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コロナ検証 長島誠一⑪医療・介護提供体制 専門家会議・感染症ムラ 危機対応コミュニケーション

2025年04月05日 09時00分06秒 | コロナ検証

新しい社会経済システムとしての21世紀社会主義 現代資本主義シリーズ;5(1)

長島誠一(東京経済大学名誉教授) 2024年 東京経済大学学術機関リポジトリ より

 

医療・介護提供体制

医療体制の問題点と改善すべき課題については別個検討することにして、ここでは医療活動の面に絞って簡単に指摘してこう。東京都などの特に感染者が多かった地域で医療崩壊の寸前になったが、医療関係者たちの懸命な奉仕的な活動によって乗り越えることができ、国際的に比較して死亡者数や致死率が低く抑えたことは特筆すべきことである。イタリアやニューヨークなどの欧米のような壊滅的な医療崩壊を回避できたことが、その理由としてあげられるだろう。

しかし他方では PCR 検査が不足し国民の不安・不満が累積し、医療現場では個人防護具や消毒液が不足し院内感染や高齢者施設でのクラスター発生を防げなかったし、感染を恐れながらの診療や治療を余儀なくされ高いストレスがかかった。さらに患者の受診控えや通常の手術が制限され、医療機関の収入が急減してしまった。

 国際的に死亡者数や致死率が低く抑えることができたのは、患者や医療資源の適正配置・情報共有システムがそれなりに機能し、感染率の高い高齢者施設での事前の感染対策の備えと訓練があったことであるが、最後の防波堤として集中治療の献身的活動も指摘しておかなければならない。

専門家会議

岡田教授は、厚労省の周りには感染研究所・東大医科研・国立国際医療センター・厚労省の委員会などの「感染症ムラ」が形成されており、厚労省の専門家会議には「感染症ムラ」から選出されており、呼吸器感染症の専門家ではない人たちが座長や副座長に任命された、と批判していた。

専門家会議はクラスター対策「3 密」回避を提示し、国民に情報を発し行動変容を促した。専門家会議の役割はコロナ感染の局面によって変化している。

『調査・検証報告書』は局面を 3 つに分けて記述している。

(1) フェーズ1:  初期から「緩んだ3連休」直前まで(2月初め~3月18日)。ダイヤモンド・プリンセス号の時には専門家は対応について意見を求められる通常の審議会と同じだったが、2 月 21 日に国内累計感染者数が100人を超え感染源の分からない感染者が増える状況になって、専門家間で危機感が高まり、専門家会議としての「見解」を出す方向になった。これに対して厚労省は抵抗したが、2月24日に単独会見を開き、尾身茂が「1~2 週間が急速に拡大するか収束できるかの瀬戸際」と発言し、国民の行動変容を訴えた。本来厚労省が行うべき国民への発信を結果的に専門家会議が肩代わりしたが、「瀬戸際」発言は大きな社会定反響を呼び起こした。

(2) フェーズ2: 「緩んだ3連休」からGW前まで(3月19日~4月末)。専門家会議のとりまとめは「見解」から「状況分析・提言」に変わったが、その表現などで厚労省や官邸との間で応酬があったという。2 月 28 日に北海道が独自の緊急事態宣言を出したが、3 月の春分の日から始まる連休明けにトーン・ダウンしたが、西浦委員は「解禁ムードが広がる」ことを危惧して独自に「人との接触を8割減らす」必要性を公表した。自治体からの緊急事態宣言を求める声が高まり、安倍政権は4月7に新緊急事態宣言を発出した。相当強い国民の行動制限であったが、政府は被害推定の数値を公表しなかった

(3) フェーズ3: 緊急事態宣言解除から廃止まで(5月初め~6月 24日)。緊急事態宣言は 39都道府県が解除されたが、5 月 21 日と 25 日に残る都道府県にも解除されたが、その際専門家会議は開かれていない。6月 24日にコロナ担当相は唐突にも専門家会議の廃止を発表した。

