没落屋

吉田太郎です。没落にこだわっています。世界各地の持続可能な社会への転換の情報を提供しています。

サルでもわかる経済学(2) 行動経済学~野生の証明

2013年12月02日 23時43分50秒 | 進化生物学

■非合理的な消費者~プロスペクト理論

「それは全く奇妙です。ですが、私は、いつも面白いと思ったことに取り組んできました。そして、最も面白かったことは、オマキザル(capuchins)にマネーの使い方を教えられるかを確かることだったのです」
 チェン准教授は言う。そして、イェール大学の研究チームは、それに成功した。こうして、フェリックスら7頭のサルたちは、マネーを使う最初の「間」となったのだ。
「何やら悪い冗談のようにすら聞こえます。サルたちはたくさんのコインを見つけ、どれほどをリンゴに、どれほどをオレンジに、どれほどをパイナップルに費やすのかを決めているのです」(4)

 ほとんどの人々は、エコノミーと言えば、サルのマシュマロより、インフレの図表や通貨レートをイメージする。けれども、経済学とは、本質的には誘因に対して、どのように対応するかを研究する科学である。最先端の経済文献に目を通せば、エコノミストたちが、売春、ロックンロールやメディア・バイアスといった課題を研究していることがわかる(1)。以前の古典派経済学の理論では、純粋に「合理的」で「利己的」な主体をイメージしてきた(2)。けれども、エコノミスト、ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman,1934年~) プリンストン大学名誉教授は、人間の経済行為は不合理なことが多いとして「プロスペクト理論(prospect theory)」と呼ばれる新たな経済学を提唱し、従来の教義に挑戦していた。プロスペクト理論によれば、人間はコンピューターのように絶対的なタームでは経済的な意志決定をしていない。利益と損失とをまったく別の形で取り扱い、損失を避けるためには何でも行い、誤りを犯す(4)。そして、多くの実験から、経済とは明らかに無関係の要因が、その意志決定に影響を及ぼすことが多いことがわかっている。

 損失に対する嫌悪感は、人間に馬鹿げた行動を取らせる(2)。それが、投資者が論理的に行動せず、下落する株を長く持ち続ける理由だし、住宅価格が下落することがわかっていてさえ、その前に家を売り払うことを躊躇してしまう理由だ(2,4)。将来の定年退職に備えて貯蓄する人がほとんどいない根本原因も喪失に対するこの嫌悪感であるようにも思える。安全な有価証券よりは株の方が稼げることがわかっていても、良心的人々は株に投資しない。債券よりも株価の方が大きく変動することから、結果としては収益のバランスが取れていても、株に投資すると痛い目にあるリスクも大きいからだ(2)。「喪失の嫌悪」として知られるこの現象を提唱したことで、カーネマンは2002年にノーベル経済学賞を受賞した(1)

■丁か半か~賭博に参加したサルたち

 この時点までは、サルたちは、経済学の伝統的な法則を遵守し、合理的な行動をしていた。

「私たちはサルが熟慮したうえで意思決定することを既に目にしています。それは、これまで科学者たちが動物で目にしてきたものをすでに越えています。そこで、賭けに出てみよう。人間が犯すのと同じ誤りをサルも犯すかどうか調べてみようと思ったのです。それが本当に働くかどうかのアイデアはありませんでしたが、経済界の人たちが関心を持つ1ダースの実験があることは知っていたからです」とチェン准教授は説明する。

 カーネマン名誉教授もサントス教授やチェン准教授の研究のことは意識していたが、実験には直接参加していなかった。はたして、オマキザルたちは、経済学のパラダイムを変えたカーネマン理論を実証するのだろうか。それとも論駁するのだろうか。サントス教授とチェン准教授は、モンキー市場にリスクの概念を導入することとした(4)。すなわち、価値が同一であっても、見かけ上は明らかに違う二つの選択肢を提示し、そのどちらかをオマキザルに選ばせてみる、という実験を行って見たのである。

