不幸と幸福は均衡が取れているはずだ。それがわたしに唯一残された希望だった。
夜の風が 花嫁のベールを被った少女の頬を静かに撫でる。
神名あすみ。
自分の名前の由来について興味が無い彼女だったが、どんな漢字を当てるのか興味があった。
「明日見」だろうか「愛純」だろうか。
ふっと笑ったあすみは、銀色のボブカットを揺らした。人気の無いレンガ道に立ち、無言で遠くを見つめている。
レンガ道の歩道と車道を分ける白線は剥げていて、脇に立つ街灯はちかちかと弱い。
そこは少なくとも、小学生の女の子が一人でいていい場所では無かった。
「わたしは不幸だ。だから、幸せだ」
ぼそりと呟くと、ぼやけた空間の中に入っていく。
そこは幻影の中とさえ比喩できる、魔女の世界だった。
「神名さん! ちょっと待って」
あすみが振り返ると、担任の吉名先生が慌てたように駆けつけてきた。
放課後になってすぐ教室を抜けたせいで、まだ誰も廊下に出ていない。
ただ笑い声だけがうるさく響いていた。
「明日の三者面談。神名さんだけ出てなかったから。親御さんは何時くらいに来れるかしら」
あすみはランドセルが重くなる気がした。
「……明日は無理です」
「じゃあ、明後日とかどうかしら? 一応、一週間は予備日で取ってあるの」
「……ごめんなさい」
あすみが口ごもりながら答えると、口を閉ざしていた吉名先生はあすみの腕を掴んだ。チュニックの袖をまくり上げる。そこには包帯が巻かれていて。
あすみは驚いて、飛び退いた。
「神名さん、それ」
「……なんでもないです」
突発的にそう言い残して吉名先生に背を向けたあすみは、廊下を走って昇降口へと向かった。
誰にも見つからないように、ただ走った。
家の近くにある神社の境内に上がる石段に、あすみは座っていた。
目の前の通りは夕暮れですっかり赤く染まっており、行き交う人々はあすみを気にしない。
膝の上にランドセルを置いてその上にあごを乗せたあすみは、そんな町の景色に目を落としていた。
このまま時が止まってしまえば良い。
そんな幻想に取り憑かれていた。
「帰りたくないな……」
「その願い、叶えてあげようか」
あすみがふと漏らした呟きに返事があった。
石段の脇に映えた草むらからだ。
あすみはギョッとして、体を強ばらせた。
がさがさと茂みが揺れ、やがて小さな動物がぴょこんと跳ねて姿を現した。
見たことも無い小動物だ。
待てよ……言葉を喋っていた?
あすみの脳裏に疑惑が迸ったとき、真っ白な小動物は真っ赤な目であすみを見上げたまま、二の句を継いでいた。
「ボクはキュウベエ。ボクと契約して魔法少女になってくれたら、その願い叶えてあげるよ」
空耳では無かった。
その頃になると、あすみも喋る小動物の存在を納得していた。自分の耳の中に響いているのは確実にこの小動物の声なのだ。
小動物は自分を指して「キュウベエ」と言った。
「キュウベエ?」
返事をする代わりにくしくしと頭を掻く姿は、ネコ大のハムスターだ。見ているだけで癒やされるような。
あすみは驚嘆して弾んでいた気持ちを一度落ち着けると、キュウベエの言葉を反芻した。
「願いを叶えてくれるって」
「ボクと契約してくれたらね」
「どんな願いでも?」
「どんな願いでも」
キュウベエの自信ありげな声に気圧されてしまったあすみは、くすくす笑った。久々に笑った気がする。
まだ癒えていなかった口の中の傷が疼いた。
「そんなの嘘。どんな願いでも叶うなんて」
「嘘じゃ無い、キミにはその素質がある」
「素質」
ずっと、あすみは願っていた。
母と父が別れてしまったあの時。
――もう一度三人で笑えるようになることを。
母が二度と目を覚まさないと知らされた時。
――白い布を取り払って、母が起き上がってくれることを。
そして、今……。
しかし。
「でも」
あすみはいつからか願うことをしなくなった。
未来を夢見ることも、過去を慈しむことも、現在を生きることさえ。
「ありがとう。ばいばい」
暗くなっていく空を見つけたあすみは、そろそろ帰らないと怒られてしまうと思った。夕食を作らねば行けないのだ。義兄や義父の弁当の準備もしなくてはいけない。
とにかく、帰らなくては。
あすみは神社の階段を下り終わって振り返る。キュウベエはもういなくなっていた。
本当はいなかったのかもしれない。
「熱――ッ」