『調査・検証報告書』は今後の「専門的助言の在り方」として、①政府と専門家会議の役割分担と責任主体を明確にし、②感染症学者の人材養成を速めるべきこと、③各種データのデジタル化の促進、を提言している。

危機対応コミュニケーションの課題

 国民はさまざまなコロナ情報に接して行動を変容していった。NHKの世論調査によれば、2月と3月の政府の対応を「評価する」するという回答が「評価しない」との回答を上回っていたが、4月と5月には逆転したりして一退を繰り返し国民の評価は二分されていた。「国民評価」に関する国際的な比較調査では、日本の評価はほかの先進国より高いとはいえなかった。

国民の行動変容につながった政府の情報発信として、安倍首相の会見(「全国一斉休校」や「大規模集会504自粛要請」)やコロナ担当相の会見、都道府県知事の情報発信(鈴木北海道知事・吉村大阪府知事・小池東京都知事など)や専門家らの情報発信、を『調査・検証報告書』はあげている。

しかし政府への信頼にはつながらなかった要因として、①危機対応コミュニケーション体制の未確立、②専門家の発言に依存する政治家の会見、③対策の根拠や長期的見通しの提示の欠如、を指摘している。これらの①~③の要因を改善することが、今後の課題となっている。

 


コロナ検証 長島誠一⑩組織的インフラの問題点 厚労省 保健所 医療機関

2025年04月04日 09時27分18秒 | コロナ検証

新しい社会経済システムとしての21世紀社会主義 現代資本主義シリーズ;5(1)

長島誠一(東京経済大学名誉教授) 2024年 東京経済大学学術機関リポジトリ より

 

組織的インフラの改善

政府全体の政策を調整する内閣官房の下に、厚労省を中心とした内閣官房新型インフルエンザ等対策室国際感染症対策調整室厚労省の感染症危機管理体制検疫所、国立感染研究所、保健所、地方衛生研究所、医療機関(感染症指定医療機関、国立国際医療研究センター病院)などの執行機関が存在する。それぞれの執行機関の役割を簡単に説明し、今回の新型コロナ感染症における問題点をみておこう。

(1) 厚生労働省における感染症危機管理体制  感染症法を運用する健康局肺結核感染症課地方自治体・感染研感染症疫学センター・検疫所・WHO などから感染症危機情報を収集し、感染研等の専門家と相談しながら実際の対応をする。首相や厚労大臣にアドヴァイスをする「保健医療補佐官」が 2014年に作られ、次官級の「医務技監」が 2017 年におかれた。専門性の高い医系の医務技監が最前線で新型コロナ症に取り組んだが、事務局を担うべき厚生労働省全体がパンデミックに十分備えていなかったことがコロナ対策の最大の誤算であった。厚労省は感染症法や検疫法等を所管する感染症危機管理の中心となるべき官庁であるが、局地戦には強いが総力戦には弱かった

(2) 検疫所  全国の主要海空港にある 110 カ所の検疫所は、検疫業務と試験検査業務をする。日本への全入国者に対して発熱や咳などのある有症症状者等は健康相談室で症状や滞在歴の有無を確認し、感染の疑わしい者に対して検査をして、医療機関の紹介や感染症指定医療機関や保健所と連携して隔離・停留を実施する。コロナ危機では、政府の入国制限強化に伴い検査需要が爆発的に増大し検疫官人員が不足してしまった。『調査・検証報告書』は、平時から緊急時の備えをしておくべきだったと、指摘している。

(3) 国立感染症研究所  感染研は危機管理の技術的中核機能を担い、そのさい病原体検査・診断とサーベイランス(監査体制)が重要となる。感染研の「中央感染情報センター」は、都道府県に設置されている「地方感染症情報センター」と連携して発生動向を調査する。保健所は医療機関から報告される患者発生情報を「感染症サーベイランスシステム」に入力し、情報は地方と中央の感染症情報センターで集計される。また感染研は、保健所が実施する積極的疫学調査を支援する。

