どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ428

2009-04-15 00:13:07 | 剥離人
 この日の朝、私は艦のスロープの前で他の職人たちと一緒に、ボーっと岸壁に立ち尽くしていた。

「グゥオオオオオオ!」
 B軍の黄色いフォークリフトが、次々と艦内へ荷物を運び入れている。
 日本でフォークリフトと言えば、後輪操舵のタイプ(後輪がステアリング機能を有するタイプ)が主流だが、B海軍が主に使用しているのは、アーティキュレートタイプのショベルローダ(中折れ式のボディを有する)にアタッチメントフォークを装着した様にも見える荷役マシンで、日本には同様の機体が存在しない不思議なフォークリフトだ。
 こいつが尺取虫みたいにボディ側面を縮めてウゴウゴと動き、パレット(荷物を載せる板)を持ったまま搬入用のスロープを駆け上がって行く。
 艦内へのスロープは作業車両と人員が共有しており、日本の道路交通法とは正反対で優先権は作業車両にある。
 つまりフォークリフトの荷積作業が優先で、我々作業員はその合間に『通してもらえる』立場なのだ。

 この日、いい加減に疲れが溜まっていた私は、最後のフォークリフトがスロープを上り始めると、ゆっくりと岸壁から歩き出した。
「グゥオオオオオオオ!」
 満潮が近いからか、ドック内の海面はかなり高い位置にあり、必然的に船のスロープはかなりの角度に達してしまう。フォークリフトはマフラーから黒鉛を噴き上げると、一気にそのスロープを上り始めた。
「はぁああ…」
 私はかなり待たされたこともあって、疲れた足を引きずりながらも、フォークリフトの後ろにピタリと付いてスロープを上る。
「ヘイッ!ヘイッ!」
 誰かが叫んでいる気がする。
「ヘイッ、ボォオオオオイ!」
「!?」
 私ははっと気付くと、後ろを振り返った。
「カムバック ボォオオオイ!」
 スロープの下で、若い白人兵士が激怒している。
「ん?ああ…」
 私はそこで、初めて自分が何をしたのかを理解した。
「…ああ、フォークリフトが上がるまでは、後ろに付いちゃダメだったね、危ないから」
 私は黙ってスロープを下りる。
「だけどさ、『ヘイ・ボーイ!』は無いよなぁ、どう見ても俺の方が遥かに年上だしさ…」
 私を注意した兵士は、どう見ても二十歳前後、こちらは三十前半だ。
「ユーでぃっどあベリーでんじゃらすしんぐす、なぁああう!(君は今、非常に危険なことをしたんだぞ!)」
 若い兵士はプルプルとしながら、頬を紅潮させている。
「はいはい、了解ぃー」
 私は白人兵士にわざと日本語で緊張感の無い返事をすると、スロープを上り始めた職人の集団にまぎれて、そそくさと艦内に入り込んだ。

 この日の私は始終緊張感の糸が切れており、後にこれを証明することになる。