味噌汁が床にばらまかれた。
義兄の叫び声が家中に響き渡った時、あすみの全身から血の気が引いた。
一家団欒の食卓が一気に気色ばみ。咄嗟に四人掛けのダイニングテーブルから飛び退いたあすみは、壁際まで後ずさりしてぶるぶると震えていた。
「てめぇ! わざとだろッ! 嫌がらせのつもりか!」
黒縁メガネが似合う真面目一辺倒な義兄は、いつものやる気が無いような顔から鬼のような顔に豹変しており。
それを咎める父も母もこの家にはいなかった。
「違う……」
あすみの声を聞いてくれる人なんて、この家にはいなかった。
「殺してやる」
義兄は最近塾の試験で良い点が取れていないのだという。
だから、そのはけ口が自分なのだ。
「止しなさい、輝彦。お前の経歴に傷が付く」
義父のその言葉を聞いて、あすみは悔しくなった。
「なんだ、その顔はよぉ!」
義兄が叫んだ瞬間、強い衝撃があすみの頭を揺さぶる。
いつの間にか、床に這いつくばっていた。右頬が痛い。
見上げると、義母の赤いマニキュアが見えた。吐き気が出るほど真っ赤だ。
あすみはリビングの扉を見つけた。
駆けだしていた。
どこに逃げればいい、というあすみの問いは暗闇にぶつかり反響して、やがて返ってくる。
「お父さんのところだ」
街灯の光を浴びたあすみは藁にもすがるような気持ちで、何かあったら来なさいと言っていた元父のもとへと急いだ。
集光性を持った蛾のように、ただ一途に走った。
父の家は意外に近かった。隣町にあったのだ。女子小学生の足で歩いて一時間と少し。
「ここだ」
何回も何回も復唱して記憶した世界で唯一の場所。
そこは普通の一軒家だった。住宅街が並んでいる中で埋没してしまうような個性の無い洋式の家だ。
安堵のため息を漏らしたあすみは、まるで自分の家に入るかのように、インターホンすら鳴らさずにドアノブに手を掛けた。
――もうすぐ、わたしは助かるんだ。
その時、ドアが内側から押し開き、見知らぬ少年があすみの目の前に現れた。まだ小学生にもなっていないような年頃の少年。
少年は、あすみを見て、きょとんとしていた。
「誰?」
自分の口から出たと思ったその言葉は少年のものだった。あすみは驚きで声が出せなかったのだ。
少年は振り返り、家の中に言葉を投げかける。「誰、この人―?」
「誰ってなんのこと?」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。まだ、どこに食べに行くのかも決めてないじゃないか」
少年の後ろには二人の男女が立っていた。
女性は知らない。
男性は、あすみの父だった。
「あすみ……」
男性はそう言って、立ちつくした。
「どうしたんだ、こんな時間に」
「お父さん……」
あすみはもう何が何だか分からなかった
どうして、どうして、どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうして……――。
「……お父さんは、もうわたしのお父さんじゃないの?」
「お前には家があるじゃないか。な、もう遅いんだ、送っていってあげよう」
見上げると、穏やかな父の顔があった。
けれどもその目の中には、わたしが映っていない。新しい家族との楽しい思い出しか映っていない。
お父さんの中には、彼の中には、わたしがいない。
――助けてくれる人はもういない。
「嫌、もう嫌、嫌嫌嫌、嫌嫌いやいやいや嫌嫌――ッ」
「おい、あすみ! どうしたんだ」
彼の手があすみの肩をしっかりと掴み、揺らした。
あすみは自分でも気付かないくらい取り乱していたらしい。
「いやあ」と父の手を振りほどいたあすみは、「もういや」と首を振って一歩ずつ下がっていった。
「お父さんは幸せなんだね。……あすみは不幸だよ」
そう言い残してあすみは踵を返し、その幸福な家族から逃げ出した。
それから、どうやって、どこを歩いたか分からない。
あすみはいつの間にか、あの神社の石段の下に立っていた。
雨が髪を伝って落ちて、頬に流れた。
一歩石段に足を掛ける。そして、ゆっくりと上がっていく。
「……わたしは不幸、なんだ」
上がっていくにつれて、笑いがこみ上げてきた。
口の傷が疼いて、腕の傷が疼いて、足の傷が疼いて、指先が震え。
それでも、あすみは笑っていた。笑わずにはいられなかった。
自分が不幸である事に。みんなが幸せである事に。