今回の新型コロナ対策で問題になったのは、医療機関から保健所への報告が手書きの FAX で行われ、保健所はそれを「感染症サーベイランスシステム」に入力するという「前時代的な作業」であり、報告の遅滞が生じたことであった。新自由主義の下で感染研は予算と定員の削減に苦しんできて、2009年度から2018年度の10年間に予算は100億円から60%程度に減少し、定員は383人から361人に減少してしまっていた。

(4) 保健所  保健所が感染症危機管理における公衆衛生的対応の中心となっている。その業務は「対人保健」と「対物保健」に分かれ、母子保健・健康増進・「老人保健」・予防接種などの地域住民に密着した対人保健サービスは、市町村保健センターが中心となる。1950 年代後半以降に民間医療機関を中心として医療供給体制が拡大し、医師は公衆衛生ではなく臨床医学に進出したために、保健所は予算と人手が不足し始めた。1994 年に保健所法の地域保健法への改正と行政改革・地方分権の推進・財政健全化・平成の大合併などよって、全国の保健所はほぼ半減し、保健所医師も約 60%に減少してしまっていた。これが今回の新型コロナ医療における保健所活動の妨げとなった。

また、保健所のデジタル化の遅れや、保健所・地方衛生研究所といった公衆衛生体制と感染症指定医療機関を中心とする医療体制との断絶があり、効果的な危機対応のための改善が早急に求められている。また有事の際のサージキャパシティ構築のためには、疫学調査などの動員に加えて、自治体・保健所・地方衛生研・現場の医療機関の間の即時の医療情報の共有を可能にするためのデータベースの構築が必要である。

(5) 地方衛生研究所  自治体の条例によって設立され、都道府県・政令指定都市・中核都市に合計83 ヵ所設置されている。その標準機能が法的には担保されていないので自治体間の格差があり、2003年から 2008 年の 5 年間で平均職員 13%減・予算 30%減・研究費 47%減という調査もあり、地衛研の検査機能が全国規模で顕著に低下している。コロナ危機の時にも急激な需要にこたえらず、検査結果の滞留が起こっていた。

(6) 医療機関  「感染症指定医療機関」は感染症危機の最後の砦であり、その実質的な中核が国立国際医療研究センター病院である。しかしその財政基盤は不安定であり、最後の砦である医療機関には、感染者を積極的に受け入れてきた病院ほど赤字に転落するという歪んだ構造がある。コロナ発生以前の赤字病院は6割だったが、コロナ発生後2020年には約9割が赤字に増加した。

官邸

安倍首相の下で政府はコロナ対策として、武漢邦人帰国オペレーション習近平中国国家主席来賓訪日とパラオリンピック開催の延期・大規模イベント中止・一斉休校・布マスク(アベノマスク)の全戸配布・Go To キャンペーン、などを展開した。それぞれの疫学的立場からの批判や問題点についてはすでに指摘してきたので、このでは官邸の機能を検証しておく。

 政府の戦略と対策の方針を立案・決定する司令塔として、安倍総理のもとに総理連絡会議が武漢のロックダウン直後の 1 月 26 日から毎日のように開かれ、3月中旬からは官民と自治体を連携させるタクスフォースが起動された。しかし最初から中核的な事務局が定まっていなかった。感染が拡大する中で特措法が改正され、3 月 23 日に「インフル室」を母体とする「コロナ室」が設置された。官邸は司令塔機能を果たすべく精力的に活動したが、中核を担う事務局機能の立ち上げは試行錯誤の連続であり混乱が生じた、と『調査・検証報告書』は総括している。

厚生労働省

厚労省は感染症法や検疫法などを所管し、感染症危機管理の中心となる。感染免疫学や公衆衛生学の立場からの岡田春恵教授はすでに紹介したように、官邸と厚労省・専門家会議や専門家・政治家たちのコロナ対策の杜撰さ・無責任な場当たり性感染症村の長年の癒着体質などによる感染症対策に対する無知と基本原則の軽視、などを啓蒙的に批判し警告してきた。『調査・検証報告書』は厚労省について、「局地戦には強いが総力戦には弱い」と総括している。

