早朝五時、目が覚めたので朝食を作ることにした。炊事場(単なる水際)に白鳥がいた。目の前まで近寄っても逃げない。
お尻カイカイ
そこへ近くの旅館の人が来た。
「あの白鳥は逃げないからね」
どうやら風切り羽根(というのか?)を切ってあるらしく、空を飛べないらしい。観光用の白鳥だ。動物愛護団体が聞いたら目の玉をひん剥きそうだ。
「ここは結構海老が獲れるんだ」
そう言うと旅館の人は、吸っていたタバコを湖面に投げ捨てた。たまにはJTの言うことを聞いて、携帯灰皿を持ち歩いた方が良いと思います。
洞爺湖を後にすると、私の前には上り坂が立ちはだかった。自転車のギアを激坂上りモードにして、歩くようなスピードで漕ぎ続ける。決して『シャカリキ』の『テル』みたいに熱く坂に挑んではいけない。淡々と同じ回転数、同じ心拍数で有酸素運動を続ける。これが凡人が最も効率良く激坂を上りきる方法だと思っている。
激坂を三つ超え、下り坂を爆走していると、一目で分かる自分と同じチャリダーを対向車線に見つけた。彼はこれからあの激坂を反対から上るのだ。思わず自分から右手を挙げてエールを送った。自分からエールを送ったのは北海道に来て初めてのことだ。
時刻は十二時半、彼は昼飯は食べたのか、それとも持っているのか、心配である。なぜならここから先はしばらく店は無い。本当に単なる山の中だからだ。あったのは山中の道路脇、前後をトンネルに挟まれた不思議な公衆電話ボックスだけだ。
すんごい山の中、前後はトンネル、もちろん歩行者ゼロ。チャリダー専用?
トンネル内で十円ゲットだぜ!(ただし拾う時に注意しないと命が危険です)
私と同じ身体能力なら三時間はひたすらペダルがお友達だ。
しかし、それは私も一緒だった。道路が平坦になったのは良いが、店なんて一軒も無い。ただひたすら一直線の道路、右手にはこれまた一直線の電車の線路、左手はひたすら続く海岸線だ。
ひたすら直線です。
たまにあるのは強烈な腐敗臭を漂わせる水産物加工場だ。周囲には白い貝殻がまさに山となっている。空はどんよりと曇り、風は冷たい上に、アゲンストだ。
あっても閉店してます・・・。
私は疲れきって長万部に入った。
店でラーメンを食べながら、私は携帯で長万部の宿を探した。今からは確実に雨が降る。宿でやりすごした方が無難だ。
とある宿に直接交渉に向かう。
「こんにちは」
返事がない。
「こんにちは」
やはり返事がない。
「こんにちは」
三回目に声を掛けた時だった。半裸のおじさんが廊下の奥の扉から顔を出した。
「あの、今晩泊めて頂けませんか?」
「はい、いいですよ」
良いらしい。あっさりと今宵の宿が決まった。