「決心は付いたかい。神名あすみ?」
「キュウベエ、願ったらなんでも叶うの?」
「キミが本気で願うなら、新しい家族を用意することだって、」
キュウベエの声を遮るように、あすみは言葉を被せた。
「いらない。なにもいらない。だから、みんなを不幸にして。わたしの知ってる人をみんな不幸せにして、わたしよりも不幸にして、キュウベエ」
「それが君の願いかい、あすみ」
何一つの翳りも無く、むしろ清々しいくらいに、あすみは頷いた。
それから、どれだけの人が不幸になったのかは知らない。ただ知る限りでは、義父は半身不随になり退院の目処が付かない入院状態で、義兄は受験に失敗し行方をくらませた。義母はわからない。
「キュウベエ。聞いて。昔、お母さんに聞いたことがあるの。人を不幸にした人は自分も不幸になるって」
月夜の下で、あすみはゴシック的なドレスに身を包み、モーニングスターを握りしめて、あの神社の鳥居の上に立っている。
その傍らには白い小動物がちょこんと座っていた。
「その通りだったよ、お母さん」
魔女の世界が開く。
今日も彼女はそこに飛び込むのだった。
――――――――――――――――――――――――――――
どうもお久しぶりです。律氏でございます。
2chのVIPPER達によって生み出された偽魔法少女、神名あすみちゃんのSSです。作り込まれた設定がおもしろくて、ちょっとSSを作ってみました。
ところで、設定で一番謎だったのが、あすみちゃんは不幸だと自負しているのになぜ絶望していないのか。
本来ならすぐにでも絶望しているはずじゃ無いのか、ということでした。杏子ほど心が強そうなキャラにも見えなかったので。
そこで考えたのが、「不幸と幸福の等価」です。
不幸だからこそ自分は幸福だ、というある意味自傷的な考え方ですが、この矛盾こそがあすみちゃんを魔法少女として存在させているんだと思います。
まぁ結局のところ、
まったく、小学生は最高(ry
ということで。
夜の風が 花嫁のベールを被った少女の頬を静かに撫でる。
神名あすみ。
自分の名前の由来について興味が無い彼女だったが、どんな漢字を当てるのか興味があった。
「明日見」だろうか「愛純」だろうか。
ふっと笑ったあすみは、銀色のボブカットを揺らした。人気の無いレンガ道に立ち、無言で遠くを見つめている。
レンガ道の歩道と車道を分ける白線は剥げていて、脇に立つ街灯はちかちかと弱い。
そこは少なくとも、小学生の女の子が一人でいていい場所では無かった。
「わたしは不幸だ。だから、幸せだ」
ぼそりと呟くと、ぼやけた空間の中に入っていく。
そこは幻影の中とさえ比喩できる、魔女の世界だった。
「神名さん! ちょっと待って」
あすみが振り返ると、担任の吉名先生が慌てたように駆けつけてきた。
放課後になってすぐ教室を抜けたせいで、まだ誰も廊下に出ていない。
ただ笑い声だけがうるさく響いていた。
「明日の三者面談。神名さんだけ出てなかったから。親御さんは何時くらいに来れるかしら」
あすみはランドセルが重くなる気がした。
「……明日は無理です」
「じゃあ、明後日とかどうかしら? 一応、一週間は予備日で取ってあるの」
「……ごめんなさい」
あすみが口ごもりながら答えると、口を閉ざしていた吉名先生はあすみの腕を掴んだ。チュニックの袖をまくり上げる。そこには包帯が巻かれていて。
あすみは驚いて、飛び退いた。
「神名さん、それ」
「……なんでもないです」
突発的にそう言い残して吉名先生に背を向けたあすみは、廊下を走って昇降口へと向かった。
誰にも見つからないように、ただ走った。
家の近くにある神社の境内に上がる石段に、あすみは座っていた。
目の前の通りは夕暮れですっかり赤く染まっており、行き交う人々はあすみを気にしない。
膝の上にランドセルを置いてその上にあごを乗せたあすみは、そんな町の景色に目を落としていた。
このまま時が止まってしまえば良い。
そんな幻想に取り憑かれていた。
「帰りたくないな……」
「その願い、叶えてあげようか」
あすみがふと漏らした呟きに返事があった。
石段の脇に映えた草むらからだ。
あすみはギョッとして、体を強ばらせた。
がさがさと茂みが揺れ、やがて小さな動物がぴょこんと跳ねて姿を現した。
見たことも無い小動物だ。
待てよ……言葉を喋っていた?
