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CTNRX的事件File. ♯004−F

2023-06-25 21:00:00 | 千思万考

■オウム真理教という怪物

 《運営体制

 教団の運営体制は、インドの宗教団体の東京支部で修行を積み、出家生活の経験もあった元信者によって多くが作られた。
 この元信者は、入信した1986年2月から、麻原の最終解脱宣言に疑念を抱いて1987年4月には脱会するまでの1年2か月程の在籍期間中に、密告・相互監視制度、出家制度、寄進制度など、教団の制度の多くを作った。
 このほか、信者の生活スケジュールの徹底管理制度や、外部の情報遮断、また成就者にはホーリーネームを授け、理系エリートには高額機器を揃えるなどの体制が構築されていった。

 サンガ(合宿・出家制度)

 この元信者のチームは、参加費用120万円のサンガという合宿制度を作り、これは後に全財産を「お布施」として寄進させる出家制度となった。
 このチームは「どこかに何かを残していれば、簡単にそこに逃げるから、すべてを処分して退路を断った方がいい」と全財産の寄進制度を提案した。
 信者に「修行を放棄しない」という誓約書を書かせる案も出された。
 実際に、出家信者には自分の遺産は全て教団に寄贈するという遺言状に署名捺印をさせた。
 また、肉親、友人等など現世における一切のかかわりを断つことも求められ、「親族とは絶縁する。(教団に)損害を与えた場合には一切の責任を取る。すべての財産は教団に寄贈する。葬儀等は麻原が執り行う。事故等で意識不明になったときはその処置、及び慰謝料や損害賠償もすべて麻原に任す。」という誓約書を書かされた。
 オウムでは解脱するには功徳を積むことが奨励され、この功徳は「オウムにとってプラスになる行い」という。功徳のベースは布施で、「マハーヤーナスートラ」(1988)では「第一は何かというと、財施だ。文字通り、お金を布施することです。この布施によって、あなた方は必ず来世でも真理に巡り会うことができるでしょう」、
 「修行の第一ステージはまず布施に始まる」と説かれた。
 1990年の石垣島セミナー後、教団本部は「新たに信徒を増やすのはどうでもいい、とにかく今いる信徒を出家させろ」「出家を拒否する者にはとにかくお布施をいっぱいさせろ」と支部に命じ、麻原も機関紙「マハーヤーナ」7月号の出家特集で、「本当に真理に巡り合い、真理を実践したい人は、社会的な条件はどうでもいいから、とにかく出家をして早く至福の生活をしていただきたい」と呼びかけた。
 1993年以降の信徒用決意では「私がこれまで所有してきたすべての財産は現世的な観念により、あるいは貪りの心によって、汚れた行為により得たものである。その悪行を滅し、偉大な功徳に変えるために、私は極限のお布施をするぞ。」という章句があった。

 ステージ制度(階級)

 修行の達成度、精神性の度合いを示すものとして「ステージ」制度があった。
 まず、教団の信者は在家信徒と出家修行者(サマナ、シッシャ)に分けられる。在家信者は通常の生活を行ないながら、支部道場に赴いて修行したり説法会に参加し、休暇期には集中セミナー等も開かれる。このほか名目上の信徒である「黒信徒」がいた。
 出家修行者のサマナ(シッシャ)には、さらに師、正悟師、正大師の各ステージが存在した。名称や編成は時期によって異なる。
 これらのステージに従って教団内での地位、役職等が定められた。

 尊師 :麻原(教祖)
 正報師:松本聡香(麻原の四女)
 正大師 :石井久子、新実智光
  岡崎一明(大乗のヨーガの成就者)
 大師 :上祐史浩、村井秀夫、
  松本知子(明香里/麻原の妻)、
  松本麗華(麻原の三女)
 正悟師(マハー・ムドラーの成就者)   遠藤誠一(正悟師長)、飯田エリ子、 
  杉本繁郎、早川紀代秀、土谷正実、  
  井上嘉浩、中川智正、豊田亨、
  林泰男、広瀬健一、横山真人、
  林郁夫、青山吉伸、岐部哲也
 師(クンダリニー・ヨーガの成就者)
 サマナ長
 サマナ