 まず最初に1枚のトークンを出すとオマキザルは1粒のブドウが買える。次にコインがはじかれ、表が出るか裏が出るかの結果によって、サルはさらにブドウがもらえるかどうかの賭博にチャレンジすることとなった。ただし、オマキザルたちは2粒のブドウから賭博を始めることも出来た。すなわち、賭博の結果、ブドウが回収されてしまうというリスクも選ぶこともできた。ブドウが得られるかどうかは半々だ。二つの実験は、いつも二人の実験者が行ったことから、オマキザルたちは、その実験の違いを識別できた。

 この賭博でブドウが得られるかの期待値は同じである。したがって、「合理的な主体」にとっては、どちらを選ぶかは無関係であろう。けれども、一番目の賭博には潜在的な利益が、そして、二番目の賭博には潜在的な損失、リスクが伴っていれる。そして、オマキザルたちは、最初にブドウを1つゲットし、後でさらにもらえるチャンスがある賭博を行う実験者の方を選んだ。
「驚かされました」とチェン准教授は言う。研究者たちが人間に見出すのとまさに同じ「喪失」に対する嫌悪感をオマキザルは示している。チェン准教授はこう結論を下した(2)

 プロスペクト理論を反映した三タイプの実験は、トークンと果物によって行われた。サルはリスクを伴う販売者と安全な販売者のどちらかを選ぶことになったのだ。
 第一の実験は単純なもので、販売者Aはいつもリンゴ一切れをくれ、販売者Bはこの一切れに加えて、時には二切れをくれることもあった。販売者Bは、簡単な賭博、すなわち、エコノミストが「確率優越性 (stochastic dominance)」と称するものを表わしていた。サルたちは、この実験の意味を直ちに理解し、87%が販売者B を選んだ。
 第二の実験はもっと難しかった。今度は、販売者Aは、最初に1切れのリンゴを見せ、次に半分の割合でさらに一切れを与えた。一方、販売者Bは、最初に2切れのリンゴを見せて、次に半分は1切れを与え、半分は取り戻した。第一の実験によって、サルたちは販売者Bと取り引きするように条件付けられていた。にもかかわらず、サルたちはすぐさま以前の態度を変えた。販売者Aに対して71%という強力な嗜好を示したのである。
 第三の実験は、ボーナスとは逆に損失を表に出したシナリオだった。販売者Aは1切れのリンゴを見せてから確実にそれを渡す。一方、販売者Bは2切れのリンゴを見せるが、後では着実に1切れを取り去った。結果からみれば、どちらも1切れのリンゴしか与えなかった。にもかかわらず、サルたちは強力に販売者Aを好んだ。

 数学的に言えば、2切れのリンゴがゲットできる確率は同じである。コンピューターであれば、どちらの販売者も平等と評価するであろう。けれども、時にはリンゴが取り戻されてしまう販売者Bよりも、時には追加のリンゴ1切れを後から与えてくれる寛大な販売者Aとの取り引きをサルたちは好んだ。
このデータは、まさに人間と同じく、この二つがサルにはまったく別のものとして感じられることを意味している。第二と第三の実験結果から、オマキザルも人間のように、損失に対して嫌悪感を示すことがわかる。すなわち、サルたちの意思決定は絶対的ではなく相対的なもので、損失に対する恐れがサルたちの思考を支配していたのである(4)

■不合理な選択はサバイバルに有利だった

 ボーナスとモデルと比較した損失モデルでのリスクの選好度は2.7~1だった。「この数値を見ると、時にそれがサルのものであることを忘れます(4)。オマキザルたちによって生成されたデータは、ほとんどの株式市場の投資家のそれと統計的に判別不能なのです」(1,3)とチェン准教授は言う。このリスクに対する反応は、人間の被験者を使用したものと完全に判別不能なのである(4)

 オマキザルに優れた経済感覚がある以上に、サントス教授やチェン准教授が興味を覚えたのは、人間と同じく不合理な経済行動を時には行う傾向があることだった。サントス教授は、オマキザルの行動に人間と類似性が見られることから、人間の行動が過去からの進化に起源を持つと示唆する。

「私たちが不合理な行動をするのは、クレジットカードやガソリンの値段だけではありません。もっとより深いものを私たちは別の種と共有しているのです(2)。脳内のメカニズムがなんであれ、こうしたバイアスを突き動かしているものは、オマキザルと私たちとで全く同一です。それは、こうした戦略が3500万歳であることを意味します」とサントス教授は言う(4)

