前回までのあらすじ
タクシーの相乗りという手段を初めて取った井出氏は、隣りに乗った郵便配達人から小包を受け取る。四畳一間のボロアパートの自室に帰った井出氏は、その小包を開けてびっくり。その中から現れたのは、切り取られたちょんまげだった。添えられた手紙には「房総半島にて待つ」とだけ知らされていた。範囲が広すぎる! と叫んだところ、ウルサイヨ! と蟹のような頭をした、ディストピアからの使者が現れる。「頭が鳴門海峡のような侵略者から未来を救って欲しい」と言われた。ちょんまげを片手に、引き出しに片足を突っ込んだ井出氏だったが、「未来とあたし、どっちが大事なの?」という、空鍋を持った彼女が現れ。井出氏は命の危機に!
平日午前二時のスリーオフ。
店長もいなくなり、先輩のバイトもいなくなったこの狭い屋内で、バイトを始めてからまだ二ヶ月の後輩と二人きりになった。
俺が深夜のバイトを始めたのは三年前、ニート脱却を図るためだ。後輩も同じような境遇だったらしく、自分の名前のように親しみがあるという、このスリーオフに人生の再起を託したらしい。
結果、俺達は晴れて、母親に「ごみくず」と言われずに済むようになったのだった。
何をすることもないので、俺は何気なく、レジ裏たばこを整えていた。
「せ、先輩、まずいっす! 宇宙帝国が地球王国に宣戦布告しました!」
「うるさい! 俺は、今、マルボロの整理に忙しいんだ。ああ、ほら、セブンスターと混ざっちゃったじゃないか」
「先輩、なんで包装開けちゃったんですか! 全部ばらばらじゃないっすか! 区別付くんですか?」
「付くわけ無いだろ!」
「じゃあ、どうすんですか! 全部買い取りですよ」
「燃やしちゃえ」
俺は、レジ横に置いてあった百円ライターで、コンビニの壁に火を付けた。
すると、火は天井まで一気に燃え上がり、大炎上となった。一歩遅れて、炎は床に到達する。なんとか、たばこを燃やすに至った。
「ふぅ、これで証拠隠滅完了だぜ」
「先輩。隣のガソリンスタンドに、火が燃え移りました」
「なにッ。そんな馬鹿な……」
「どうします?」
「逃げるぞ!」
俺と、後輩はなんとかスリーオフから逃げ出した。
「伏せろ!」
間髪入れず、鼓膜を突き破るような大音声と共に、大爆発が起きた。
「………………百円ライターが、ここまで威力の大きなものだったとは」
このネタを旧ソ連軍の残党に売れば、金になるかも知れない。
「先輩、その子は誰すか?」
「その子?」
見ると、俺は誰かを掴んでいた。どうやら、あのコンビニにはお客さんがいたようだ。眠っていたコンビニ店員の意識が無意識に働き、お客さんを連れ出していたらしい。
「君?」
「…………あの、お助けいただきありがとうございます」
まじまじと見ると、俺の手に繋がっていたのは、真珠のような白い肌の少女だった。大きなくりくりとした瞳が、フランス人形を思わせる。
「わたしは、地球王国第一王女、フランソワ・ローゼンクロイツ。地球にいるという宇宙帝国魔王を倒そうと出てきたのですが、極度の方向音痴でレジまでたどり着けませんでした」
「そ、そうか、それで姿が見えなかったのか」
なかなかお茶目な人だ。
俺は、一目で惚れてしまった。
「はい。しかし、どうしても、このスーパーカップが欲しかったんです」
王女の手にはスーパーカップバニラ味が握られていた。
「しまった。アイスのスプーンまで爆発に巻き込まれてしまった」
「このくらい、王家に伝わる奥義を使えば。行きます。《バニシングアクト》」
そう言って、王女はアイスの蓋も開けずに呑み込んでしまった。
「す、すごい」
「へっちゃらです」
その時、冬の凍えるような風に乗って、うっはははは――――という笑い声が聞こえた。
俺は、その声のする方向に顔を向ける。
「どうした後輩?」
「後輩ではない」
王女が咄嗟に身構える。
「その声は」
「そう、コンビニ店員の後輩というのは仮の姿だ。この星を偵察するためにな」
「…………こ、後輩」
俺は、後輩と過ごした何日かの記憶を思い巡らせた。こんな頼りない俺に、敬語まで使ってくれた、いい奴だったのに。
「じゃあ、今までのお前は全て嘘だったのか……?」
「当たり前だ! 誰が貴様のようなニートに敬意を表すか! 身の程を知れぇ!」
髪の毛を割って角を生やした後輩は、伸びた爪の間に放電のようなものを迸らせた。それを手の内で圧縮する。それは、雷が着地する大地を射貫くように、俺の胸に激突した。
まるで、あばらの全てをおられたような激痛を感じ、一瞬、心臓が停止した気がした。
だが、狭窄していった視界が、ふいに回復していく。
「…………王女様?」
「大丈夫です、店員さん? ……良かった。王家に伝わるリザレクションを使ったんです」
「ありがとう」
「い…………いえ」
すると、急に息を荒げた王女様が倒れ込んできた。なんだか辛そうだ。
「王女様!」
「だ、大丈夫です。王家の秘術も二つも使ってしまったので、ちょっと体の自由が利かないだけです。一時間ほどじっとしていれば、回復します。――それより。……………………魔王は名前を呼ばれると、死にます。………………ど、どうか世界を、世界を救って下さい」
「やはり知っていたのか、王女め。くくく――――だが、そいつにそれを教えても無駄だぞ。地球では、山田太郎と名乗っている。王女もこの俺の本当の名前はわかるまい」
「うう…………むね……ん………………」
「王女様! 王女様ぁあああああ! ――――くそ、後輩! 許さないぞ」
「許さない。許さないか…………くくく。じきに、俺の連絡を受けた帝国軍が地球に攻め込んでくる。だが、その前に俺がこの星を滅ぼしてしまうがな」
「後輩…………お前は、本当にそれでいいのか? バイトもうやらないのか? ニートに戻ってもいいのか?」
「ニートはお前だけだ! ニート先輩!」
「元ニート先輩だッ!」
ニート先輩なんて失礼すぎるぞ!
