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遅生の故玩館ブログ

中山道56番美江寺宿の古民家ミュージアム・故玩館(無料)です。徒然なる日々を、骨董、能楽、有機農業で語ります。

コロナに負けるな No.17 『流れ仏の祈り』

2020年04月07日 | コロナに負けるな

コロナに負けるな、17回目です。

今回は、流れ仏です。

      16x38 ㎝ (台座含)

流れ仏とは、ドザエモン(溺死者)のことですが、骨董界では、激しく風化した木彫の仏像を言います。川や海辺に流れ着いた物かも知れません。

この品が、元々、仏像であったかどうかはわかりません。むしろ、神像に近いものと思えます。

それにしても、体に比べて、顔が異様に大きい(^^;)

円空や木喰系の彫り物ではないし、素人の作にしては上手だし・・・・放浪僧か修験者が残していった?

正体不明の古い木彫ということで、宗教物や武具がご法度の故玩館に、かろうじて置かせてもらっています(^.^)

 

長い間、風雪に耐えてきたようです。

足元は、まるで段ボールのよう。

 

厳しい表情です。

 

しかし、反対側の横顔は・・・

 

グッと何かに耐えながら、思索にふけっているように見えます。

 

この世の乱れをただすために、これから瞑想に入ろうとされているのでしょうか。

 

 

 

車箪笥(長持ち)の上に鎮座して、人間界を見据えていらっしゃる。

 

『白磁のある静物』をバックにして、コロナウィルスに睨みをきかせています。でも、本当に睨みをきかせているのは、人間に対してかも知れませんね。

きっと、もう一つの慈悲深い顔で、私たちのために祈ってくれることでしょう。

 

コロナに負けないぞシリーズは、今回で終わります(-.-)


コロナに負けるな No.16 李景朝 『白磁のある静物』

2020年04月05日 | コロナに負けるな

コロナウイルスに負けるなシリーズ、16回目です。

今回は、油絵です。

李景朝『白磁のある静物』  80x99㎝

 

 

 

 

故玩館にある油絵の中で、最大のものです。

作者は、李景朝。

あまり有名ではありませんが、静かに内へ向かう絵が特徴です。

 
李 景朝略歴(日動画廊、李景朝展より)
1936年韓国済州道生。
  • 68年鴨居玲に師事、神戸大学教育学部美術研究科修了。二紀会展初入選、以降出品。新人賞、奨励賞、他受賞(関西二紀展)。
  • 80年東京紀伊国屋画廊企画個展(坂崎乙郎画廊)。
  • 81年昭和会展入選招待。大阪日動画廊個展以降10回個展。
  • 83年早稲田大学創立100周年記念展出品・同大学に収蔵される。現代の裸婦展入選招待。
  • 84年裸婦競作展最優秀賞受賞。あかね画廊個展。
  • 86年韓国新作展会招待出品、会員となる。以降出品(世宗文化会館)。つかしん西武百貨店個展。
  • 88年韓国現代作家展(アルゼンチン・チボリ美術館)。
  • 99年モスクワアートフェアー出品。
  • 02年梅田阪急百貨店個展。
  • 03年大阪韓国総領事館で個展。韓国最優秀芸術家に選ばれる。評論家協議会(最優秀画家賞)受賞。済州道知事賞(輝いた人賞)。
  • 06年公州国際アートフェスティバル出品、人物集作家展(ソウルギャラリー)出品。
  • 07年福岡日動画廊個展。現在二紀会同人、新作展会員(韓国)。日本美術家連盟会員。

 

李景朝は、若い頃、鴨居玲に師事しました。

李景朝は、師の鴨居玲ほど、暗い情念を激しくキャンバスに打ちつけることはありませんが、やはり鴨居の影響を強く受けていると思います。

今回の作品は、古い李朝箪笥の上に、アワビと李朝の白磁碗が、そして、その横に、枯れたヒマワリと芥子が描かれています。

暗く沈んだ画面の静物は、作者の心象風景を表しているのでしょう。疵ついた李朝の白磁碗は、この絵の中心画題であることはまちがいありません。

かつて、民芸の主唱者、柳宗悦は、白磁の白を朝鮮民族の哀しみの色として捉えました。白磁のはかない白さを哀しみの象徴と考えたのです。その後、柳の考えには、様々な批判がなされました。

しかし、この絵を見ると、柳宗悦や彼を李朝美術へ導いた浅川伯教、巧兄弟の慧眼は、やはり、本物であったと言わざるをえません。

この絵をみていると、故国を離れて暮らす作者の故郷への念、葛藤、そして哀しみが、静かに伝わってきます。

画面中央に置かれた白磁碗は、作者自身を象徴しているのでしょう。

コロナウィルス騒ぎで何ともやり場のない気分の時、ふとこの絵をみると、深いところにある本当の自分をとりもどすことができるような気がします。


コロナに負けるな No.15 三輪田米山の書『思無邪』

2020年04月03日 | コロナに負けるな

コロナに負けないぞシリーズ、第15回です。

今回も書です。

孤高の書人、三輪田米山の書『思無邪』です。

      本紙、39x95㎝

 

 

 

三輪田米山(文政4( 1821)年-明治41(1902)年)は、伊予国久米(現、松山市)の人です。幕末~明治期、神官をつとめながら、独力で研鑽を重ね、雄渾の書を完成させました。米山の前に米山なし、米山の後に米山なし、といわれるほど個性的な書を多く残しています。稀代の大酒のみで、1升、2升と呑みすすみ、酔い倒れる寸前に筆をとった書が最高のものと言われています。そのほとんどは、地元の人々に請われてしたためたものです。ですから、この地方の家々には、米山の書が大切に残されています。ちなみに、お礼は、飲んだ酒(^.^)

