新しい社会経済システムとしての21世紀社会主義 現代資本主義シリーズ;5(1)
長島誠一(東京経済大学名誉教授) 2024年 東京経済大学学術機関リポジトリ より
Ⅲ 日本経済への影響
コロナ禍の経過
コロナ感染症がはじまる直前の日本の景気は第 16 循環期にあり、外需減少ベースの緩やかで、かつ国内的には需要・供給・分配を巡る自立性の高い循環が存在し、長期的には息の長い成長が維持されていた。2018 年後半以降外需が弱かったが内需が堅調で、製造業の生産は弱かったが非製造業の生産が堅調というデカップリング状態が続き、実質GDPは2019年7-9月期まで増加傾向にあった。第16循環は人口減少局面での経済成長の一つのモデルを示していた。
2020年
(1) 感染症流行下の経済の動向 感染症は世界的流行が進み波及経路を拡大しパンデミックとなり、SARS とは比較にならない大規模なものとなった。感染症の影響は需給両面にみられるが、需要ショックの側面が強く、経済活動の水準で測ると今回のショックは極めて大きい。
(2) 家計部門の動向 増勢が続いてきた家計所得は感染症の影響により減少するが、感染症対策効果が下支えした。外出自粛等により個人消費は大きく減少し、選択的支出への影響が大きかったが、家電等への特別定額給付金・Go To トラベル事業・Go To イート事業などのコロナ対策政策が減少の打撃をやわらげた。
(3) 企業部門の動向 企業収益は感染症の影響によって大幅に減少したが、年初来の原油安は交易利得を押し上げた。インバウンド需要の減少・消失とサプライチェーンの分断が起こり、供給制約によって製造業の生産は停滞し、輸出の急落に伴い大幅減少した。その後在庫調整の進展から持ち直し、設備投資は下振れした。
(4) 対外経済関係の動向 財輸出は急速に減少したが、感染下特有の需要増もあり財輸入は底堅かった。国境を超えた人の移動はなくなり、インバウンド需要は消失してしまった。
(5)賃金と物価の動向 有効求人倍率が大きく低下し失業率は長期低下傾向が終わったが、雇用が維持されて失業率の増加は抑えられていた。平均賃金の動きは弱かった。企業は自身の稼働状況を踏まえて販売価格を設定していたが、エネルギー価格による下押しは見られるものの消費者物価の基調は横ばいの動きだった。
(6)財政金融面の動向 世界の主要地域の中央銀行は大規模な金融緩和を実施し、リーマン・ショック(世界金融危機)とは異なり民間企業の資金調達環境は緩和的だった。機動的な財政出動で経済を下支えて早期に成長軌道へ復帰することが、財政の持続性確保にとっても重要であった。
2021年
コロナ・パンデミックは長期化し、この間ワクチン接種は進展し新薬も提供されたが、変異ウィルスによって感染は一層拡大した。感染症の長期化とともに人々の働き方や消費行動の変化は引き続いた。
(1) 経済活動の動向 感染症のパンデミック下で景気は「持ち直し基調」を維持し、世界経済の回復を背景として輸出は緩やかに上向き、輸入は引き続き増加した。また補正予算などの効果もあって、公共支出(公需)も増加傾向を示した。
(2) 家計の動き 総雇用者所得は持ち直し基調が続いたが、家計消費は一進一退した。人為的経済活動抑制によって対人サービスは低水準を続けたが、インターネットによる通信販売は増加し、ライフスタイルの変化が起こり、住宅投資は底堅かった。しかし貯蓄率は急上昇した前年よりは低下したが、かなり高かった。
(3)企業の動き 外需に支えられて生産は増加基調が続いたが、企業収益は感染症の影響を受けて引き続き業種間で回復の程度の違いが続き、非製造業では宿泊業や飲食サービス業が依然として大幅なマイナスであった。設備投資は利益水準の回復と設備不足感を背景として増加した。
(4)雇用 需給ギャップは残ったが、失業率の上昇は抑制された。就業率は回復しているが、男子 25~64歳は感染拡大前に回復しているが、男子15~24歳は回復していない。女性25~64歳と65歳以上は感染拡大前に戻っているが、15~24歳は 2021年以降急落した。全体的には生産の停滞によって雇用も減少しているが、情報通信業や教育・学習支援業では雇用が拡大した。
(5)賃金・物価 賃金は、一般労働者もパートタイム労働者も持ち直した。輸入価格は原油や資源価格が上昇したので石油・石炭製品や非鉄金属の価格が上昇し、このような市況状況を反映して国内企業物価が上昇したが、電力・都市ガス・水道は低下した。消費者物価はおおむね横ばいで推移した。
2022年
(1)景気回復 回復しているが、海外と比べると個人消費や設備投資に遅れがでていた。家計も企業貯蓄超過で個人消費や設備投資にそれほど回っていないからである。家計消費の遅れは対面サービスを中心とした低下であり、高齢層には重症化リスクの低下による消費押し上げ効果が弱い。また団体旅行や企業の出張の持ち直しは弱く、個人の外食は大きく減少した。
(2)物価 原油や資源などの海外からの原料材の価格上昇などを反映して、物価は上昇し続けた。金融危機の時期と比べると価格転嫁は進展しているが、中小企業は相対的に遅れた。この時点ではスタグフレーション状況にはなっていなかった。物価上昇に対しては、継続的かつ安定した賃上げと需給ギャップの縮小が必要である。
(3) 高齢化・人口減少下の労働 経済成長をしていくためには、労働の量と質の確保が重要となる。日本はこの間に女性や高齢者をはじめとした多様な人材の労働参加が進んできたが、人への投資は先進国と比較して十分ではなかった。非正規雇用者などの増加に伴い賃金は伸び悩んでおり、世帯別でも高齢者世帯や単身世帯の増加に伴い低所得世帯の割合が上昇している。
人口減少に伴う労働量投入量の減少を緩和するためには、不本意非正規雇用者や就業を希望している無業者や就業時間の増加の希望者や女性を希望する就業に繋げるような「活躍の機会」を広げていくことが重要となるだろう。労働の質を高めるためには、男女の賃金格差の一層の縮小や女性の正規雇用化・雇用年齢引き上げを実現して、賃金増加に繋げなければならない。そうした労働市場の状況を踏まえるとリカレント教育やスキリングなどの「社会人の学び」の支援が必要となっている。税や社会保障による再分配の効果は高まってきた。子供を持つ親世帯は子育て関連の受益が増えてきたが、社会保険料負担も増加し、一人親世帯の年金などの受益は減少してきた。