 損失に対する嫌悪感にバイアスがあることも、過去からの深い起源があるとすれば、今日は不合理に見える行動も、いまとはまったく状況下で生きていた過去の先祖にとってはそれが賢明な行動であったことを意味する。例えば、損失に対する恐怖感が、変動する環境下において祖先が生きのびる助けになった可能性がある、とサントス教授は考える。例えば、たいがい10個の食べ物しかゲットできない環境で、20個が見つけられたとすれば、それはハッピーなことであろう。けれども、40個が標準的に得られる環境で、20個しかゲットできなければ、それは恐ろしいことだ。すなわち、利益と損失とを相対的に評価することが、サバイバルにとっての脅威に対して迅速な対応を可能としてきたのだ(2)

■サルでもわかる経済学の教訓

 いま、経済学は、冷たい論理よりは、感情が果たす役割の方が大きな役割を果たすとして、複雑系の科学に向けて成長している(4)。行動主義経済学の研究内容は、心理学だけでなく、神経科学や進化生物学へと重なる(1)。そして、モンキー市場の研究は、このトレンドを支持している(4)。オマキザルと人間の行動とに進化的な密接なつながりがあることは、人間の非合理で危険な経済行為が後から学習されたものであるというよりも、人間の心理に組み込まれた(hard-wired)野生であることをチェン准教授は示唆する(2,4)

 逆説の未来史56 進歩教の洗脳(7) 「UFOと核融合をつなげしもの」では、失敗したことがわかっても合理的な判断を下せず、撤退できない理由を「認知的不協和」、「コンコルド効果」、「過去の投資の心理学」、「ダブル・バインド」で説明してきたが、これは、未来のセキュリティを考えて未来のために投資するよりも、今日の損を避けるというプロスペクト理論の「損失に対する嫌悪感」からも説明できる。このことは、エコノミストも政策決定者も、通常の経済的なインセンティブでは、そうした人間の行動を変えることが困難であることを意味する(2)

 サントス教授も、人間がマネーや経済に関して本能的な欠陥を抱えていることを認めるが、楽観的な教授は、そこに肯定的な側面も見出す。

「近代経済学の問題は、私たちがホモ・エコノミカスだと想定していることにあります。私たちはそのような存在ではありません。私たちは誤りを犯します。ですから、私たちが合理的に行動すると想定してシステムを構築すれば、そこには断線がありましょう。ですが、私たちは、そうではないことを知ってはいます」

 サントス教授の研究室の壁には「サルにご用心(Beware of Monkeys)」とのサインがある。

「これは、仕事に対するメッセージです。私たちは不幸に運命づけられているわけではありません。サルよりもさらに利口です。私たちは、完全に理性的ではないことを、まさに認めなければならないのです」(4)

【引用文献】
(1) Stephen J. Dubner and Steven D. Levitt, Monkey Business, New York times Magazine, June 5, 2005.
(2) Mark Buchanan, Money and Monkey Business, The New Scientist,Science and Technology News, Nov5, 2005.
(3) Tibi Puiu, How scientists taught monkeys the concept of money. Not long after, the first prostitute monkey appeared, Jul 7, 2011.
(4) Allen St. John, What Monkeys Can Teach You About Money. September-October issue of mental_floss magazine, August 24, 2011.
(5) Amy Dockser Marcus, The Hard Science of Monkey Business, The Wall Street Journal, March 30, 2012.

カーネマンの写真はウィキペディアより


サルでもわかる経済学(1) 古典派経済学

2013年12月02日 00時34分55秒 | 進化生物学
■ゲバラの「人間革命」は可能か

 人間は利己心を捨てられる。マネーすらなくしたい。チェ・ゲバラは「新しい人間」への期待を込めて「人間革命」を提唱した。けれども、果たして人間はマネーを捨てることはできるのだろうか。ゲバラは、自分の生命を守るというセントラル・ドグマが命ずる本能すら無視して他者のために自らの命を投げ出すという究極の利他性を示し得た特殊人間だった。人間は進化をしていけば誰もがゲバラの如き特殊人間になれるのだろうか。それとも、ゲバラは、ランダムな進化の過程において利己的遺伝子が破損した、ある種の特異な突然変異の産物であったのだろうか。もし後者であるとすれば、この突然変異生物が夢描いた「マネーを捨てる」という選択肢も通常の人間―ホモ・サピエンスーという生物種には不可能なのではあるまいか。

