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カービューティープロTACKのブログ

洗車マニアの輸入車セールスから趣味が高じてカービューティープロになった単なる車好きオヤジのひとり言です!

高校野球(甲子園)の思い出

2018-08-07 | 日記
こんばんわ。

今年も夏の高校野球が始まりましたね!
記念すべき100回大会!
盛り上げ方も上手く、あまり興味のない方にも響く大会になりそうな気がします。

プロ野球への興味関心は無くなりましたが、
高校野球だけは小学生の頃から ずっと大好き。

実際に甲子園にも行った事があります!
もちろん選手として!ではなく、応援(^◇^;)

高校一年の夏、母校が甲子園に行きました。
初戦、二回戦と勝ち上がり、三回戦。
勝てばベスト8という試合を一塁側アルプスで応援。
対戦相手は確か浜田高校?だったと思う。

母校への愛など、それほど持ち合わせていない!と思っていましたが、
あの甲子園の空気は野球好きの15歳を熱狂させてくれた。
声を枯らし、大汗をかき、かちわり氷で水分補給?しながら熱戦を肌で感じた。

あまりにも昔すぎて間違ってるかもしれないが、確か延長サヨナラの劇的な試合だった。
勝利の瞬間は訳も分からず大興奮し、涙し、校歌を大合唱。
懐かしく、貴重な良い思い出です(^_^)

結局その次の試合で、その年の優勝校となる尾藤監督率いる箕島高校に敗れました。
名将と呼ばれる監督は多いのですが、私は簑島の尾藤さんが一番好きでした(*^^*)
今から思えば、その試合も見ておけば良かった・・と思ったりします(^◇^;)


昔と比べて大きく変わったな〜と思う事が二つあります。
一つはピッチャーの球速!
昔は140キロと言えば「豪速球!」とか、「本格派!」と言われてましたが、
今時の高校生は当たり前のように140キロのストレートを投げるようになった。
150キロで初めて凄い!と言われる(^◇^;)

二つ目は試合中に足が「つる」選手が多い。
これは異常な暑さによる熱中症の初期症状?!
昔は無かったシーンですが、今年は何度も見ているような気がする。

球児たちにも過酷。
そして炎天下のスタンドで応援する関係者にも過酷な異常気象ですね(^◇^;)


高校野球。
白球に賭けた青春。
球児たちが汗と泥にまみれ涙する姿は、観る者全てを感動させる。
それぞれの想いを胸に、今年も筋書きのないドラマが繰り広げられている。

球児の皆さん、暑さに負けず全力で頑張れ〜!!


写真はイメージ(検索より)



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印象に残っている車の話 その6

2018-08-05 | 
こんばんわ。

本日は今月初!?出張で お仕事してきました(^▽^;)
足回りの洗浄は地獄の暑さで、今日一日で首の後ろと腕が黒くなったような気がします(^_^;)
それ以降の工程は工場内での作業。
スポットクーラーにハイパワー扇風機のおかげで快適な作業でした(*^^*)


記事は印象に残っている車の話シリーズ(;^ω^)
このシリーズも もうすぐ終わりますので、今しばらく お付き合いくださいませm(__)m


Y33レパードで日本の高級車と呼ばれる車の実力が侮れないものと知った。

この頃は やはり車は大きくないとね!という発想が頭の中にあった。

当時、日本の最高級車と言えばセルシオだった。
よし、セルシオに乗ってみよう!という自然の流れ?でレパードからの乗り替え。

UCF21。

写真は検索より。

2代目セルシオの前期モデルのタイプCを中古購入した。
V8 4.0L 265ps 4ATのエアサス仕様。
後期だと280ps 5ATだったが、高くて中古でも買えなかった。

この車も本当に素晴らしかった。
静かに速い!ブレーキも日本車レベルじゃない。
Y33のようなサイズを感じさせない軽快なビュンビュン系ではなく、
あくまでも静かで快適なのに実は「速い!」高級車。

誰もが道を譲ってくれて、煽られる事も無い。
家族旅行で旅館に行っても、研修などで都内のホテルに乗りつけても、
明らかに今までとは対応が違う事を実感した。
「これは無敵じゃないか!」と当時は思った(^_^)


欠点は職質対象車の筆頭?
まあ〜本当に よく止められましたよ、警察に(^◇^;)

あとは整備代も高い!
一応カッコつけてDラーに入庫させてましたが、普通に高かったです(-_-;)
これも日本車レベルじゃない(^◇^;)

この頃も相模原まで毎日往復してましたので、あっという間に7万キロを超え、
そして・・エアサスがっ・・(^◇^;)
シャレでサスコンを入れて遊んだ罰でしょうね・・。
修理代を聞いてビビり、完全アウトになる前に、そ~っと手放しました(^◇^;)

