますから、1箱あれば十分なので、目的達成です。
以上、マスク狂騒曲のお話でした、、、(-_-;)