PCR 検査などの検疫は最大の課題であったが、① 国内流行初期(2020 年 1~2 月)には検査キャパシティの絶対的不足、② 流行拡大期(3 月~5 月)はいわゆる「目詰まり」による検査実施数の停滞、③「検査実施基準」維持による無症状感染者の野放し、④ 5 月以降の検査目的の不明確さ、から国民の不安を払拭できなかった。

厚労省はコロナ危機が深刻化しても平時の政策ルール(通知など)に頼らざるを得ず、また過去の経験が生かされずに訓練や人材の強化などの備えを十分にしていなかった。結局、厚労省は「総力戦」において、感染症課以外の部局や保健所や地方衛生研などとの連携などでさまざま問題に直面していた。

報告書は今後の課題として、① 厚労省と保健所・地方衛生研・医療機関の間に指揮系統がないために、「目詰まり」が生じたが、今後は政策執行力を強化しなければならず、② 形式主義的な「通知行政」では前線機関の実質的活動に結びつかず、③ 感染症危機対策の中で十分な危機コミュニケーション機能を果たさなければならない、ことを指摘している。

 


コロナ検証 長島誠一⑨調査・検証報告書―民間臨調 日本モデル 法的インフラ

2025年04月03日 09時04分42秒 | コロナ検証

新しい社会経済システムとしての21世紀社会主義 現代資本主義シリーズ;5(1)

長島誠一(東京経済大学名誉教授) 2024年 東京経済大学学術機関リポジトリ より

 

第4節 調査・検証報告書―民間臨時調査会

 福島第一原発事故の際には各種の事故報告書が公表されたが、新型コロナ感染症に関する調査・報告書は、独立系シンクタンクのアジア・パシフィック・イニシアティブ(代表理事:船橋洋一)が組織した新型コロナ対応民間臨時調査会の『調査・検証報告書』しかない。今後一層パンデミックとなり世界に多大な影響を与えているこの感染症に関する調査研究がなされなければならないが、日本で初めての調査・報告書が全体的にどのように政府を中心としたコロナ対策を評価しているので検証しておこう。

Ⅰ 新型コロナ対応民間臨時調査会『調査・検証報告書』

新型コロナ対応民間臨時調査会を組織したプログラム・ディレクターの船橋洋一は『調査・検証報告書』の序文においてまず最初に、2020 年から始まった新型コロナ感染症に関する全体的な調査は初めてであり、新型コロナの不確実性に包まれていると述べている。まして日本国民一般には不確実なことだらけであり、今後の調査研究とコロナ対策するための情報を公表してほしい、と述べている。

船橋も岡田教授たちと同じく、PCR 検査は不確実で不十分であり、保健所は「目詰まり」状態に陥り、政府関係からのメッセージがちぐはぐであることを批判している。そして、感染症の健康と生命に与える脅威や生計と生活の破壊や自由と人権の抑圧をもたらす危険性がある以上、国家危機管理・国民安全保障の観点に立つべきであり、日本の備えは足らないことだらけだったと総括している。

Ⅱ コロナ民間臨調委員たちのメッセージ

小林喜光委員長新型コロナが、アナログな世界でのコストダウンを心がけて 心地よさに満足していた日本を、いわば「茹でガエル」状態に落とし込んでしまい、日本の経済社会システムの脆弱性を浮き彫りにしてしまった。日本社会を変革するために、 DX(デジタル・トランスフォーメーション)を推進し、コロナ下で露呈された一極集中のリスクから分散化に向かう方向性を持つべきであり、サステナビリティ(SDGs)に代表される社会問題の解決に官民一体で取り組んでいかなければならい。

太田弘子委員。コロナ禍は経済に需要と供給の両面からショックをもたらし、省庁間の利害対立や関係者間の調整の難しさなどの構造的問題を顕在化させた。そして、2009 年新型インフルエンザ後の総括・提言が生かされていない、と述べている。もともと日本経済は終戦直後や石油危機を乗り切った時のように危機感を共有すると柔軟さと強さを発揮してきたのであるから、今回のコロナ禍は最大級の危機であることを認識して、長年の構造的問題を解決する覚悟をしなければならない。

