新しい社会経済システムとしての21世紀社会主義 現代資本主義シリーズ;5(1)
長島誠一(東京経済大学名誉教授) 2024年 東京経済大学学術機関リポジトリ より
医療・介護提供体制
医療体制の問題点と改善すべき課題については別個検討することにして、ここでは医療活動の面に絞って簡単に指摘してこう。東京都などの特に感染者が多かった地域で医療崩壊の寸前になったが、医療関係者たちの懸命な奉仕的な活動によって乗り越えることができ、国際的に比較して死亡者数や致死率が低く抑えたことは特筆すべきことである。イタリアやニューヨークなどの欧米のような壊滅的な医療崩壊を回避できたことが、その理由としてあげられるだろう。
しかし他方では PCR 検査が不足し国民の不安・不満が累積し、医療現場では個人防護具や消毒液が不足し院内感染や高齢者施設でのクラスター発生を防げなかったし、感染を恐れながらの診療や治療を余儀なくされ高いストレスがかかった。さらに患者の受診控えや通常の手術が制限され、医療機関の収入が急減してしまった。
国際的に死亡者数や致死率が低く抑えることができたのは、患者や医療資源の適正配置・情報共有システムがそれなりに機能し、感染率の高い高齢者施設での事前の感染対策の備えと訓練があったことであるが、最後の防波堤として集中治療の献身的活動も指摘しておかなければならない。
専門家会議
岡田教授は、厚労省の周りには感染研究所・東大医科研・国立国際医療センター・厚労省の委員会などの「感染症ムラ」が形成されており、厚労省の専門家会議には「感染症ムラ」から選出されており、呼吸器感染症の専門家ではない人たちが座長や副座長に任命された、と批判していた。
専門家会議はクラスター対策や「3 密」回避を提示し、国民に情報を発し行動変容を促した。専門家会議の役割はコロナ感染の局面によって変化している。
『調査・検証報告書』は局面を 3 つに分けて記述している。
(1) フェーズ1: 初期から「緩んだ3連休」直前まで(2月初め~3月18日)。ダイヤモンド・プリンセス号の時には専門家は対応について意見を求められる通常の審議会と同じだったが、2 月 21 日に国内累計感染者数が100人を超え感染源の分からない感染者が増える状況になって、専門家間で危機感が高まり、専門家会議としての「見解」を出す方向になった。これに対して厚労省は抵抗したが、2月24日に単独会見を開き、尾身茂が「1~2 週間が急速に拡大するか収束できるかの瀬戸際」と発言し、国民の行動変容を訴えた。本来厚労省が行うべき国民への発信を結果的に専門家会議が肩代わりしたが、「瀬戸際」発言は大きな社会定反響を呼び起こした。
(2) フェーズ2: 「緩んだ3連休」からGW前まで(3月19日~4月末)。専門家会議のとりまとめは「見解」から「状況分析・提言」に変わったが、その表現などで厚労省や官邸との間で応酬があったという。2 月 28 日に北海道が独自の緊急事態宣言を出したが、3 月の春分の日から始まる連休明けにトーン・ダウンしたが、西浦委員は「解禁ムードが広がる」ことを危惧して独自に「人との接触を8割減らす」必要性を公表した。自治体からの緊急事態宣言を求める声が高まり、安倍政権は4月7に新緊急事態宣言を発出した。相当強い国民の行動制限であったが、政府は被害推定の数値を公表しなかった。
(3) フェーズ3: 緊急事態宣言解除から廃止まで(5月初め~6月 24日)。緊急事態宣言は 39都道府県が解除されたが、5 月 21 日と 25 日に残る都道府県にも解除されたが、その際専門家会議は開かれていない。6月 24日にコロナ担当相は唐突にも専門家会議の廃止を発表した。
『調査・検証報告書』は今後の「専門的助言の在り方」として、①政府と専門家会議の役割分担と責任主体を明確にし、②感染症学者の人材養成を速めるべきこと、③各種データのデジタル化の促進、を提言している。
危機対応コミュニケーションの課題
国民はさまざまなコロナ情報に接して行動を変容していった。NHKの世論調査によれば、2月と3月の政府の対応を「評価する」するという回答が「評価しない」との回答を上回っていたが、4月と5月には逆転したりして一退を繰り返し国民の評価は二分されていた。「国民評価」に関する国際的な比較調査では、日本の評価はほかの先進国より高いとはいえなかった。
国民の行動変容につながった政府の情報発信として、安倍首相の会見(「全国一斉休校」や「大規模集会504自粛要請」)やコロナ担当相の会見、都道府県知事の情報発信(鈴木北海道知事・吉村大阪府知事・小池東京都知事など)や専門家らの情報発信、を『調査・検証報告書』はあげている。
しかし政府への信頼にはつながらなかった要因として、①危機対応コミュニケーション体制の未確立、②専門家の発言に依存する政治家の会見、③対策の根拠や長期的見通しの提示の欠如、を指摘している。これらの①~③の要因を改善することが、今後の課題となっている。