芦沢央の「神の悪手」を読み終えました。
5編からなる短編集です。いずれも将棋を題材にしてあります。
これまでこの2作品、「許されようとは思いません」「悪いものが、きませんように」では見事にトリックに引っかかってしまいました。今度は警戒態勢100%で読み進めましょう。
1編めは「弱い者」。東日本大震災の被災地へ慰安のために向かったプロ棋士の話です。被災地の将棋大会で優勝した少年が、プロとの二枚落ちで簡単な詰みを逃す、さらに不可解な不成の手を指す、これが読者に課された謎でしょう、しかし理由がわかりません。そして最後の意外な結末、注意して読んでいたけどまったくわからなかった。読み直すと、確かにヒントはありました。このヒントだけとちょっと難しかったなー、という印象。
2編め、「神の悪手」。年齢制限が近づき苦悩する奨励会員の対局についての物語。奨励会の厳しさ自体は多くの場所で語られていることですが、本作品ではアリバイに棋譜を使うという発想が斬新でした。本編は目だったトリックは仕掛けられておらず、棋士の心理を克明に描いた作品でした。
3編め、「ミイラ」。読者投稿の詰将棋が不可思議な作品。この詰将棋の謎を解くのが主題だとすぐにわかりましたが、これが手ごわい。途中で読むのを止めて、駒の機能がどう変わればこんな作意になるのか?などを時間をおきながら考えてみましたが、どうしてもわからない。
そして読み進めると、投稿者が新興宗教による独自の死生観を持っていることが示されます。そこまできて、種明かしをされる前に、この変則詰将棋の意味がわかりました。最後のセリフも胸を打ちます。
4編め、「盤上の糸」。交通事故で脳に障害を負った少年がプロ棋士になり、タイトル戦を戦う話。棋勢を抽象的に表現したり、棋譜や宝石を擬人化したりと、純文学的な表現が目立ちます。この作者はこういう小説も書くんだ。しかし、プロ棋士の心理描写がいまひとつ甘いと思う。誰かは知らないけどプロ棋士が監修しているのだろうから、アドバイスしてあげばいいのに、などとメタな視点で読み進めていたのですが、、▲7二銀成のシーンで、、え?なんで?、、、あー、、またやられた、、
注意して読んでいたのに、また引っかかってしまった。ヒントはあったのに気づけなかった。作者の高笑いが聞こえてきました。
5編め、「恩返し」。駒師の話。タイトル保持者がその駒師の作品を一度選ばんだものに、他の駒を選び直した謎。登場する斜陽の棋士の姿は、羽生が最後のタイトル竜王を失冠したときのことを思いださせます。駒を選び直した謎は、いちどそれらしき解が示されます。しかしこれはトラップだということはすぐにわかりました。しかし、正しい解がわからない。その解は、タイトルを失った棋士の心情に寄り添うものでした。いい話だ。
そんなこんなで、とても楽しみながら読むことができました。伝統的な話あり、今風の話ありと主題も多岐に渡っています。
この本は、将棋を知っていれば知っているほど、面白く読める本だと思います。
こちらが初出。
羽生さんも推薦!
こちらが売り文句。
プロ棋士の監修は飯塚七段でした。
いままで知らなかったのですが、豊島-渡辺の名人戦の観戦記も書いていたのですね、これ読んでみたいな。昨年の竜王戦にも取材に来たようです。
書誌情報はこちら。
この作者の本ではあと、「火のないところに煙は」をばあさんが読んでいたので、わしも読んでみようと思ってます。
p.s. あちらを立てればこちらは立たずのカリウムオーバー。
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