③ 笠貫宏委員。国の司令塔と政策決定プロセスの不明確性と不透明性に対する政治不信が、「コロナ禍の先が見えない市民の不安」の原因となっているのではないか。そして、専門家会議や分科会の議事録がないことを批判している。

Ⅲ 「日本モデル」

 安倍政権は、法の定めに従った人権とプライバシーを尊重しつつ感染拡大を阻止し、経済への打撃を最小限に食い止めようとする「日本モデル」なるものを実施した。コロナ対策として、「中国や欧米での都市封鎖のような法的な強制力を伴う行動制限措置を採らず、クラスター対策による個別症例追跡と罰則を伴わない自粛要請と休業要請を中心とした行動変容を組み合わせた。WHO の事務局長テドロスは「(日本は)死者も少なく、成功している」と評価したが、感染拡大を阻止する目的と東アジアやオセアニアと比較して日本の成績が良かったわけではなかった。経済への打撃を最小限に食い止めようとする目的と感染拡大の阻止は一般的には両立困難であった。

一般的には命(感染拡大を阻止する目的)と生計(経済への打撃を最小限に食い止めようとする目的)とはトレードオフ関係にあるから、「日本モデル」は免疫学の常識への挑戦にもみえた。『調査・検証報告書』は 2020 年 1 月から 7 月までの各国政府の社会経済活動制限の厳格さを加工して作成し比較しているが、それによっても日本は緩かった。経済へのダメージは産業・業種によって異なり、販売・小売りや宿泊・飲食業では人員過剰であり、逆に医療や福祉関係業種では人員が不足していた。

コロナ発生以前の2019年までは日本経済は人員不足状態であったが、2020年になるった6月には全産業では人員不足状態であったが、製造業も人員過剰になり、2019 年 8 月以降非正規雇用減少が顕著だった。

Ⅳ 改善すべきコロナ対策

臨調『調査・検証報告書』は第1部「ベストプラクティスと課題」において、今後の感染症パンデミックに備えるためのさまざまな改善案を提起している。

法的インフラの概要

感染症危機管理の法体系には、危機管理法(感染症法、免疫法、新型インフルエンザ等対策特別措置法、予防接種法)・入管法・国際保健規則などがある。基盤となるのが感染症法であり、重症性などから判断した危険性程度に応じて1類から5類に感染症を分類している。新型インフルエンザのパンデミックの時に、医療体制への負荷が起こらないようにするために特別措置法が制定された。その改定によって、新型コロナ感染症も特別措置法の対象となった。

内閣官房や厚労省幹部自身が問題点として、① 特措法上の公衆衛生措置は「要請」であり、② 指揮権限が曖昧であったので首相と都道府県知事等の間の「総合調整力」がなかった、③ あとから新感染症を追加する規定がなかった、④ 病原性の低い新型コロナ(2009 年)の脅威認識を引きずり新型コロナ感染症での対応が遅れてしまった、と証言している。

 


コロナ検証 長島誠一⑧日本社会への影響 デジタル化社会の課題

2025年04月02日 09時24分26秒 | コロナ検証

新しい社会経済システムとしての21世紀社会主義 現代資本主義シリーズ;5(1)

長島誠一(東京経済大学名誉教授) 2024年 東京経済大学学術機関リポジトリ より

 

Ⅳ 日本社会への影響

コロナ・パンデミックによって人々の生活行動や企業活動や労働そのものが変わり、社会構造も変化してきている。コロナ感染症は従来の社会構造の歪み(矛盾)を白日のもとに暴露した。

社会的弱者の生活困窮化と億万長者の資産増加  日本経済がさまざまな経済危機に直面するたびにその打撃は必ず「社会的弱者」に集中的に襲いかかってきた。この間のコロナ・パンデミックにおいて、生活困窮者は民間のボランティア活動による支援に殺到してきた。逆にコロナ・パンデミックによって貧富の格差は一層拡大し、利益を受けた人たちも存在するが、アメリカでは2020年3月以降の11週間米国の富裕層の資産は62兆円も増えた。