三輪田米山の書は、一部の人々の間では、極めて高く評価されていましたが、2008年、NHK日曜美術館で紹介され、一般に広く知られるようになりました。

私は米山について興味をもってきました。後のブログで、また、いくつかの作品を紹介したいと思います。

 

さて、書軸『思無邪』です。

『思無邪』は、島津斉彬の座右の銘としても知られ、斉彬をはじめ多くの人が書を残しています。

米山も、この語が気に入っていたらしく、いくつか揮毫しています(書体はすべて異なる)。本作品もその一つです。

『思無邪』は、孔子の論語・為政篇にある一文、「子曰、詩三百、一言以蔽之、曰、思無邪」の一部です。

「子曰わく、詩三百、一言以て之を蔽(さだ)む、曰わく、思い邪(よこしま)なし」

『思無邪』の文字通りの読みは、「しむじゃ」ですが、普通は、「おもい(思)よこしま(邪)なし(無)」と読みます。

偽りや飾るところがない、純粋な心をあらわしている言葉です。

コロナウイルスの脅威が、日に日に酷くなってきている中で、政治家の無能無策は目を覆うばかり。何より問題なのは、彼らの言葉が私たちに届かないのです。

彼らが『思有邪』の人間だと、誰でも知っているからでしょう。

コロナ禍は、人間のこころの有り様をあぶり出しているのです。

コロナウィルスは、経済や社会などを軽く飛び越えて、人間の内面に向かっているような気がします。

困難な状況をのりきることができるかどうか。私たちの『思無邪』が試されているのではないでしょうか。

 


菱田海鷗書『守静』

2020年03月31日 | コロナに負けるな

コロナに負けるなシリーズ、14回目です。

今回は書です。

 

 

 

筆者は、菱田海鷗です。

といっても、御存知ない方がほとんどだと思います。

地元でも、あまり知られてはいません(^^;)

菱田海鷗:天保7(1836)年 - 明治28(1895)年、大垣藩士、漢詩人。安積艮斎門。幕末、大垣藩家老小原鉄心の腹心として活躍。維新後は、裁判官、青森県権令などを歴任。

西美濃地方の中心地、大垣は、古くから地政学上重要な場所であり、日本の命運を左右するような時期には、この地が大きく関係してきました。幕末の騒乱の中でも、大垣藩は微妙な位置にあり、藩は幕府側、新政府側をめぐって真っ二つに割れていました。勤王志士たちとも交流があった家老、小原鉄心は、新政府側へと藩論をまとめようと腐心しました。そんな中で、鳥羽伏見の戦いが始まり、幕府方として参戦していた大垣藩兵に対して、新政府側を攻撃しないよう説得するため、菱田海鷗を京都へ派遣したのです。しかし、海鷗は、途中、長州藩士に捕らえられてしまい、斬首されることになりました。その時、海鷗は落ち着いた様子で一編の詩を書きました。「将屠腹自胎」屠腹の詩)といわれる七絶です。それを読んだ長州隊長、石部誠中は感服し、菱田は斬首を免れました。

「将屠腹自胎」

苦学欲酬君父恩
一灯空伴卅餘年
従容就死是今夕
只恨丹心未徹天

苦学 酬いんと欲す 君父の恩    
一灯 空しく伴ふ 卅餘年
従容として 死に就くは 是れ今夕
只だ恨む 丹心 未だ天に徹らざるを 

 

掛軸の書『守静』は、この出来事の翌年、明治2年の作です。

『守静』は、老子の言葉、「致虚極、守静篤、萬物竝作、吾以観其復。」の一部です。

「虚を致すこと極まり、静を守ること篤ければ、萬物並び作るも、吾以ってその復るを観る。」

無心で平静な心で暮らしをなしていれば、いろんな事が生じても、あらゆる事柄の根源が認識できる、という教えです。

「守静」は、(心を虚にして)静かな生活を保つことを表しています。

 

押し詰まったような雰囲気が、日に日に強くなっています。その中で、物事の根源が見えにくくなり、自分を失いがちになることしばしばです。

今日からは、「守静」を心がけて毎日を送り、見えない敵、コロナに向かいたいと思います。

 


題名を待つピエロ

2020年03月29日 | コロナに負けるな

コロナに負けるなシリーズ、第13弾です。

今回は、絵画。

洋画家、松井豊の作品です。有名な作家ではありませんが、幻想的な表現が特徴です。

  松井豊『〇〇・・〇〇』   10号

 

この絵には、題がついていません(裏側も無記名)。

ご覧になって、これはと思う題名をつけて下さい。

ちなみに、同作者の別のピエロの絵には、『憩い』とありました。

 

 

 

 

 

絵画に下手な解説は無用です(^^;)

自分が感じるままに味わえばいいのですよね。

私の場合は、自分の内面を見ているような気がしました、特にコロナ禍の今は。

そこで、つけたタイトルは、

『夢現 ~飛翔の時のために~』。

 

皆さんは,いかがですか?

 

 

松井豊    1929- 福岡県生。 1954~60年、南米コロンビアにて油絵を学ぶ。 1964年、主体美術協会創立に参加。1971年、現代の幻想絵画展、 1972年、文化庁主催、現代美術選抜展、1975年、サンパウロ美術館での現代日本美術展に出品。 

 

ps. この品も、家人には、「気持ち悪い」「汚い」と不評をかい、粗大ゴミ一歩手前の位置にあります(^^;)