 もちろん、実践を抜きにすれば、ゲバラの如き、理想主義を口にすることは容易いし、どの国にもそのような人物は登場する。そして、私どもの祖国、日本にもおいてもその一例を見ることができる。

 極貧に産まれ、学歴もない一青年が苦学して働きながら、ひたすらこの世の中を良くしたいと願い、自分の変わり身としての主人公が活躍する物語を描き、それは、多くの若者の心を魅了する超ベストセラーとなり、社会変革の一大教祖となっていく。欧米の一流の知性からも日本人としては稀なまでの高評価を受ける・・・。

 そう、このパラグラフを読まれた読者が直ぐさま脳裏で想像されたとおり、この人物とは、大正時代のベストセラー作家、「島清」こと、島田清次郎(1899~1930年)に他ならない。

 島清は、犀川下の貧民街、養鶏場の一隅に住み、金で買われる女郎たちの姿をみて育った。そして、1919年に20歳の若さで大作『地上 I~ 地に潜むもの』を上梓。大正時代の象徴的ベストセラーとなる。理想社会主義を掲げて全国をアジテーションして周り、1922年には、欧米をまわる旅に出発し、米国ではクーリッジ大統領と面会し、ロンドンで開かれた第一回国際ペンクラブ大会では初の日本人会員に推され「ON EARTH」の翻訳出版も決定する。

「ああ、自分はどうなっても構わない。願わくば、今ひしひしと身に迫り感じる万人の涙のために戦おう! ああ、自分には万人の悲しい涙にぬれた顔を新しい歓喜をもって輝かすことは出来ないのだろうか。自分の生はそれのみのための生涯であり、自分の使命はそれよりほかにはない! ああ、この大いなる願いが、自分の一命を必要とするならば、自分は死ぬべき時に死にもしよう!」

 この『地上』は今も青空文庫で読むことができる。そして、島田が書いたとおり、自分の生は万人の悲しい涙にぬれた顔を新しい歓喜をもって輝かすことにある。自分の使命はそれよりほかにはないとゲバラは宣言し、この大いなる願いが自分の一命を必要としたことから、死ぬべき時に死んだのだった。けれども、この文章を書いた当人である島田の行為はゲバラとは若干違っていた。

 初版三万部、発売即日完売、重版につぐ重版で巨万の印税が入るようになると、島田の精神はバランスを崩していく。社会改革という高邁な理想を掲げながら、放縦、放恣な生活に堕落し、奔放な女性関係や虚栄、倨傲さから文壇でも孤立する。そして、ファンレターを送る東京府立第三高等女学校生徒、石川県出身の海軍少将舟木錬太郎の令嬢、舟木芳江を半ば強引に誘いだし、婦女子誘拐、監禁・陵辱・強姦を行ったとして告訴される。

 無実である事実が後に判明するが、舟木事件がマスコミに悪意的に取り上げられたことから、島田の作品は全く売れなくなり金銭的にも逼迫する。そして、1924年7月末夜半、巣鴨駅付近で血まみれの浴衣姿で巣鴨署に検束される。警視庁が精神鑑定した結果、「統合失調症」と診断され、保養院に収容され、収容中に結核と栄養失調でわずか31歳で世を去るのである(6)

 島田の人生は悲惨であるというよりも、人間味すら感じさせる。一方で、ゲバラの人生は悲惨であるというよりも、ゲバラがどれほど生物的遺伝子のドグマを逸脱した特殊人間であるかを際立たせている。

【はじめに】

 さて、安田美絵さんが執筆されている「サルでもわかるTPP」という面白いサイトがある。そこで、私も安田さんの名称をパクって、「サルでもわかる経済学」を書いてみたい。英語のサイトではいくつもの文献が出ているものの、「サルでもわかる経済学」についての日本語の情報はまだないようだし、私の個人的な知的好奇心を大いに満足させてくれるからだ。