外国人労働者・留学生の困窮化  コロナ禍による渡航制限によって外国人労働者は帰国したくともできない。現在約 40 万人の外国人技能実習生が日本に滞在しているが、コロナ禍でアルバイトが大幅に減り、留学生は学費が払えず「留学ビザ」が失効し、帰国するにも航空機の燃油高で切符が買えなような生活上の困窮に陥っている。日本政府は技能実習生や就職活動中の留学生などに対しては在留期間を延長する処置をとっているが、日本語学校の留学生はケアしていない。

貧富の格差拡大  日本の医療制度そのものの問題としては、コロナ感染症対策をする行政側と医療現場との情報共有体制の不十分性が露呈された。また、従来からある親の学歴・世帯収入・職業などによる社会的・経済的・文化的な「社会経済的地位」による格差が拡大した。さらにコロナ禍によって2020年~2022年の3年間に結婚は 15万件減少し、将来出生が 24万人マイナスになるとの推計も出された。

介護危機  介護(ケア)労働はますます重要性を増しているが、コロナ救済のために社会保障給付費が急増することが予想され(いわゆる「2025 年問題」)、介護の現場では介護をする人材が不足しかつ現場の労働負担が増加しているのに職員の年収は減少し、介護の危機が起こっている。こうした危機は医療現場の看護師たちにも起こっているが、介護・医療の労働者のさまざまな労働条件を改善して人材を確保するとともに、介護現場の業務を効率化しICTなどの技術を活用する必要がある。

消費行動の変化 人為的な人々の移動や交流の制限や個々人自身の外出自粛などにより、消費意欲が大幅に減少して個人消費は大きく減少した。貯蓄率は 2020年に急上昇し、21年にも前年よりは低下したがかなり高くなった。選択的支出への影響が大きく、人為的経済活動抑制によってとくに対人サービスは低水準を続けた。そのかわりにインターネットによる通信販売が増加し、ライフスタイルの変化が起こり、個々人の消費支出の中身が変化した。そしてキャッシュレス決済が増加した。

企業活動の変化

製造業の生産はサプライチェーンの分断による供給制約によって停滞し、世界経済の停滞によって輸出が急落した。その後在庫調整の進展から持ち直し、設備投資は下振れした。企業収益は感染症の影響によって大幅に減少したが、年初来の原油安は押し上げた。人為的移動制限と企業活動そのものの縮小によってテレワークが増加し、しかも在宅勤務や地方移住によるテレワークが増大した。

コロナ禍によって日本の国内企業の大半がマイナスの影響を受けたが、デジタル関連企業は投資とテレワークが継続し、新たなビジネスモデルが模索された。そしてコロナ禍における地方公共団体の官民連携の取組もみられ、サービス開発のための支援金(神戸市・Urban Innovation Kobe) 、感染症がもたらす社会課題の解決を目指すプロジェクトの支援(福岡市の福岡実証実験フルサポート)、ピッチイベントの開催(東京都の Upgade with Tokyo)などが注目された。多くの外資系企業が日本でのビジネスの継続や拡大をする予定もある。

デジタル社会の課題

コロナ・パンデミックによって世界的に経済活動は低下し、支払い手段のキャシュレス化が進展し、中央銀行デジタル通貨が検討され始めた。企業活動においても個人の消費生活においてもデジタル活用が一層進展し、本格的なデジタル社会の諸問題に直面した。

コロナ禍でデジタル活用が拡大

(1)消費者行動  消費者行動の変化は経済動向の変化につながり、対面型の業種は低迷が続いている。その一方でインターネット・ショッピングや動画配信などが伸び、在宅時間の増加などによって、インターネット・トラフィック(転送されるデータ量)は急増を示した。

(2)社会的分野  デジタル技術を活用した市民への迅速な経済的支援の実施や、地域での感染状況やそのリスクの把握といった取り組みをおこなった。しかしその過程で市民生活上の自由やプライバシーなどのさまざまなデジタル社会の課題が顕在化した。海外では、給付金の支給・マスクの需給対策・感染状況の把握と通知などで、デジタル技術が積極的に活用された。また教育・医療等の分野では、感染拡大防止の観点から遠隔教育・オンライン診療が実施されてきた。