中古購入とはいえ、この段階で日本車の完全制覇!?と結論づけ、
ここから先はオンリー輸入車! 
完璧にハマりました(^_^)






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印象に残っている車の話 その5

2018-08-04 | 
こんばんわ。

昨日は久々に突発仕事でしたがDラーさんに呼ばれて出張作業。
エンブレムを外した跡を消して欲しいというご依頼。
大した事は出来ませんでしたが、出来る限りの事をして参りました。
経年濃色車ですので完全には消せません。
これ以上は塗装屋さんの領域かと思います。

帰宅したら突然の大雨!
実にタイミングが良く、助かりました(^_^)


そして本日は腐った身体に喝を入れる意味と、明日の作業の準備!
のつもりで作業場におりましたが、いつの間にか片付けと清掃を始めていたりして(^◇^;)
やらなければ!と思いつつ忘れていたり、後回しにしていた事も多く、
気分的にスッキリ!

さらに家の全ての窓を開け放ち、悪い空気?を入れ替える。
まあ、気分の問題ですが、非常にスッキリしたような気がします(*^^*)
ものすご~く家の中まで暑いけれど・・(^◇^;)


さて・・
印象に残ってる車の話シリーズ。
徐々に現在に近づいてきております(^_^)

時代は昭和から平成に入りますので最近の話?
いやいや、もう平成も最終年ですし、30年間は結構長いですからね~(^▽^;)

新年号・・とても気になりますね!


今回は平成8年式のY33レパードXR!

ピンと来ない方がほとんどでしょう。
レパードと言えば「あぶ刑事」!という印象が強い。

Y33のレパードって何?
セドグロの仲間になった4ドアのスポーティサルーンなのです。

どこへ行っても、「これって何?」とか、「アメ車なの?」と聞かれたものです(^◇^;)
それくらいにマイナーな車でした。
ほとんどの方がセドグロのグランツーリスモを選んでいた時代です。

V6 3.0Lツインカム、普通の4速ATでしたが、220psあって とにかく走りは活発。
ビュンビュン系サルーンで非常に印象に残っています。
今でも、このサイズ感とパワー感のバランスは素晴らしいと思いますし、
運転を楽しめる車でした(^_^)

当時の新車価格は確か360万円ほど。
今の日本車の価格を考えると信じられない程に安くて魅力的!
もし今、この車が360万円で新車として売っていたら・・
ホントに買っちゃうかも・・(^.^)

この頃はVC相模原まで車通勤していた頃。
年間走行距離は2万キロに迫る勢い!
中古購入(150万円くらいで買ったような気がします)だったため、
3年ほどでボロボロにしてしまった気がします(^◇^;)

今もう一度 乗ってみたい!
そう思える本当に良く出来た車だと思います(^_^)





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印象に残っている車の話 その4(初めての新車)

2018-08-02 | 
こんばんわ。

記事に出来る仕事をしていないので、ブログの内容は本業から どんどん離れる一方です。
またしても繋ぎで過去の愛車ネタm(_ _)m
このシリーズは結構ストック溜まってきました(^◇^;)


さて、
昭和63年の話。
24歳ですか・・若いな(^◇^;)

初めての新車購入は、やはり印象に残っています。
近所のトヨタ カローラ店に就職した先輩からの購入。
AE92 カローラFX- GT ホワイトのATでした。

写真は検索より。

直4 テンロク ツインカム!
直ぐにホイール&タイヤ、マフラー、ステアリングを交換。
ホイールは一目惚れしたジウジアーロGG7、タイヤはピレリP600、
マフラーはフジツボ。
ステアリングは・・忘れた(^◇^;)多分momoの RACEかな?

4AG&フジツボは素晴らしい音だった。
ドライブが楽しくて仕方なかった。

人気は圧倒的にレビンだったが、人と同じを避ける傾向なのでFXを選んだ。
FFになったレビンに それほどの魅力を感じなかったのも事実。
ちなみに多くの方が知る豆腐屋さんのレビンが86で、その時のFXはAE82。

ライトウエイト スポーツの面白さを教えてくれた車。
初めて、乗り替えたくて手放したという事ではなくサヨナラした車です。
26歳になり、お金を貯めるために手放しました(^◇^;)

人生で初めて、車を持たない時代に入ります。
ここから最初の子供が生まれる頃まで、車を所有していません。
この頃は親の仕事の手伝いをしていたので、親の車が使えました。
だから車との関連が完全に途切れた訳ではありません。
ちなみに親はビスタのMTでした。

子供が生まれる頃に、車が無い事に不便を感じ、価格重視で足代わりの車を買います。
まあ、語るまでもない諸費用コミコミ35万円の中古車でした。

ここから何かと理由を付けて乗り替えを繰り返す道楽が再び・・(^◇^;)
そして現在まで続く訳です(~_~;)






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