 古典派経済学はアダム・スミスから始まる。そして、当時イギリスやオーストリア等で登場した「限界効用」学派を受け継ぎ、資本主義経済の現象を数値化して分析する「近代経済学」とマルクスを教祖とする「マルクス経済」とに分かれた(6)。そこで、「サルでもわかる経済学」もアダム・スミスから始めてみよう。

■アダム・スミスの誤り

「ある犬が別の犬と一本の骨をフェアに慎重に交換するのを目にした人は誰もいない」

 アダム・スミスは、こう書いて、マネーは人類だけに属する概念だと確信していた(1)。確かに生物の中には、縄張りや所有権の感覚を持つ種もいる。けれども、取引行為は、ホモ・サピエンスを除いてそれ以外の生物種においては観察されていない。したがって、スミスの想定は一見正しいかのように思える。けれども、この想定が誤りであることが2000年代に入ってから判明する。米国イェール大学の研究者、ローリー・サントス(Laurie Santos,1976年~)教授とキース・チェン(Keith Chen)准教授によって、マネーを使うサルが登場したからだ(3)

■ゲームの始まり

「サルでもわかる経済学」の立役者の一人、サントス教授は、もともとハーバード大学で行動科学の研究者であるマーク・ハウザー(Marc Hauser,1959年~)の下で心理学を専攻し、次にその霊長類行動研究室(primate-behavior lab)で学位論文の研究を行った。サルは数値をどこまで数えることができるのか。落下の物理現象を理解できるかであった。前者は4で、後者は「ない」であった。この研究で彼女は、イェール大学でテニュア・トラックのポストを得ることができた(4)

 教授は、カリブ海のプエルト・リコでフィールド・ワークに従事する。毎日、午前7時にボートで島へ向かい、サルたちが餌を探し、家族の世話をし、様々な社会活動に参加するのを観察して時間を過ごした(5)。「私は人間に魅了されています。そして、サルは、最も純粋な形式の人間に似ています(4)。私たちと同じことに関心がある。そう理解せずには、その姿を見られません」(5)。「文化」という人間のような荷物を手にしていなくても、サルは人間に似ている。そう感じたことから彼女のサルへの関心は深まった(4)

 サントス教授は、ハーバード大学で始めたサルの認識の研究を継続するプランを立て、この研究のためにオマキザルを選び(4)、ジョージア州アトランタのエモリー大学の著名な霊長類学者(2)、フランス・ドゥ・ヴァール(Frans de Waal,1948年~)から、10頭のオマキザルを入手した(4)

 ある日、この実験場の掃除をしていた管理人の一人から、フェリックスという名のグループのボス猿(アルファ・メール)が「天才」であるとの情報がサントスにもたらされる。フェリックスは、食べ物と交換しようと捨てられていたオレンジの皮を渡したのである(4)

 後にサントスとコンビを組むことになるキース・チェン(Keith Chen)准教授は、中国移民の息子で、スタンフォード大学で経済学を学んだ(1)。そして、サルの研究を始めたのは、2000年。ハーバード大学の大学院生のときで(2)、サントス教授と同じくハウザーの研究室で利他的行動を研究することから、サルとかかわることとなっていた(1,4)。サントス教授が研究所で新たな仕事に着手した頃、チェン准教授は、イェール大学のビジネス・スクールで働いていた。2003年の秋、Koffeeと呼ばれる学生溜まり場で二人は出会うとすぐに意気投合しあった。人間の基本的な行動パターンの起源を霊長類に探るという共通の関心を二人とも抱いていたからである。二人は「天才ザル」を使って何ができるのか、ブレーンストーミングを始めた(4)

■マネーを使い始めたサルたち

 オマキザルは、人間の赤ん坊の大きさで、長い尾を持つ新世界サルである(1)。チンパンジーよりも小さいが世話が容易なうえ、ほぼ同じほど賢く、リソースフルで社会的である(4)

「オマキザルの脳は小さく、飯とセックスのことばかり考えています。その食欲は底なしです。マシュマロは一日中与えられますし、吐いてはまた食べるのです」とチェン准教授は言う(3)

