北海道自転車一周から約三年、自宅に葉書が届いた。
それは『稚内北防波堤ドーム』で知り合った自称『Nobby(ノビー)』さんの息子さんからの葉書です。
4月12日(月)、自宅療養中だったNobbyさんがお亡くなりになったという内容でした。
享年73歳、あれだけ元気だったNobbyさんだけに、正直今でも信じられません。
療養中であることはNobbyさんからのメールで知ってはいましたが、僕の中のNobbyさんは、ギヤチェンジも出来ないのに礼文島を自転車で走る、めちゃくちゃ元気な女性でした。
「私、オーストラリアじゃモテモテだったのよ!」
なんて屈託の無い笑顔で言うだけあって、全身から女性として生きるエネルギーが満ち溢れていました。
稚内から網走までの約340kmを、バスを利用しながらも自転車で走破したと聞いた時は、正直、
「す、すげぇオバチャンだなぁ…」
と驚愕したものでした。
「どんぴ君はタバコは吸わないの?」
私は唐突に彼女に訊かれました。台風の通過を防波堤ドームで待っている時でした。
「ええ、吸いませんけど…」
意味が分からず答えました。
「絶対にタバコはダメよ、私の亡くなった主人は肺がんで苦しんで死んで行ったの、だからダメよ、吸っちゃぁ…」
「ええ、僕はタバコは好きじゃありませんから」
「そう、偉いわね」
彼女はそう言うと、嬉しそうに笑いました。
昨年の暮れに届いたメールには、彼女の闘病生活の様子が記されていましたが、自分の現状をしっかりと受け止め、それを受け入れる強さを感じさせる、いかにも彼女らしい内容のメールでした。
僕が同じ病名を告知されたとしたら、果たして彼女と同じ様に受け止めることが出来るのだろうか…。
世界中を飛び回り、自分の人生を謳歌し、そして多くの人々へのボランティア活動に従事した素晴らしい女性Nobbyさんに、哀悼の意を表したいと思います。
稚内北防波堤ドームにて…(2007年8月2日)
真ん中の赤い服の女性がNobbyさんです。
どうか安らかに、いや、彼女のことだから天国でもめっちゃ元気に飛び回っているかな…。
それは『稚内北防波堤ドーム』で知り合った自称『Nobby(ノビー)』さんの息子さんからの葉書です。
4月12日(月)、自宅療養中だったNobbyさんがお亡くなりになったという内容でした。
享年73歳、あれだけ元気だったNobbyさんだけに、正直今でも信じられません。
療養中であることはNobbyさんからのメールで知ってはいましたが、僕の中のNobbyさんは、ギヤチェンジも出来ないのに礼文島を自転車で走る、めちゃくちゃ元気な女性でした。
「私、オーストラリアじゃモテモテだったのよ!」
なんて屈託の無い笑顔で言うだけあって、全身から女性として生きるエネルギーが満ち溢れていました。
稚内から網走までの約340kmを、バスを利用しながらも自転車で走破したと聞いた時は、正直、
「す、すげぇオバチャンだなぁ…」
と驚愕したものでした。
「どんぴ君はタバコは吸わないの?」
私は唐突に彼女に訊かれました。台風の通過を防波堤ドームで待っている時でした。
「ええ、吸いませんけど…」
意味が分からず答えました。
「絶対にタバコはダメよ、私の亡くなった主人は肺がんで苦しんで死んで行ったの、だからダメよ、吸っちゃぁ…」
「ええ、僕はタバコは好きじゃありませんから」
「そう、偉いわね」
彼女はそう言うと、嬉しそうに笑いました。
昨年の暮れに届いたメールには、彼女の闘病生活の様子が記されていましたが、自分の現状をしっかりと受け止め、それを受け入れる強さを感じさせる、いかにも彼女らしい内容のメールでした。
僕が同じ病名を告知されたとしたら、果たして彼女と同じ様に受け止めることが出来るのだろうか…。
世界中を飛び回り、自分の人生を謳歌し、そして多くの人々へのボランティア活動に従事した素晴らしい女性Nobbyさんに、哀悼の意を表したいと思います。
稚内北防波堤ドームにて…(2007年8月2日)
真ん中の赤い服の女性がNobbyさんです。
どうか安らかに、いや、彼女のことだから天国でもめっちゃ元気に飛び回っているかな…。
いやぁ、あれだけパワフルな女性が亡くなられたとは、ショックですよ。
旅を思い出すと、とても寂しい気分になりますが、心よりご冥福をお祈りいたします。
実は、今日5月1日は『Nobbyさんを偲ぶ会』が教会で開かれるそうです。
そんな日に久しぶりのコメントをもらえるなんて、何か不思議な感じがしますね。
共に礼文島を走ったチャリダー仲間として、Nobbyさんのご冥福を祈りましょう!