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新潟県上越市 瀟洒な明治の洋館 旧師団長官舎

2024年03月10日 12時25分22秒 | 新潟県

上越市文化財・旧師団長官舎。新潟県上越市大町。

2023年10月4日(水)。

妙高市の道の駅「あらい」で起床。高田城跡へ向かう途中、9時ごろ旧師団長官舎へ立ち寄ったが、10時開館だったので内部には入れず、高田城跡見学後、12時頃に戻って見学した。

旧師団長官舎は、明治43年(1910年)に、旧陸軍高田第13師団第3代師団長・長岡外史中将の邸宅として南城町3丁目(現高田高校西)に建てられたもので、市内に残る数少ない明治期の和洋折衷の木造建築物である。

内部は和洋折衷であり、1階が洋風、2階が和風となっており、住宅としては左右対称ではないが、外観は洋風として、妻入りの正面として師団長の威儀と存在感を演出している。設計は陸軍の加藤栄太郎、施工は能生町(現糸魚川市)の高鳥組。

1910年(明治43年)6月に、3代目13師団長である長岡外史が着任し、7月に13師団長官舎建設を長岡が指示、同年11月に落成した。同年にレルヒ少佐が13師団に着任した時に、師団長官舎前で記念撮影を行なっている。その後、宇垣軍縮によって13師団は解体されたが、建物は第15旅団長官舎として使用された。1945年(昭和20年)に終戦を迎えた後、同年9月にアメリカ陸軍が接収。1948年(昭和23年)からアメリカ陸軍顧問団が師団長官舎を利用した。その後は、1991年(平成3年)まで陸上自衛隊高田駐屯地の幹部宿舎として利用されていた。

平成5年(1993年)に市が現在地に移築、復原した。同時に、内装・外装・調度品も再現を試みている。復原した場所は、旧高田市長公舎跡地で、外史の先代の第2代師団長が居を構えていた。

令和2年度に改修工事を行い、2021年4月から、これまでの建物見学に加えて、文化財としての趣をいかしつつ、1階では、フレンチレストラン「エリス」がカフェも兼ねて営業している。

入館や内部見学は無料。

入口付近。

男子応接室。

女子応接室。食堂。

食堂。

2階入口。

正面入り口を見下ろす。長岡外史の胸像。

2階には妻と5人の子供が暮らしていた。

裏側から見上げる。

裏の池庭から裏側を眺める。

 

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