<写真>ヴィクター・パパネック著「生きのびるためのデザイン」
◆生きのびるためのデザイン
【書評】2
こんにちは!「工業デザイン相談室」の木全(キマタ)です。デザイナーの実像・デザイナーとの付合い方・デザイナーとのトラブル回避法など書いていきます。御相談がありましたら、コメントをくださいね。
新書「デザインにひそむ<美しさ>の法則」 好評発売中
記事の目次
デザイン相談室の目次 デザインの考え方と運用について
デザインのコツ・ツボの目次 商品企画とデザインワークについて
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■座右の書
一昨年の年末に書評を1回だけ書きました。トム・ピーターズの「デザイン魂」です。いつか書評を書こうと思いつつ、すでに1年半。お待たせしました(待ってないか(苦))。
ゴールデンウィークですし、少し仕事を離れて世界に思いを馳せるのもいいのではないでしょうか?
今回ご紹介するのは、座右の書ヴィクター・パパネックさんの「生きのびるためのデザイン」です。
「生きのびるためのデザイン」は、就職したころ、自分の仕事は本当に世の中の役に立っているのかと自問自答したときに、改めて工業デザインが持っている重要な役割を教えてくれました。
「生きのびるためのデザイン」の原書は1971年に書かれました。35年も前のものですが、その内容は今でもそのまま通用します。原稿用紙八〇〇枚(日本語版)を超えるこの大書は、たぶん有史以来工業デザインについて書かれた本の中で、最も人類愛に満ち、冷静で情熱的な啓蒙書です。工業デザインを知りたいと思う方は是非読んでいただきたいと思います。
■「工業デザイナー」のあるべき姿とは?
「生きのびるためのデザイン」は「これからの人間のための工業デザイン」のあるべき姿を克明に描き出しています。
工業デザイナーは人類にとって危険な人種になったとパパネックはいいます。スピードの誘惑を助長するスポーツカーをデザインして交通事故を増やし、生きていく上で必要もない製品に人目をひく刺激的なだけのデザインを施して、工場で大量生産させ、資源を浪費し、空気を汚染し、ゴミを作り大地を汚す。デザイン学校は、そんな環境破壊のお先棒担ぎをよしとする教育をいまだに続けている。
パパネックは、工業デザインとデザイン教育の現状に真っ向から異議をとなえ、その上で豊かな思考と深い洞察を重ね、デザイナーが取り組むべき本当の仕事について、大胆に提案していきます。
「工業デザイナーに環境問題を解決する力があるわけではないが、せめてその手伝いを止め、もっと重要な問題に取り組むべき時に来ている。」
■ロリータ計画
工業化社会が野放しのままにされていったらどうなってしまうのか。パパネックは皮肉と風刺を込めて、「ロリータ計画」という小文を1970年に雑誌「ザ・フューチャリスト」に掲載しました。
そこでパパネックは、女性を性的満足の対象と見る男性に向けて、人間そっくりの女性型アンドロイドの開発を標準的なマーケティング理論に則ったかたちで提案しました。
ユーザの要望にあわせ、トカゲのような肌を持つ胸が十二、頭が三つある攻撃的な性格といった注文にもこたえられるカスタマイズも用意するという念の入れようで、提案したところ、なんと、このグロテスクなブラックユーモアに多くの国の企業から本気で共同開発を申し込んできたそうです。
このような状況はとても健康的であるとはいえないだろうと、パパネックは書いています。
■アイデアと才能の10%の使い道
そして、パパネックは「生きのびるためのデザイン」の中で次のように訴えます。
「現状の工業デザイナーは先進国で何不自由なく暮らしている中産階級以上の人達だけに向けて必要以上の仕事をしてきた。これからはそれ以外の低開発国や低所得者層や病人、老人、身体障害者に向けたデザインをするべきだ。」
「『タイズ(tithe)』という中世の教会用語がある。それは、農民は収穫物の10%を貧しい人達のためにとっておき、金持ちはその収入の10%を困窮者の生活費にあてるという一種の税のようなもの。デザイナーはお金ではなく、アイデアと才能という収穫の10%を困窮状態にある人類の75%に提供するべきだ。」
