学生時代は、ほとんど毎月、アルバイトをやっていた。当時の日当はだいたい800円位だったが、あるとき、深夜4時間で2000円というバイトが舞い込んできた。それは、新築ビルの中にエスカレータを取りつけるという仕事だった。 今でこそ重機を使って簡単にはめ込んでいけるようになったが、当時はボクらのようなバイトが滑車で吊り上げていたのだ。8階建てのビルともなると、何度も交代しながら鎖を引っ張らなければならなかった。 そして、どこの現場でもそうなのだが、作業中はトイレに行けない。まだ便所が完成していないからだ。そこで、尿意を催したときは屋上に駆け登り、下界に向けて解き放つ。 まるで、奈良の大仏がゴビ砂漠で立小便をしているようだった。晴れた日の昼間だったら虹ができたに違いない。 まあ、深夜だったから歩道を歩く人もいなかったろうし、もし、いたとしても「霧雨じゃ、濡れていこう」と言っていたかもしれない。 さて、そんなある日、いつもの仕事を終え、国鉄・茅ヶ崎駅に向かって歩いていた。季節は冬、朝の5時頃である。 もう少しで駅前というとき、路上生活者に声をかけられた。直線道路なので、ずっと前からその存在に気づいてはいたのだが、まさか呼び止められるとは思いもしなかった。 垢と脂でテカテカニ光った服、ボサボサの髪、だらしなく伸びた不精髭、ギタリストのように伸ばした爪は泥が詰まって真っ黒。まるで絵に描いたようなホームレス、いや、キャンパーだった。 「おうっ! 兄ちゃん。味噌汁、食っていかねえか?」 見ると、石油缶に入れた茶色い液体を、焚き火で暖めていた。それが彼の言う味噌汁のようだった。 なんでも体験したい20代のこと。話のネタにという気持ちも手伝って、一杯ご馳走になったが、一口飲んで思わず吐き出してしまった。口がひん曲がるほど、すえた汁だったのである。 いったい、何を入れていたのだろう。あの茶色い色は何だったのか。 きついアルバイト作業の匂いと一緒に思い出す青春の一杯。 ![]() |
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