新しい社会経済システムとしての21世紀社会主義 現代資本主義シリーズ;5(1)
長島誠一(東京経済大学名誉教授) 2024年 東京経済大学学術機関リポジトリ より
第4節 調査・検証報告書―民間臨時調査会
福島第一原発事故の際には各種の事故報告書が公表されたが、新型コロナ感染症に関する調査・報告書は、独立系シンクタンクのアジア・パシフィック・イニシアティブ(代表理事:船橋洋一)が組織した新型コロナ対応民間臨時調査会の『調査・検証報告書』しかない。今後一層パンデミックとなり世界に多大な影響を与えているこの感染症に関する調査研究がなされなければならないが、日本で初めての調査・報告書が全体的にどのように政府を中心としたコロナ対策を評価しているので検証しておこう。
Ⅰ 新型コロナ対応民間臨時調査会『調査・検証報告書』
新型コロナ対応民間臨時調査会を組織したプログラム・ディレクターの船橋洋一は『調査・検証報告書』の序文においてまず最初に、2020 年から始まった新型コロナ感染症に関する全体的な調査は初めてであり、新型コロナの不確実性に包まれていると述べている。まして日本国民一般には不確実なことだらけであり、今後の調査研究とコロナ対策するための情報を公表してほしい、と述べている。
船橋も岡田教授たちと同じく、PCR 検査は不確実で不十分であり、保健所は「目詰まり」状態に陥り、政府関係からのメッセージがちぐはぐであることを批判している。そして、感染症の健康と生命に与える脅威や生計と生活の破壊や自由と人権の抑圧をもたらす危険性がある以上、国家危機管理・国民安全保障の観点に立つべきであり、日本の備えは足らないことだらけだったと総括している。
Ⅱ コロナ民間臨調委員たちのメッセージ
① 小林喜光委員長。新型コロナが、アナログな世界でのコストダウンを心がけて 心地よさに満足していた日本を、いわば「茹でガエル」状態に落とし込んでしまい、日本の経済社会システムの脆弱性を浮き彫りにしてしまった。日本社会を変革するために、 DX(デジタル・トランスフォーメーション)を推進し、コロナ下で露呈された一極集中のリスクから分散化に向かう方向性を持つべきであり、サステナビリティ(SDGs)に代表される社会問題の解決に官民一体で取り組んでいかなければならい。
② 太田弘子委員。コロナ禍は経済に需要と供給の両面からショックをもたらし、省庁間の利害対立や関係者間の調整の難しさなどの構造的問題を顕在化させた。そして、2009 年新型インフルエンザ後の総括・提言が生かされていない、と述べている。もともと日本経済は終戦直後や石油危機を乗り切った時のように危機感を共有すると柔軟さと強さを発揮してきたのであるから、今回のコロナ禍は最大級の危機であることを認識して、長年の構造的問題を解決する覚悟をしなければならない。
③ 笠貫宏委員。国の司令塔と政策決定プロセスの不明確性と不透明性に対する政治不信が、「コロナ禍の先が見えない市民の不安」の原因となっているのではないか。そして、専門家会議や分科会の議事録がないことを批判している。
Ⅲ 「日本モデル」
安倍政権は、法の定めに従った人権とプライバシーを尊重しつつ感染拡大を阻止し、経済への打撃を最小限に食い止めようとする「日本モデル」なるものを実施した。コロナ対策として、「中国や欧米での都市封鎖のような法的な強制力を伴う行動制限措置を採らず、クラスター対策による個別症例追跡と罰則を伴わない自粛要請と休業要請を中心とした行動変容を組み合わせた。WHO の事務局長テドロスは「(日本は)死者も少なく、成功している」と評価したが、感染拡大を阻止する目的と東アジアやオセアニアと比較して日本の成績が良かったわけではなかった。経済への打撃を最小限に食い止めようとする目的と感染拡大の阻止は一般的には両立困難であった。
一般的には命(感染拡大を阻止する目的)と生計(経済への打撃を最小限に食い止めようとする目的)とはトレードオフ関係にあるから、「日本モデル」は免疫学の常識への挑戦にもみえた。『調査・検証報告書』は 2020 年 1 月から 7 月までの各国政府の社会経済活動制限の厳格さを加工して作成し比較しているが、それによっても日本は緩かった。経済へのダメージは産業・業種によって異なり、販売・小売りや宿泊・飲食業では人員過剰であり、逆に医療や福祉関係業種では人員が不足していた。
コロナ発生以前の2019年までは日本経済は人員不足状態であったが、2020年になるった6月には全産業では人員不足状態であったが、製造業も人員過剰になり、2019 年 8 月以降非正規雇用減少が顕著だった。
Ⅳ 改善すべきコロナ対策
臨調『調査・検証報告書』は第1部「ベストプラクティスと課題」において、今後の感染症パンデミックに備えるためのさまざまな改善案を提起している。
法的インフラの概要
感染症危機管理の法体系には、危機管理法(感染症法、免疫法、新型インフルエンザ等対策特別措置法、予防接種法)・入管法・国際保健規則などがある。基盤となるのが感染症法であり、重症性などから判断した危険性程度に応じて1類から5類に感染症を分類している。新型インフルエンザのパンデミックの時に、医療体制への負荷が起こらないようにするために特別措置法が制定された。その改定によって、新型コロナ感染症も特別措置法の対象となった。
内閣官房や厚労省幹部自身が問題点として、① 特措法上の公衆衛生措置は「要請」であり、② 指揮権限が曖昧であったので首相と都道府県知事等の間の「総合調整力」がなかった、③ あとから新感染症を追加する規定がなかった、④ 病原性の低い新型コロナ(2009 年)の脅威認識を引きずり新型コロナ感染症での対応が遅れてしまった、と証言している。