 オマキザルは、グループや他のメンバーから慣習や技術を社会的に学習することはない(2)。けれども、この食欲の旺盛さから、二人は、ブドウ、リンゴ、そして、ゼリーの買い方をオマキザルに教えることに成功した(3)。チェン准教授が決めた通貨は、中間に穴があいた直径で1インチ程の銀色のアルミニウムのディスクだった(1)。この「トークン」が交換手段として価値を持ち、翌日にも同じく価値を持ち果物と交換できることをサルたちがマスターするまでには、数カ月の反復トレーニングしかかからなかった(1,2,3)

 2004年の春、オマキザルたちがマネーでの取引の仕方をマスターすると、サルたちはトレーの上で12枚のトークンを受け取った(1,4)。7匹のサルたちは、約20?の広さのメインルームに一緒に暮らしている。そして、実験を行う時には、この家に取りつけられたさらに狭いテストルームに行く(1)。すなわち、サントス教授とチェン准教授によって、サル史上初めての「市場」が開設されたのである(4)

 最初の実験はかなり初歩的なものだった。フェリックスは、二人の研究者のどちらが持つ食べ物もトークンと交換できた。そして、フェリックスは、研究者よりもトークンとの交換によって売ってくれる「財」の方に深く関心を抱いていた。まず、フェリックスは、数個のオレンジを手にした研究者の方に向かう。注意深く観察し、臭いをかいでから、別の研究者のもとに向かい、同じことを行う。そして、最初の研究者のところに戻って、トークンを渡しオレンジと引き換えるのである。フェリックスだけでなく、それ以外のサルたちも慎重な消費者だった。

「こうした姿を目にすれば、サルたちは何を買おうかと熟考しているように思えます」とサントス教授は言う。

 サントス教授とチェン准教授は、最初の目標を達成しただけでなく、歴史を作った。人間だけの領域、サルはマネーを使っていたのだ(4)

■モンキー市場、安売りを始める

 サントス教授もチェン准教授にも、オマキザルにマネーの使い方を教え始めたときには、とりたてて緊急の研究テーマも目標も持っていなかった。ただ、サルにマネーを与え、それで何をするのかを確かめることだけだった(1)。フェリックスの商品の検査力は、それを目にする人を魅了する。

「ですが、マネーの持つ重要な特性は、代替可能で選択ができることです。例えば、コインは、レバーを押すこととは抜本的に違います」とチェン准教授は説明する。

 エコノミストによれば、消費者の合理的な行動を規定するのは、価格に対する関心である。そして、古典派経済学は可能な限り自分の利益を最大化するように行動すると主張する。はたしてオマキザルは合理的な消費者になれるだろうか。

 そこで、研究者たちはモンキー市場で価格操作を始めた。まず、ジェリーとリンゴ一切れをオマキザルに示した。そして、1個の果物に対して1トークンとされていたのだが、ウォルマートで格安セールが行われるように、ジェリーの価格を据え置きにしたまま、1トークンでリンゴは2切れと値下げしたのだ(4)。また、さらに、市場を変えて、少ないブドウと多くのジェリーを買うかどうかを確認するため、今度はジェリーの価格を値下げ(1トークンあたり2のジェリー)した(1,3)。すると、サルたちは、特売品を漁る人のように、より安い商品に群がった(4)。キュウリよりもリンゴの価格を安くしてみると、やはり人間の消費者がするように、今度も値段が安い食品を選んだ(2)

「これは大変なことです。オマキザルは、単なる消費者ではなく、合理的な消費者であることがわかりました。定量的にも定性的にも、その行動は人間のそれと一致したのです」とチェン准教授は言う(4)。値下げをすれば、さらにその商品を買う。すなわち、経済学の表現では、オマキザルは、効用の最大化という理論の規則を厳守したのである(1)

■偽金づくりから窃盗まで

 オマキザルたちは本当にマネーを理解しているのだろうか。キュウリを用いてオマキザルに対して実験を行っていたある日、偶然、研究助手が、キュウリを通常の立方体ではなく、ディスク状にスライスして与えてしまった。その1枚のキュウリは、銀色のトークンととても似ていた。すると一頭のメスのオマキザルがそのスライスを拾いあげてそれ噛み、次には、それでさらに美味しい別の何かが購入できるかどうかを確認するために一人の研究者のところに走りよってきた(1,3)。偽金づくりだ。その後、窃盗事件も発生した(1)