あすみの脳裏に疑惑が迸ったとき、真っ白な小動物は真っ赤な目であすみを見上げたまま、二の句を継いでいた。
「ボクはキュウベエ。ボクと契約して魔法少女になってくれたら、その願い叶えてあげるよ」
空耳では無かった。
その頃になると、あすみも喋る小動物の存在を納得していた。自分の耳の中に響いているのは確実にこの小動物の声なのだ。
小動物は自分を指して「キュウベエ」と言った。
「キュウベエ?」
返事をする代わりにくしくしと頭を掻く姿は、ネコ大のハムスターだ。見ているだけで癒やされるような。
あすみは驚嘆して弾んでいた気持ちを一度落ち着けると、キュウベエの言葉を反芻した。
「願いを叶えてくれるって」
「ボクと契約してくれたらね」
「どんな願いでも?」
「どんな願いでも」
キュウベエの自信ありげな声に気圧されてしまったあすみは、くすくす笑った。久々に笑った気がする。
まだ癒えていなかった口の中の傷が疼いた。
「そんなの嘘。どんな願いでも叶うなんて」
「嘘じゃ無い、キミにはその素質がある」
「素質」
ずっと、あすみは願っていた。
母と父が別れてしまったあの時。
――もう一度三人で笑えるようになることを。
母が二度と目を覚まさないと知らされた時。
――白い布を取り払って、母が起き上がってくれることを。
そして、今……。
しかし。
「でも」
あすみはいつからか願うことをしなくなった。
未来を夢見ることも、過去を慈しむことも、現在を生きることさえ。
「ありがとう。ばいばい」
暗くなっていく空を見つけたあすみは、そろそろ帰らないと怒られてしまうと思った。夕食を作らねば行けないのだ。義兄や義父の弁当の準備もしなくてはいけない。
とにかく、帰らなくては。
あすみは神社の階段を下り終わって振り返る。キュウベエはもういなくなっていた。
本当はいなかったのかもしれない。
「熱――ッ」
味噌汁が床にばらまかれた。
義兄の叫び声が家中に響き渡った時、あすみの全身から血の気が引いた。
一家団欒の食卓が一気に気色ばみ。咄嗟に四人掛けのダイニングテーブルから飛び退いたあすみは、壁際まで後ずさりしてぶるぶると震えていた。
「てめぇ! わざとだろッ! 嫌がらせのつもりか!」
黒縁メガネが似合う真面目一辺倒な義兄は、いつものやる気が無いような顔から鬼のような顔に豹変しており。
それを咎める父も母もこの家にはいなかった。
「違う……」
あすみの声を聞いてくれる人なんて、この家にはいなかった。
「殺してやる」
義兄は最近塾の試験で良い点が取れていないのだという。
だから、そのはけ口が自分なのだ。
「止しなさい、輝彦。お前の経歴に傷が付く」
義父のその言葉を聞いて、あすみは悔しくなった。
「なんだ、その顔はよぉ!」
義兄が叫んだ瞬間、強い衝撃があすみの頭を揺さぶる。
いつの間にか、床に這いつくばっていた。右頬が痛い。
見上げると、義母の赤いマニキュアが見えた。吐き気が出るほど真っ赤だ。
あすみはリビングの扉を見つけた。
駆けだしていた。
どこに逃げればいい、というあすみの問いは暗闇にぶつかり反響して、やがて返ってくる。
「お父さんのところだ」
街灯の光を浴びたあすみは藁にもすがるような気持ちで、何かあったら来なさいと言っていた元父のもとへと急いだ。
集光性を持った蛾のように、ただ一途に走った。
父の家は意外に近かった。隣町にあったのだ。女子小学生の足で歩いて一時間と少し。
「ここだ」
何回も何回も復唱して記憶した世界で唯一の場所。
そこは普通の一軒家だった。住宅街が並んでいる中で埋没してしまうような個性の無い洋式の家だ。
安堵のため息を漏らしたあすみは、まるで自分の家に入るかのように、インターホンすら鳴らさずにドアノブに手を掛けた。
――もうすぐ、わたしは助かるんだ。
その時、ドアが内側から押し開き、見知らぬ少年があすみの目の前に現れた。まだ小学生にもなっていないような年頃の少年。
少年は、あすみを見て、きょとんとしていた。
「誰?」
自分の口から出たと思ったその言葉は少年のものだった。あすみは驚きで声が出せなかったのだ。
少年は振り返り、家の中に言葉を投げかける。「誰、この人―?」
「誰ってなんのこと?」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ。まだ、どこに食べに行くのかも決めてないじゃないか」
