新しい社会経済システムとしての21世紀社会主義 現代資本主義シリーズ;5(1)
長島誠一(東京経済大学名誉教授) 2024年 東京経済大学学術機関リポジトリ より
第2項 日本政府の場当たり的対応
第1項で紹介したコロナ対策は厚生労働省と専門家たちが中心となって進められたが、本稿では最高司令部となるべき政府の対応を検証する。
Ⅰ 変異ウィルスの高波
2020年9月16日、安倍晋三は場当たり的なコロナ対策のままに内閣総理大臣を辞職し、忠実に安倍政権を宣伝していた官房長官の菅義偉に交代した。そして官邸は入国制限を緩和した。岡田春恵は政府の対策が後手に回り続けたことを告発している。
感染の危険が高まる冬を控え欧米で流行している変異ウィルスが日本に入ってくる危険性が高い中での入国緩和を政府はしてしまった。変異ウィルスの特徴は、そのSタンパク質の構造がヒトの細胞側の受容体にはまり易く結合力が強く、感染率が高まりかつウィルスの増殖が速かった。政府は検査拡充に渋ぶり、monitor の拡充や入国検査の厳格化すべてが後手に回された。こうした悪い予感は的中し、2020年のクリスマス前に感染者は1日3,000人を超えてしまった。この変異ウィルスは底知れず、発端から1年にしてコロナ感染の第3波が始まった。感染の中心は家庭・職場・各種施設に移行し、病床の確保・抗ウィルス薬の評価・ステロイドなどの治療薬の確保・緊急酸素吸入施設の確保などをしなければならなかった。しかし、「飲食の時短」のみでゲノム検査は低迷していた。
私的会話で会長・尾身は、ゲノム検査の基礎データ不足で変異ウィルスの感染状況が分からないと答えていた。コロナ第3波はピークを終えて、緊急事態宣言の解除の議論が報道された。菅総理や小池都知事が集団感染防止に向けての検査の拡大の発言をし、尾身たち専門家の発言も対策強化へと舵が切られた。しかし科学的根拠のないままに「解除やむなし」という「雰囲気報道」が出てきて、緊急事態宣言は予定通り2021年3月21日医に解除された。
Ⅱ 五輪開催の強行(2021年7月)
2020年開催予定の東京オリンピックは 2021年に開催されることが強行に決定された。変異ウィルスが高いのに東京の感染者が少なかったことには違和感があり、オリンピックの強行開催のためなのかという疑問が生じていた。mRNAワクチンが登場し、ワクチン接種の迅速化と変異ウィルスのmonitorの強化が必要となったが、体内にできた抗体によってかえって感染や症状が促進される ADE(抗体依存性感染増強現象)の恐れもあった。ワクチン学会は ADE の可能性を認めたが尾身は知らなかった中で、地方自治体が無症状感染者の検査を始めようとした時に国交省は GoTo 代替としての自治体の旅行割引に国が支援することを決定した。
しかしイギリス型ウィルスが一気に拡大し、第4波が関西圏から火を噴き医療逼迫が生じ、一般医療が受けられない事態が起こってしまい緊急救命に支障が生じ、4 月 25 日に 3 度目の緊急事態宣言が制限付きで4都府県に出された。さらにイギリス型より感染力の高い想像を超えるインド型に置き換わり、死者が急増した。5 月 15・16 日の ANN世論調査では内閣不支持率が 45.9%、「ワクチン接種うまくいってない」が85%、五輪は中止すべきは45%となった。5月12日に緊急事態宣言が6都府県に「まん延防止措置」が8道県に拡大され、沖縄県は緊急事態宣言を出した。尾身会長は「今の感染状況での開催は普通ではない」と発言し(6月3日)、東京都は4回目の緊急事態宣言を出した。
このようにコロナ感染の第4波が爆発し、世論もオリンピック開催反対の声が強いにもかかわらず、五輪開催は政府の決定事項であったから 7 月 23 日に無観客で開催された。そして第 5 波になり、なし崩し的に自宅療養が増えて、酸素が必要な人が自宅で療養するという異常事態になった。テレビ局のスタッフにも感染者が増加したが、五輪報道一辺倒であり、競技場周辺の感染症病棟は悲惨な状態にあった。
Ⅲ 政府の新方針
政府はオリンピック開催中の8月2日から東京に加えて首都圏の3県と大阪府に緊急事態宣言を拡大すると発表したが、政府の新方針は「重症リスクの高いものは入院」させそれ以外は自宅療養させる「入院制限」であり、菅内閣の支持率は急落した。8月 5 日時点で東京都の自宅療養者数は過去最多の1 万 6913 人で調整中は 1 万 543 人にのぼった。強行開催された東京オリンピックのただ中で東京で感染爆発している中で、厚労省では新型コロナ症を「2 類から 5 類へ」緩和し「自治体や医療機関の負担を軽減」しようとしているとする報道があったが、それではかえって感染を加速化するようなものであった。8月20日に全国で第5波最多の新規感染者が2万5,000人を超え、8月27日には自宅療養者が11万人を越してしまった。
岡田は田村厚生労働大臣に、「コロナワクチン接種の効果は限定的であり、発症や重症化を阻止し死亡者の割合を減らす効果はあるが、ワクチンによって感染阻止はできない」、「コロナ感染した妊婦のための病院」の設定を提案した。感染が拡大し「医療逼迫」が起こっている最中に豪雨災害が襲い、「感染しない避難所生活」マニュアルの全文無償で公開を岡田は決心した。
コロナなどの感染症の本当の怖さは、致死率が低下しても感染者が増えれば死者が増えてしまうことにある。内閣官房参与の岡部の総懺悔論が飛び出し、尾身会長は責任転嫁するような発言を繰り返し、厚労省は田村大臣に従っているが東京都は小池知事の言う通りに動かない、などの状況が続いた。そして、「日本の医療現場の強さが何とか社会を維持している、自治体や医師会の頑張りも現場の強さの表れだ」と大臣に最後の電話をかけた。菅総理が9月3日午後に突然「総裁選不出馬」を表明したので一挙に政局となり、田村大臣の残留を岡田は願った。
岡田はこの2年間を振り返り、日本のコロナ対策の失敗は専門家たちがリスク回避したことにあり、失敗を繰り返さないためには「発生時から最悪事態を想定し、リスクを取り、医療と経済を守り抜くこと」が大切だ。田村大臣も田代眞之も岡田自身も人の死に敏感だったのだと思った。21 世紀はグローバル化した高速大量輸送時代の「感染症の時代」であり、それへの事前準備と対策の国民理解の醸成を急ぐべきだと思った。