新しい社会経済システムとしての21世紀社会主義 現代資本主義シリーズ;5(1)
長島誠一(東京経済大学名誉教授) 2024年 東京経済大学学術機関リポジトリ より
第2項 日本経済への影響
コロナ危機の特殊性 新型コロナ感染は感染スピードが極めて高い特徴があり、コロナ危機の特殊性は行動制限による生産活動と消費活動が外部不経済効果をもたらす点にある。統計的には感染症発生件数の時系列データが正規分布し、途中で対策を緩和すると感染者が急増する。また、外出制限処置は感染抑制と経済活動とのトレードオフ関係をもたらすが、在宅勤務はこの関係を緩和する。
コロナ危機と経済活動 コロナショックは、人・モノ・サービスの網の目を駆け巡る市場経済の特徴として消費者の消費制限をもたらし、行動制限政策は企業(生産者)の生産活度を制約し特定産業の企業業績の悪化や倒産をもたらし、地域モビリティの低下をもたらした。このように行政当局の採用した行動制限アプローチには限界があり、経済社会を止めないために医療供給体制を強化して、「検査・追跡・待機」を増強しなければならない。
景気循環の変動は一般的には平均収入へ影響し、収入の低い層が所得減少割合も多い。また不況の影響は、女性より男性、白人・アジア系労働者より黒人・ヒスパニック系労働者、中高年より若年層、大卒労働者より大卒未満の労働者により厳しい影響を与えている。失業すると収入減少が長びく可能性があり、失業が長引けばよい仕事が探しにくくなる。パートタイム労働者・中央値より低い労働者・大卒未満の労働者などの雇用減少が多く、リモートワークが困難な女性に雇用・賃金の低下が大きく、サービス業などの「対人産業」へ大きく影響している。保有流動資産が低い低所得労働者が、最も打撃を受ける。
コロナ経済対策 まず、ウィルスの最前線で働いている人から犠牲者を出さないことがなによりの最善策である。コロナ経済対策の財源として、高所得層へ増税し財産税・「キャッシュフロー税」を導入する。そして現金給付を迅速化し、政府のデジタル化が重要であり、COVID-19 の出口戦略も視野に入れる必要がある。命を守る戦いによってこそ、経済活動を維持し活発化することができる。
いま求められる対処策と感染症の解決のために政策資源を集中的投入し、発熱患者全員にPCR検査をし、困窮する家計や企業を真っ先に支援することである。長期的な展望としては、財政の持続性を確保し、国際的財政機関を設立し、ベーシックインカム制度を導入し、公的資金を民間に投入し、世界的財政協調体制を作りだすことである。
コロナ危機後の世界経済 コロナ・パンデミックによって世界経済の分断が加速化したが、中国に依存しすぎない先進国間のバリューチェーンの構築が大事である。世界金融危機以後に中国が世界経済を牽引してきたし、コロナ・パンデミックの初期にはいち早くコロナから脱出した中国が世界経済の落ち込みを緩和してきた。しかし、2022 年に「ゼロ・コロナ」政策を転換したあたりから、中国の経済成長の鈍化や不動産バブルの崩壊の危機などの内部に抱える国内の諸矛盾が顕在化してきた。今後は以前に増して中国に依存すぎることは不可能となるかもしれない。
コロナ危機による世界経済の停滞とロシアのウクライナ侵略(ウクライナ戦争)によって国家主義の復活志向傾向が強まり、軍事的安全保障とともに食料安全保障が緊急の課題として登場してきた。
FAO(国際連合食糧農業機関)・WHO(世界保健機関)・WTO(世界貿易機関)の事務局長たちが「食
料品の入手可能性への懸念から輸出国による輸出制限の連鎖が起きて、国際市場で食糧不足が起きかねない」と共同声明をだしたように、食糧安保を真剣に検討すべき時がきている。ウクライナ戦争が 2022 年 2 月末に勃発したことによって世界の食糧供給が制限され、輸入小麦に依存しているアフリカ諸国に深刻な食糧不足と飢餓死の危険性が迫っている。
コロナ危機後の社会 小林慶一郎たちは、終章「コロナ後の経済・社会へのビジョン」として8つのポスト・コロナ策を提示している。①経済・社会のデジタル化の促進、②医療体制の再構築、③支え手を支える新たなセーフネットの創設、④天災・災害に対する社会の強靭化、⑤公共と民間の垣根の解消、⑥選択の自由の拡大、⑦将来世代の立場の配慮、⑧ 新たなグローバル時代に役割を果たすこと。どの政策も妥当と考える。
小林慶一郎たちは『コロナ危機の経済学 提言と分析』の第2部で、コロナ危機での経済・企業・個人の変化を考察している。文明の進歩として世界的に都市化が進んできたが、その弊害が今回のコロナ危機において露呈してきた。都市化・輸送費の低下による物流の活発化は感染症を拡散させたが、東京一極集中は見直すべきである。コロナ危機後の政策として公共サービスを増加しその効率化を実行するためには、都市政策としてコンパクトシティ政策(公共サービスの効率化)は不可欠である。
長期的課題としては、子ども対策として幼児期や学齢期の医療サービス体制の重要性が提起されている。