  オウムの修行の最終的な目標は、現実世界を越えた真実に到達することで、サマナらはその目標に到達するために、激しい修行を行った。
 現実世界を超えるためには、この世界の価値観を超越し観念を壊す必要がある。社会の価値観に重きを置かない点で、最初からオウムは「狂気」の思想を内包していた。当初はこの狂気の割合が低く社会性も帯びていたものが、バッシングなどや終末思想などにより次第に崩壊をはじめ、社会性が薄れていった。
 信者時代「大師」の肩書きを持っていた元信者によれば、「オウムでは、肝心なことは常に教祖が決めているんです。教祖が知らないなんていうことはありえない」と言っている。
 幹部であろうとも麻原の指示は絶対であり、オウム真理教附属医院の患者の入退院の判断すら麻原の指示を仰がねばできなかったという。
 さらに麻原含めた上司の指示は説明無しに従わなくてはならなかったため、信者はいつの間にか事件に関わっていたということが度々あった。
 公安調査庁は信者の証言を引用して「正悟師以上になると尊師のロボット」「形式上はピラミッド形組織だが基本的には尊師と信徒は1対1の関係」としている。
 信者の「入信の貢献度」は点数化されており、信徒Aが新たに信徒Bを入信させると60点、信徒Bが新たに信徒Cを入信させると(信徒Aに)15点、と一種のネズミ講方式だった。
 点数はバッジ、腕章、スカーフなどで外から分かるようになっており、「入信の貢献度」49000点以上は「菩薩」で、「極限修行」をすればこの「菩薩」は「必ず解脱できる」とされた。

 コーザルライン(密告制度)

 教団施設には「コーザルライン」という密告するための目安箱が置かれ、教団では信者同士が相互監視する密告社会が築かれた。
 信者の間では、「目が不自由な教祖は常に心眼で信者を見ているという潜在意識があった。心の中まで見透かされているという恐怖心が、知らないうちに信者たちを支配していた」と教義等を担当した元古参信者は指摘している。
 実際には、村井秀夫幹部が「お目付役」として信者の会話や生活態度を細かくチェックし、麻原に密かに報告していた。
 1987年夏に青年部のリーダー格だった信者が数人を連れて新団体を設立したことを麻原は「分派活動」とみなし、以降、信者の管理を厳しくし、信者間で電話番号を教えあうことや会話を禁止し、カルマが移るとしてお互いの持ち物に触ることも禁止され、やがて相互に監視しあう密告社会となったとも言われる。

 信徒用決意

 1993年秋以降、麻原は青山吉伸と石川公一を重視した。その青山と石川が作成した「信徒用決意」は5章あり、以下の3章が重要である。

 1) この世は三悪趣のデータに満ちている。従って、普通に生活することはそれだけで三悪趣に落ちる。なぜなら身において殺生し、偸盗をなし、邪淫をなし、口においては妄語・綺語・悪口・両舌をなし、心においては愛着・真理を否定する、邪悪心という三毒をなすからである。

 2) 三悪趣を脱し、解脱と悟りに向かうためには、今までの汚れた観念を捨て、グルへの絶対的な帰依を培うべきである。従って私は帰依するぞ。グルに帰依するぞ。徹底的にグルに帰依するぞ。私がこれまで所有してきたすべての財産は現世的な観念により、あるいは貪りの心によって、汚れた行為により得たものである。その悪行を滅し、偉大な功徳に変えるために、私は極限のお布施をするぞ。

 3) 世の中での善悪は観念であって正しくない。これは無智な人間が作り上げた観念である。よって観念を捨断するぞ。いかなる苦しみがあってもハードなカルマ落としを喜ぶぞ。「救済を成し遂げるためには手段を選ばないぞ」と「周りの縁ある人々を高い世界へポアするぞ」のフレーズがそれぞれ3回繰り返される。

 元幹部によれば、石川はサティアンの放送で信徒用決意を絶叫するように唱えていたと言う。

 《教団の活動

 日本シャンバラ化計画

 麻原は1987年、「日本シャンバラ化計画」を発表した。これによると、ゆくゆくは日本主要都市すべてに総本部を設置しそこから日本全土に布教活動をし、いずれは自給自足のオウムの村「ロータス・ビレッジ」を建設するというものだった。

 財務(布施の料金体系)