(3) 企業活動  コロナ禍で落ち込んだ業績の回復が進む米国では、デジタル化の追い風を受けたTECH企業が経済を牽引している。テレワークの実施率は緊急事態宣言中は上昇したが、宣言解除後は実施率が低下した。しかし感染症や自然災害等への強靭性(レジリエンス)を確保する観点からも、テレワーク等のデジタル活用を定着させる必要がある。

デジタル化社会の課題  コロナ禍を受けて、生産性の向上や付加価値の創出だけではなく、感染症や自然災害に対応できる強靭性(レジリエンス)を確保し、持続可能な社会の実現のためにデジタル化の推進が重要になった。

しかし、自由で民主的な社会を前提としたデータ活用でなければならない。今後、国民のデジタル活用を促進し、民間企業・公的分野におけるで自宅化を戦略的かつ一体的に進めることが必要である。その際、5G 等の情報通信インフラの整備、ベース・レジストリ(基本データ)の整備、サイバーセキュリティや個人情報の保護といった安全・安心の確保、公共デジタル・プラットフォーム(ID、認証、クラウド等)の整備などにより、デジタル社会の共通基盤を構築することが重要である。

 


コロナ検証 長島誠一⑦日本経済への影響

2025年04月01日 08時57分09秒 | コロナ検証

新しい社会経済システムとしての21世紀社会主義 現代資本主義シリーズ;5(1)

長島誠一(東京経済大学名誉教授) 2024年 東京経済大学学術機関リポジトリ より

 

Ⅲ 日本経済への影響

コロナ禍の経過

コロナ感染症がはじまる直前の日本の景気は第 16 循環期にあり、外需減少ベースの緩やかで、かつ国内的には需要・供給・分配を巡る自立性の高い循環が存在し、長期的には息の長い成長が維持されていた。2018 年後半以降外需が弱かったが内需が堅調で、製造業の生産は弱かったが非製造業の生産が堅調というデカップリング状態が続き、実質GDPは2019年7-9月期まで増加傾向にあった。第16循環は人口減少局面での経済成長の一つのモデルを示していた。

2020年

(1) 感染症流行下の経済の動向  感染症は世界的流行が進み波及経路を拡大しパンデミックとなり、SARS とは比較にならない大規模なものとなった。感染症の影響は需給両面にみられるが、需要ショックの側面が強く、経済活動の水準で測ると今回のショックは極めて大きい。

(2) 家計部門の動向  増勢が続いてきた家計所得は感染症の影響により減少するが、感染症対策効果が下支えした。外出自粛等により個人消費は大きく減少し、選択的支出への影響が大きかったが、家電等への特別定額給付金・Go To トラベル事業・Go To イート事業などのコロナ対策政策が減少の打撃をやわらげた。

(3) 企業部門の動向  企業収益は感染症の影響によって大幅に減少したが、年初来の原油安は交易利得を押し上げた。インバウンド需要の減少・消失とサプライチェーンの分断が起こり、供給制約によって製造業の生産は停滞し、輸出の急落に伴い大幅減少した。その後在庫調整の進展から持ち直し、設備投資は下振れした。

(4) 対外経済関係の動向  財輸出は急速に減少したが、感染下特有の需要増もあり財輸入は底堅かった。国境を超えた人の移動はなくなり、インバウンド需要は消失してしまった。

(5)賃金と物価の動向  有効求人倍率が大きく低下し失業率は長期低下傾向が終わったが、雇用が維持されて失業率の増加は抑えられていた。平均賃金の動きは弱かった。企業は自身の稼働状況を踏まえて販売価格を設定していたが、エネルギー価格による下押しは見られるものの消費者物価の基調は横ばいの動きだった。

(6)財政金融面の動向  世界の主要地域の中央銀行は大規模な金融緩和を実施し、リーマン・ショック(世界金融危機)とは異なり民間企業の資金調達環境は緩和的だった。機動的な財政出動で経済を下支えて早期に成長軌道へ復帰することが、財政の持続性確保にとっても重要であった。

