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iPad = LIFE STATION ~iPadから見えるコンテンツの未来・その8~

2010-06-08 08:00:00 | iPadから見えるコンテンツの未来
iPadがわが家にやってきて十日がすぎた。相も変わらずいじりまくっているんだよ。

そして買う前に自分で予想した通り、リビングで使っている。会社にも持っていってるけど、実際には使わない。打合せでみんなにiPadを説明するために(という名目で見せびらかすために)持っていっているだけで、仕事はやっぱりMacを使うのだ。デスクがあって、そこにMacがあると、使わないね、iPadは。

移動中はiPhoneだ。iPadの方が便利だけど、電車の中では使えないし、カフェで出すのもやっぱり面倒。ポケットからひょいっとiPhoneを出してメールとTwitterチェックして、となる。

だから、ずーっと持ち歩いていても、使うのは帰宅後だ。帰る途中の電車でチェックしたブログやニュースサイトの記事を読む。読みながら、前回説明した裏技Hootletでどんどんつぶやく。つぶやくとRTもらったりするのでまたつぶやく。そのうちに、誰かのつぶやきに登場したURLを読みに行ったりする。

こういう状況について、前にも書いたことがある。「ソーシャル化で変わろうとしていること」というタイトルで書いたこの記事。とくにその中の"図"がわかりやすいと、皆さんからほめていただいた。でもこの図はiPadがぼくの生活にやって来る前の状態。

で、ずっと説明しなかった、今回の"図"の話になる。ソーシャルメディアとの接点でiPadをとらえると、上の図のようになる、というわけ。この巨大なスレート状のものが、iPadってこと。もちろんソーシャル空間は、移動中のiPhoneを通して、あるいは会社のPCを通じて、接触していられるのだけど、どっぷり浸れるのは、家に居る時だ。前まではそれを自宅のPCでやっていた。デスクやテーブルに向かってやっていた。それがiPadの登場で、ソファで寝そべりながら、に変わった。そうなったら、ぼくはソファでゴロゴロしながら、あらゆる情報やコンテンツに接するようになったのだ。

前は、ソファで寝そべって、テレビ番組を見て、新聞や雑誌を読んで、という生活。そしてそれとは別に、PCでネットを見ていた。PCでネットを、って部分が、リビング空間にそぐわなかった。iPadはそこをひとつにしてなじませてくれたのだ。ソーシャル空間というフィルターと、メディアを含めて、iPadがすっぽり包みこんでしまった。

前はPCで(そして書斎のデスクで)やっていたことを、iPadで(そしてソファで)やっている、そこがミソなのだと思う。

ずいぶん前、ソニーのPLAY STATIONがでた時に、そのネーミングの由来を聞いたことがある。「パーソナルコンピュータはWORK STATION。ソニーのコンピュータは遊ぶためのものだから、PLAY STATIONと名付けました」

これにならってiPadをとらえ直すと、LIFE STATIONだと呼ぶことができるんじゃないか。そして、そこにこそiPadの革命性があるのではないか。自宅で、PCで(いま思えば強引に)やっていたことを、iPadが置き換えたのだ。だから、キーボード(考えてみたらもとはタイプライターだ。リビングにタイプライターは似合わない!)がついていてはならないのだ。PCにキーボードがついているのは、WORK STATIONだったからなわけで。

PCからキーボードがとれて、ソファで寝そべって使えるようになった。マウスも要らないし、ファイルをフォルダから探し出したりもしなくていい。画面にあるアイコン(用途がひと目でイメージできる)を指で叩くだけ。だからこそ、子供もいじれるし、年配の人の興味もそそる。

いまぼくたちはようやく、"LIFE"のためのコンピュータを手にしたのだった。

iPad = LIFE STATIONが、ソーシャルメディアの高まりとともに登場したのは、時代の偶然なのだけど、よくできたシナリオになっている。ぼくたちはこれから、iPadで提供されるあらゆるメディア、多様なコンテンツ、そして多種多彩なサービスを、ソーシャルメディアを通して認知し、試した結果を評価しあい、さらには共有して育てていくのだろう。何しろ、ソーシャル空間で知ったニュースやコンテンツを、同じ端末で瞬時に読んだり試したりできるのだから。

ただ、上の"図"でひとつだけ、iPad(を模したブルーのスレート)の枠から漏れた存在があるのに気づいただろうか。"テレビ放送"がそれだ。iPadは、これまでのマスメディアをも呑み込もうとしている。新聞や雑誌、ラジオはもう呑み込まれ始めている。

テレビ番組は?もちろん、これも時間の問題だ。iPad(含むiPhone)用のVODサービスは続々登場するだろう。

だがそれでもなお、リビングに当面、テレビは存在し続けるだろう。ソファの手元でiPadを、いまや高精度の映像を視聴できるiPadを手にしながら、大型液晶モニターのテレビはソファの反対側に当分は居場所を確保できる。いままでより影響力は格段に落ちてしまうものの、イッキにリビングから追放されたりはしない。むしろ、多様な映像サービスのプラットフォームとしてのテレビはiPadとは別に必要なのだと思う。

もちろん、テレビを見ながらTwitterでつぶやきあったり、みんなから教わった番組を見たりと、ソーシャル空間との密接な関係はむしろ増していくだろうけど。

iPad = LIFE STATION。そのとらえ方から、コンテンツの未来は見えてくるんじゃないか、とぼくは思う。

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