 1991年以前は、入会金が3万円、月会費が3000円で、入会時には入会金と半年分の会費、入会後のコース料金を全額前納する。

 ・ヨーガタントラコース:初級クラスは一回三時間(10回)で3万円、中級クラス(10回)は3万5000円、上級クラス(20回)は8万円。

 ・ビデオ、カセットテープによる通信講座:第一部・第二部、各7万円。

 ・深夜セミナー:一回6時間で6000円

 ・集中せセミナー:一泊7-8000円

 これらは単位制で、60単位とると、麻原からシャクティーパットを受けることができる。この時の布施は5万円以上。高弟から受けるシャクティーパットは30単位以上で、布施は3万円以上だった。
 他の瞑想法などのイニシエーションでも5万円以上の布施が必要。
 初期には出家時は120万円以上の布施が要求された。
 のち、全財産の布施が要求された。
 出家すると、まず「布施リストNo.1」を作成し、現金、預金(銀行名、口座番号、預金額、暗証番号を明記)、株、証券、切手、テレホンカード、オレンジカード、商品券など全ての金券、退職金、生命保険解約時の金額など「将来見込まれるお布施」、土地、家屋は評価額を記入し、奨学金の未返済額、クレジット負債などの借金は精算しないと出家できなかった。
 次いで「布施リストNo.2」を作成し、貴金属、電気製品、家具、衣類、台所用品など、価格の高い物品から書き出す。  その後、「たとえ、いかなることが起ころうとも、オウム真理教及び麻原彰晃尊師に、一切責任はない。すべて自己の意思によって修行の道に入り、すべての責任は自己にある」という誓約書、遺産は全て教団に寄贈し、葬儀は麻原によって行うとする遺言状、履歴書、戸籍謄本、住民登録の転出転入届け代理人選任者、国民年金保険料免除申請書、年金手帳、運転免許証のコピー、車検証、印鑑証明書などの提出が要求された。  
 信者の中には、親と共同の名義の土地家屋を売り、親を公団アパートに引っ越しさせた人もおり、出家後に相続した場合も教団に布施しなくてはならず、私物はバックと段ボール箱二つ分の衣類と修行用具のみが許された。
 こうした信者からの布施を原資として、後述する種々の事業を展開していった。 各修行、イニシエーション料金は以下のように設定されていた。 

 シャクティーパット 5万
 ミラクルポンド(1L)10万
 愛のイニシエーション10万
 解脱特別修法プルシャ10万
 小乗ツァンダリ30万
 大乗ツァンダリ50万
 血のイニシエーション:100万円
30名限定で、麻原の神聖血液20ccを飲む。
 法施(杖のイニシエーション)
 麻原の著書を大量に買い取り、流布させる布施。第一段階では15万円分の著書を買い取り、これが7つのステージに分かれており、最高ステージに行くまでに150万円。第二段階では1ステージあたり150万円分買い取り、例えば地のステージでは密教食の「丹」毎月1kgを1年分、水のステージではミラクルポンド(麻原の入った風呂の残り湯)を毎月1L1年分受け取ることができた。
 ほか、教団のチラシを買い取り、ばら撒く布施もあった。

 説法ビデオは1万円、ヒマラヤ・ヨーガ秘伝ビデオは10万円、音楽テープは1本1万〜3万円、甘露水1.5L二本で4千円。

 パーフェクトサルベーション(完全救済)イニシエーション(PSI)
 100万円から1000万円の布施が必要で、PSIイニシエーションだけで20億円が集まったという。

 大師によるヨガ指導:一時間1万円。

 運命鑑定:3万円。

 麻原に直接相談する。
「お伺い書」:2万円。
 この「お伺い書」は阿含宗のものを踏襲している。

 1989年元旦午前0時から48時間かけて行われた「尊師最後の特別イニシエーション」
 麻原のDNAを培養した飲料を飲む「愛のイニシエーション」などが行われ、布施は30万円以上。

 麻原のヒゲを煎じて飲む特別イニシエーション
 布施30万円(1987年10月〜)

 1989年1月6日から10泊11日の富士総本部の集中修行は布施22万円以上。

 日本シャンバラ化計画基金では布施一口1万円以上で、3口以上でチベット仏教解脱曼荼羅、6口以上で麻原の写真、10口以上で麻原と一緒に写真撮影、30口以上で大師が10時間以上つきっきりで指導、超純粋甘露水を一ヶ月当たり1.5Lを六ヶ月分郵送の特典がついた。
 なお、麻原は2000万円のベンツを教祖専用車とし、7000万円のクルーザーも所有していた。

 事業

 オウム真理教は、宗教活動のかたわら、多彩な事業を行っていた。業種は、コンピュータ事業、建設、不動産、出版、印刷、食品販売、飲食業、さらに家庭教師派遣、土木作業員などの人材派遣など多岐におよび、さながら総合商社の観を呈していた。数多くの法人を設立し、ワークと称して信者をほぼ無償で働かせていたため、利益率は高く、人件費がゼロなので、どんな事業でも成功した。
 出家すると、24時間をグルに捧げる生活で、睡眠時間は極端に少なく、起きている間は修行(ワーク)に捧げ、各会社での勤務は修行とされた。
 オウム十戒に「不綺語」があり、「お互いしゃべるな。しゃべると徳が減る」とし、サティアン内部での信者同士の会話は禁止され、黙々と仕事への専念が求められた。
 特に中心となっていたのはパソコンショップ『マハーポーシャ』の売り上げで、94年には月の収入が7-8億となり、1999年には年間70億円以上の売り上げがあり、純利益は20億円に迫る勢いであった(公安調査庁による)。
 出家信者200人がそこで働いていた。「PCの販売利益は尊師の利益になり、客も善業を積むことになる」「研修は修行」とされ、住み込みで一日20時間働く者もいた。
 イニシエーション等を「お金がない」と断ると教団が金を貸すという仕組みで、マハーポーシャ社員のほとんどは教団に借金があった。
 様々な業種に進出し集まった社員を教団に勧誘したり、オウム系企業グループ「太陽寂静同盟」を結成するという構想もあった。

   〔ウィキペディアより引用〕