「………………たしかにこの二ヶ月楽しかった。だが、俺はこうするしかないんだ。いずれ、人間は宇宙に進出する。そして、あらゆる星を支配して、スペースデブリをまき散らすだろう。だから、ここで終止符を打つしかないのだ」
「他に方法はないのか?」
魔王は、さっきよりも大きなプラズマを発生させた。それは、駐車場のアスファルトをはぎとり、大地に亀裂を走らせる。
「俺は、お前を大切な友人だと思っていた。これからもずっと、こんな馬鹿みたいな日々を送っていくものだと思っていた」
「…………先輩……」
不意に魔王の手の中のプラズマが萎む。
しかし、首を振った魔王は、プラズマの勢いを取り戻させて、それを掲げた。
「………………店員さ、ん…………逃げて」
「王女様……。そうはいかないんです。俺は、この後輩に一言言ってやらなきゃいけないんです」
そう。それは、バイトの先輩として、友人として。
「後輩――――いままで、サンキュー、な」
「ッ! せ――――――せ、先輩。……ニートのくせに英語ですか」
すると、後輩の体が淡く発光し、シャボン玉のようになって溶けていく。
「…………俺が、スリーエフに努めるようになった理由、話しましたよね」
「名前のように親しみがあるって――――まさか」
スリーオフ→ 三オフ→ 三休→ サン休→ サンキュ…………。
「先輩、今までありがとうございました。楽しかったす」
「――――ああ、俺もだ。小学校ぶりに出来たトモダチだった。楽しかった」
半分以上消えかかった顔でにこりと微笑んだ後輩は、瞳を動かして、王女を見る。
「王女様。約束して下さいっす。宇宙の平穏を乱さない。出したゴミは自分達で回収する、と」
「…………ええ、約束します」
「よかった」
バイトの休憩室で見せるような、穏やかな表情をした後輩は、ついにひとかけらも残さずに宙へと消えていった。
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「今日から、お世話になります」
深夜のコンビニバイトは、眠気との格闘だ。たばこを整頓でもしてないと、目蓋が勝手に降りてくる。ひどく退屈な単純作業だ。
「先輩は、もう六年もここのバイトを続けてるんですね。やっぱりここのコンビニに、女王様がお忍びで来るからなんですか?」
「ちげえよ。ただの噂だ」
まぁ、コンビニはここしか知らないからって、たまに一般人の格好で来てるけどな。
「じゃあ、なんで?」
「――――友達探しだ」
俺は、たばこのカートンを整理しながら、答えた。
「え? ニートみたいなこと言わないで下さいよ」
「元を付けろよ」
「え…………あ、いらっしゃいませ」
深夜なんだから、挨拶しなくてもいいのによ。
「あの、たばこ下さい。マルボロ」
「あ、はい。カートンですか?」
「いえ、バラで」
「あ、はい。一パックですか」
今日入ったばかりの新人は、かなりてきぱきしていた。常にサボることと、たばこを解体することだけを考えている俺とはえらい違いだ。
あいつも、こんな感じだったかも知れない。
「いえ」
「へ?」
「マルボロ、一本でお願いします」
俺は耳を疑い。カートンを整理していた手を止めた。
少しにやつきながら、おもむろにパックを開ける。
「って、先輩なにやってるんですか!」
なにもやってねえよ。普通だろ、こんぐらい。
――――な?
「マルボロ一本どうぞ」
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作中のスリーオフと、大手コンビニエンスストア、スリーエフとは何一つ繋がりがありませんので、あしからずご了承ください。
僕は映画だと、レオン、バックトゥザフューチャー、ジュブナイル、モスラシリーズが好きです(語れるほどではないですが)
レオンみたいな、かっこいいロリコン主人公を書きたい! なんて思ってます。