「一頭のサルがトークンをつかむと、まるで、その価値を評価するかのようにそれを抱え込みます。そして、別の猿はそれを奪おうとします。まるでそれが食べ物であるかのようにです。驚くほど、自発的な窃盗の証拠もみられました。お互いからも、そして、私たちからもあらゆる機会でトークンをはぎ取るのです。札片を見せびらかされたときに、人間がそうしたくなるかのようにです」(4)

 サントス教授は、実験中に、トークンが盗み取られることを観察した。さらに、ある一頭のオマキザルが、すべてのトークンのトレーを拾い上げ、メインルームにそれを詰め込み始めた。このため、研究者はメインルームに入って、トークンのために食料を提供しなければならなくなった(1)。通常であれば、オマキザルは、トンネルをくぐって「市場」で研究者とやりとりする(5)。いわば、脱獄と銀行強盗の組み合わせが発生したのだ(1)

■売春の始まり

 このカオス状態の中で、さらにオマキザルが本当にマネーを理解しているとチェン准教授が確信することとなった事態が発生した。マネーの最大の特徴は、食料だけではなく、それ以外の品物やサービスを購入するためにもそれが使えることである。チェン准教授が目撃したものは、ある一頭のメスザルが別のサルとセックスのためにマネーを交換するというサル史上初の売春行為の姿だった。行為を終えた後に、その代償に直ちに支払いを受けたサルは、そのトークンをブドウ購入のために使ったのだった(1,3)。これは、トークンに固有の価値があることをオマキザルたちが理解していることを示唆する(2)

■サルでもわかる経済学の教訓

 オマキザルたちは、自分たちがやっていることがわかっているように見える。マネーの真価もわかっているように見える(2)。こうした実験は、人間の経済行為の多くが、深く進化に根ざすことを示している。けれども、人間とサルとには違いもある。例えば、人間であれば高い価格がついた商品を好む。そこで、同数のトークンで、青い小さなジェリーと赤い大きなジェリーのどちらを選ぶのかの実験をしてみた。もし、オマキザルが人間に似ていれば、青い小さなジェリー、すなわち、「高額商品」を選択するであろう。けれども、サルたちはどちらも腹いっぱい食べたのだった。

「サルはより合理的なのです」とサントス教授は言う(5)

「また、人間とは違って、モンキー市場で目にできなかったひとつは貯蓄でした。サルたちはいつも、すぐさま有り金全部を費やしたのです」(4)

 サルたちは、直ちに現金すべてを費やして、わざわざ貯金はしなかった(1,5)。教授は、意図的にトークンを貯金するサルは一頭もいないと指摘する(1)。とはいえ、キュウリのスライスを用いて、贋金づくりを試みたり、自分が隠匿したものを隠しさえする(2)。可能であれば、トークンを盗み、それを食料のため、時にはセックス用に使う(1)。あらゆる面で、オマキザルは、ホモ・サピエンスと違わないやり方でマネーを使っている(3)。そして、マネーの存在によって、明らかに、サルたちの社会も人間と同じく歪み始めていた。この軌道は、サルではどこまで続いていくのだろうか。サントス教授とチェン准教授は、人間をまごつかせているのと同じ経済上の問題をモンキー市場にも導入してみることにした(4)

【引用文献】
(1) Stephen J. Dubner and Steven D. Levitt, Monkey Business, New York times Magazine, June 5, 2005.
(2) Mark Buchanan, Money and Monkey Business, The New Scientist,Science and Technology News, Nov5, 2005.
(3) Tibi Puiu,How scientists taught monkeys the concept of money. Not long after, the first prostitute monkey appeared, Jul 7, 2011.
(4) Allen St. John, What Monkeys Can Teach You About Money. September-October issue of mental_floss magazine, August 24, 2011.
(5) Amy Dockser Marcus, The Hard Science of Monkey Business, The Wall Street Journal, March 30, 2012.
(6) ウィキペディア
サントス教授の写真は文献(4)より
オマキザルの購入シーンの写真は文献(5)より
チェン准教授の写真はこのサイトより