少年の後ろには二人の男女が立っていた。
女性は知らない。
男性は、あすみの父だった。
「あすみ……」
男性はそう言って、立ちつくした。
「どうしたんだ、こんな時間に」
「お父さん……」
あすみはもう何が何だか分からなかった
どうして、どうして、どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうして……――。
「……お父さんは、もうわたしのお父さんじゃないの?」
「お前には家があるじゃないか。な、もう遅いんだ、送っていってあげよう」
見上げると、穏やかな父の顔があった。
けれどもその目の中には、わたしが映っていない。新しい家族との楽しい思い出しか映っていない。
お父さんの中には、彼の中には、わたしがいない。
――助けてくれる人はもういない。
「嫌、もう嫌、嫌嫌嫌、嫌嫌いやいやいや嫌嫌――ッ」
「おい、あすみ! どうしたんだ」
彼の手があすみの肩をしっかりと掴み、揺らした。
あすみは自分でも気付かないくらい取り乱していたらしい。
「いやあ」と父の手を振りほどいたあすみは、「もういや」と首を振って一歩ずつ下がっていった。
「お父さんは幸せなんだね。……あすみは不幸だよ」
そう言い残してあすみは踵を返し、その幸福な家族から逃げ出した。
それから、どうやって、どこを歩いたか分からない。
あすみはいつの間にか、あの神社の石段の下に立っていた。
雨が髪を伝って落ちて、頬に流れた。
一歩石段に足を掛ける。そして、ゆっくりと上がっていく。
「……わたしは不幸、なんだ」
上がっていくにつれて、笑いがこみ上げてきた。
口の傷が疼いて、腕の傷が疼いて、足の傷が疼いて、指先が震え。
それでも、あすみは笑っていた。笑わずにはいられなかった。
自分が不幸である事に。みんなが幸せである事に。
「決心は付いたかい。神名あすみ?」
「キュウベエ、願ったらなんでも叶うの?」
「キミが本気で願うなら、新しい家族を用意することだって、」
キュウベエの声を遮るように、あすみは言葉を被せた。
「いらない。なにもいらない。だから、みんなを不幸にして。わたしの知ってる人をみんな不幸せにして、わたしよりも不幸にして、キュウベエ」
「それが君の願いかい、あすみ」
何一つの翳りも無く、むしろ清々しいくらいに、あすみは頷いた。
それから、どれだけの人が不幸になったのかは知らない。ただ知る限りでは、義父は半身不随になり退院の目処が付かない入院状態で、義兄は受験に失敗し行方をくらませた。義母はわからない。
「キュウベエ。聞いて。昔、お母さんに聞いたことがあるの。人を不幸にした人は自分も不幸になるって」
月夜の下で、あすみはゴシック的なドレスに身を包み、モーニングスターを握りしめて、あの神社の鳥居の上に立っている。
その傍らには白い小動物がちょこんと座っていた。
「その通りだったよ、お母さん」
魔女の世界が開く。
今日も彼女はそこに飛び込むのだった。
――――――――――――――――――――――――――――
どうもお久しぶりです。律氏でございます。
2chのVIPPER達によって生み出された偽魔法少女、神名あすみちゃんのSSです。作り込まれた設定がおもしろくて、ちょっとSSを作ってみました。
ところで、設定で一番謎だったのが、あすみちゃんは不幸だと自負しているのになぜ絶望していないのか。
本来ならすぐにでも絶望しているはずじゃ無いのか、ということでした。杏子ほど心が強そうなキャラにも見えなかったので。
そこで考えたのが、「不幸と幸福の等価」です。
不幸だからこそ自分は幸福だ、というある意味自傷的な考え方ですが、この矛盾こそがあすみちゃんを魔法少女として存在させているんだと思います。
まぁ結局のところ、
まったく、小学生は最高(ry
ということで。
不幸ものはその人物に同情して他人事じゃいられなくなり、無意識に次の文を追うことができますね。
>>膝の上にランドセルを置いてその上にあごを乗せたあすみは、
かわいらしい描写ですね。ツボの中央をえぐられました(笑)
まさに執筆者の技、さすがです。
そうですね。
主観的な不幸の尺度を、どうやって読者に伝えるかが問題ですよね。マリーアントワネットが感じる不幸と、ネロが感じる不幸では度合いが違うでしょうから。
はい。かわいいは正義ですよ!
またいつか会える日を楽しみにしてます。