「今の工業デザイナーはたった2~3億人のユーザだけを対象に、陳腐化戦略やマーケティングに作られた幻のユーザニーズに踊らされて製品の外観だけのデザインをしている。それは医者が癌や重病の治療や手術を放り出して、美容整形の仕事をしているのと同じだ。今のデザイナーは美容整形しかしていない。」
「デザイナーのアイデアと知恵を人類にとって意味のあるものにするためには、地球環境に配慮しながら、今まで忘れていた低開発国や身体障害者などのユーザに向けて、彼らが生きのびるために必要としているもののデザインをしなければならない。」
パパネックは自らも、エスキモー族やバリ族と共に暮らし、世界各地のデザイナーやデザイン学生との共同作業を通して精力的に活動し、「牛糞で作った電池と空き缶とトランジスタ一個だけで手作りできる低開発国向けのラジオ」、「簡単に組み立てられる教育用モニター」、「古自転車を改造した荒地で使える手押し車」など多くの試作を作りユネスコに提案しています。
■遠い後姿を追いかけて
残念ながら私は、自分と家族が生きのびることに精一杯で、日本の中産階級をユーザとした仕事しかしてきませんでした。
しかし、私が中小企業のための工業デザインコンサルタントとして独立したのは、かなり遠回りではありますが、パパネックの遠い後姿を追いかけたいと思い、日本市場でまだデザインが不足している中小企業のお役に立てないかと考えたからです。
いつか自分に余裕ができたなら、私もボランティアで低開発国や身体障害者のためのデザインをしたいという夢を持っています。きっと、この夢には多くの工業デザイナーが賛同してくれるはずです。
ちょっと、大きな話をしすぎてしまったかもしれません。
パパネックと較べると、このブログで書いている内容なんて、単に美容整形の技術で、大して重要でないような気がしてしまいます。でも、決してそんなことはありません。
低開発国の人も身体障害者も、みんな美しいものが好きなはずです。使いやすさも独自の文化も地域性も重視しなければ、彼らに受け入れられるデザインはできません。
パパネックも美しいデザインは低開発国の人や身体障害者の尊厳の尊重に繋がるとしています。工業デザインは、これから間違いなくその方向に動いていくはずです。
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◆生きのびるためのデザイン
【書評】2
こんにちは!「工業デザイン相談室」の木全(キマタ)です。デザイナーの実像・デザイナーとの付合い方・デザイナーとのトラブル回避法など書いていきます。御相談がありましたら、コメントをくださいね。
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記事の目次
デザイン相談室の目次 デザインの考え方と運用について
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■座右の書
一昨年の年末に書評を1回だけ書きました。トム・ピーターズの「デザイン魂」です。いつか書評を書こうと思いつつ、すでに1年半。お待たせしました(待ってないか(苦))。
ゴールデンウィークですし、少し仕事を離れて世界に思いを馳せるのもいいのではないでしょうか?
今回ご紹介するのは、座右の書ヴィクター・パパネックさんの「生きのびるためのデザイン」です。
「生きのびるためのデザイン」は、就職したころ、自分の仕事は本当に世の中の役に立っているのかと自問自答したときに、改めて工業デザインが持っている重要な役割を教えてくれました。
「生きのびるためのデザイン」の原書は1971年に書かれました。35年も前のものですが、その内容は今でもそのまま通用します。原稿用紙八〇〇枚(日本語版)を超えるこの大書は、たぶん有史以来工業デザインについて書かれた本の中で、最も人類愛に満ち、冷静で情熱的な啓蒙書です。工業デザインを知りたいと思う方は是非読んでいただきたいと思います。
■「工業デザイナー」のあるべき姿とは?