2021年

コロナ・パンデミックは長期化し、この間ワクチン接種は進展し新薬も提供されたが、変異ウィルスによって感染は一層拡大した。感染症の長期化とともに人々の働き方や消費行動の変化は引き続いた

(1) 経済活動の動向  感染症のパンデミック下で景気は「持ち直し基調」を維持し、世界経済の回復を背景として輸出は緩やかに上向き、輸入は引き続き増加した。また補正予算などの効果もあって、公共支出(公需)も増加傾向を示した。

(2) 家計の動き  総雇用者所得は持ち直し基調が続いたが、家計消費は一進一退した。人為的経済活動抑制によって対人サービスは低水準を続けたが、インターネットによる通信販売は増加し、ライフスタイルの変化が起こり、住宅投資は底堅かった。しかし貯蓄率は急上昇した前年よりは低下したが、かなり高かった。

(3)企業の動き  外需に支えられて生産は増加基調が続いたが、企業収益は感染症の影響を受けて引き続き業種間で回復の程度の違いが続き、非製造業では宿泊業や飲食サービス業が依然として大幅なマイナスであった。設備投資は利益水準の回復と設備不足感を背景として増加した。

(4)雇用  需給ギャップは残ったが、失業率の上昇は抑制された。就業率は回復しているが、男子 25~64歳は感染拡大前に回復しているが、男子15~24歳は回復していない。女性25~64歳と65歳以上は感染拡大前に戻っているが、15~24歳は 2021年以降急落した。全体的には生産の停滞によって雇用も減少しているが、情報通信業や教育・学習支援業では雇用が拡大した。

(5)賃金・物価   賃金は、一般労働者もパートタイム労働者も持ち直した輸入価格は原油や資源価格が上昇したので石油・石炭製品や非鉄金属の価格が上昇し、このような市況状況を反映して国内企業物価が上昇したが、電力・都市ガス・水道は低下した。消費者物価はおおむね横ばいで推移した。

2022年

(1)景気回復  回復しているが、海外と比べると個人消費や設備投資に遅れがでていた。家計も企業貯蓄超過で個人消費や設備投資にそれほど回っていないからである。家計消費の遅れは対面サービスを中心とした低下であり、高齢層には重症化リスクの低下による消費押し上げ効果が弱い。また団体旅行や企業の出張の持ち直しは弱く、個人の外食は大きく減少した。

(2)物価  原油や資源などの海外からの原料材の価格上昇などを反映して、物価は上昇し続けた。金融危機の時期と比べると価格転嫁は進展しているが、中小企業は相対的に遅れた。この時点ではスタグフレーション状況にはなっていなかった。物価上昇に対しては、継続的かつ安定した賃上げと需給ギャップの縮小が必要である。

(3) 高齢化・人口減少下の労働  経済成長をしていくためには、労働の量と質の確保が重要となる。日本はこの間に女性や高齢者をはじめとした多様な人材の労働参加が進んできたが、人への投資は先進国と比較して十分ではなかった非正規雇用者などの増加に伴い賃金は伸び悩んでおり、世帯別でも高齢者世帯や単身世帯の増加に伴い低所得世帯の割合が上昇している。

人口減少に伴う労働量投入量の減少を緩和するためには、不本意非正規雇用者や就業を希望している無業者や就業時間の増加の希望者や女性を希望する就業に繋げるような「活躍の機会」を広げていくことが重要となるだろう。労働の質を高めるためには、男女の賃金格差の一層の縮小や女性の正規雇用化・雇用年齢引き上げを実現して、賃金増加に繋げなければならない。そうした労働市場の状況を踏まえるとリカレント教育やスキリングなどの「社会人の学び」の支援が必要となっている。税や社会保障による再分配の効果は高まってきた。子供を持つ親世帯は子育て関連の受益が増えてきたが、社会保険料負担も増加し、一人親世帯の年金などの受益は減少してきた。