「生きのびるためのデザイン」は「これからの人間のための工業デザイン」のあるべき姿を克明に描き出しています。
工業デザイナーは人類にとって危険な人種になったとパパネックはいいます。スピードの誘惑を助長するスポーツカーをデザインして交通事故を増やし、生きていく上で必要もない製品に人目をひく刺激的なだけのデザインを施して、工場で大量生産させ、資源を浪費し、空気を汚染し、ゴミを作り大地を汚す。デザイン学校は、そんな環境破壊のお先棒担ぎをよしとする教育をいまだに続けている。
パパネックは、工業デザインとデザイン教育の現状に真っ向から異議をとなえ、その上で豊かな思考と深い洞察を重ね、デザイナーが取り組むべき本当の仕事について、大胆に提案していきます。
「工業デザイナーに環境問題を解決する力があるわけではないが、せめてその手伝いを止め、もっと重要な問題に取り組むべき時に来ている。」
■ロリータ計画
工業化社会が野放しのままにされていったらどうなってしまうのか。パパネックは皮肉と風刺を込めて、「ロリータ計画」という小文を1970年に雑誌「ザ・フューチャリスト」に掲載しました。
そこでパパネックは、女性を性的満足の対象と見る男性に向けて、人間そっくりの女性型アンドロイドの開発を標準的なマーケティング理論に則ったかたちで提案しました。
ユーザの要望にあわせ、トカゲのような肌を持つ胸が十二、頭が三つある攻撃的な性格といった注文にもこたえられるカスタマイズも用意するという念の入れようで、提案したところ、なんと、このグロテスクなブラックユーモアに多くの国の企業から本気で共同開発を申し込んできたそうです。
このような状況はとても健康的であるとはいえないだろうと、パパネックは書いています。
■アイデアと才能の10%の使い道
そして、パパネックは「生きのびるためのデザイン」の中で次のように訴えます。
「現状の工業デザイナーは先進国で何不自由なく暮らしている中産階級以上の人達だけに向けて必要以上の仕事をしてきた。これからはそれ以外の低開発国や低所得者層や病人、老人、身体障害者に向けたデザインをするべきだ。」
「『タイズ(tithe)』という中世の教会用語がある。それは、農民は収穫物の10%を貧しい人達のためにとっておき、金持ちはその収入の10%を困窮者の生活費にあてるという一種の税のようなもの。デザイナーはお金ではなく、アイデアと才能という収穫の10%を困窮状態にある人類の75%に提供するべきだ。」
「今の工業デザイナーはたった2~3億人のユーザだけを対象に、陳腐化戦略やマーケティングに作られた幻のユーザニーズに踊らされて製品の外観だけのデザインをしている。それは医者が癌や重病の治療や手術を放り出して、美容整形の仕事をしているのと同じだ。今のデザイナーは美容整形しかしていない。」
「デザイナーのアイデアと知恵を人類にとって意味のあるものにするためには、地球環境に配慮しながら、今まで忘れていた低開発国や身体障害者などのユーザに向けて、彼らが生きのびるために必要としているもののデザインをしなければならない。」
パパネックは自らも、エスキモー族やバリ族と共に暮らし、世界各地のデザイナーやデザイン学生との共同作業を通して精力的に活動し、「牛糞で作った電池と空き缶とトランジスタ一個だけで手作りできる低開発国向けのラジオ」、「簡単に組み立てられる教育用モニター」、「古自転車を改造した荒地で使える手押し車」など多くの試作を作りユネスコに提案しています。
■遠い後姿を追いかけて
残念ながら私は、自分と家族が生きのびることに精一杯で、日本の中産階級をユーザとした仕事しかしてきませんでした。
しかし、私が中小企業のための工業デザインコンサルタントとして独立したのは、かなり遠回りではありますが、パパネックの遠い後姿を追いかけたいと思い、日本市場でまだデザインが不足している中小企業のお役に立てないかと考えたからです。
いつか自分に余裕ができたなら、私もボランティアで低開発国や身体障害者のためのデザインをしたいという夢を持っています。きっと、この夢には多くの工業デザイナーが賛同してくれるはずです。
ちょっと、大きな話をしすぎてしまったかもしれません。
パパネックと較べると、このブログで書いている内容なんて、単に美容整形の技術で、大して重要でないような気がしてしまいます。でも、決してそんなことはありません。
低開発国の人も身体障害者も、みんな美しいものが好きなはずです。使いやすさも独自の文化も地域性も重視しなければ、彼らに受け入れられるデザインはできません。
パパネックも美しいデザインは低開発国の人や身体障害者の尊厳の尊重に繋がるとしています。工業デザインは、これから間違いなくその方向に動いていくはずです。
新書「デザインにひそむ<美しさ>の法則」 発売中
デザイン相談室の目次 デザインの考え方と運用について
デザインのコツ・ツボの目次 商品企画とデザインワークについて
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パパネックのこの本は工業デザイナーを目指す全ての若者に読んで欲しいのでことあるごとに勧めるのですが、興味を持つデザイナーの卵が意外に少ないのです。
わたしも現実にはパパネックの言葉からはほど遠い仕事ぶりですが、自分の立ち位置を常に客観的に見るように努力しているつもりではあります。
パパネックのこの本の価値を現在でも認めておられる方を久し振りに見つけてうれしくなってしまいました。またお邪魔させていただきます。
コメントありがとうございます。
工業デザインに関して本を紹介しろと言われたら、パパネックの本しかありませんね。本当に。
仕事をしていく上で大切なことは、尊敬できる先輩にめぐり合えるかどうか、だと思っています。
パパネックは私の大先輩です。