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「祭りのない中国と祭りの国・日本」

2006-08-24 12:50:38 | 日々のニュース
中国に関して、日本人がほとんど知らない一つの重要な事実を指摘しておこう。
これは、筆者も富士通総研経済研究所の柯隆・主任研究員に聞いて驚いた。
筆者だけではなく、日本人はこれを聞くと誰しもが驚く。

しかし、中国の問題を考えるとき、非常に重要なポイントなのである。
中国には「祭り」がないのである。2004年の末だが、私が司会をしている
ラジオ番組で、南京出身の柯隆さんが、以下のような非常に興味深い話をしてくれた。

「中国では日本各地で開かれているような祭りがないのです。
かつての中国には祭りがありました。民衆はそこでエネルギーを発散していた。
不満のはけ口だったのです。今の日本の祭りにもそういう意味合いがあります。

ところが今の中国には祭りがない。共産党革命が起きた時に、
新政府が祭りを禁止したのです。民衆の熱意が発揮される祭りが、
共産党は怖かったからです。その代わり共産主義毛沢東思想を学ぶ勉強会を行なった。
しかし、これでは民主のストレスは溜まるばかりです。時には民衆の暴動も起きるし、
サッカー場で騒いでみたくなるのもうなずけます」

これについては、中国を旅行や出張で訪れる普通の日本人は気付かない。
中国で育って、日本に来て、そして日本で生活した人しか気付かない、
重要な日中の違いなのである。柯隆さんは、まさにそういう人であった。
柯さんも、そして筆者も、これは今の中国で起きている一連の出来事を理解するうえで、
極めて重要なポイントだと考える。

(略)

祭りを盛り上げるのは創意である。それは想像力・創造力の源泉ともなる。
これこそ「日本力」の根源ではないか。
日本では明らかに、祭りが一年の季節や区切りとなっている。
それは社会の安定にとって極めて重要だ。さらに重要なのは、
日本では祭りが増えている、ということだ。都市などでは筆者の生活圏だけ見ても、
たとえば、東京の高円寺の阿波踊り、阿佐ヶ谷の七夕など、
「借り物祭り」が増えている。こうした祭りが、日本という国を、
極めて多様にしていると考える。

中国には祭りがないというのは実に意外だが、真実である。
中国出身の柯隆さんだからこそ、日本との差を確信できるのであろう。
「春節は中国の祭りだ」という人もいる。しかし、春節は日本で言ってみれば
正月である。正月は日本では祭りではない。日本の祭りの多様性と頻度は、
世界でも例のないものである。これも、「日本力」のバックグラウンドにある
「遊び心」をくすぐる要因になる。

「日本力 アジアを引っぱる経済・欧米が憧れる文化!」伊藤洋一 著
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2 コメント

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コメントありがとうございます (マグカップ)
2006-08-25 20:47:34
貴重の体験談を教えて頂いてありがとうございます。

泥棒の国と称される中国ですから、日本で暮らしていたときと違い、お祖父さんは苦労されたことでしょう。

現代になったとはいえ、本質的には中国人というのは変わっていないでしょう。

窃盗、強盗は限りなくあり、金銭至上主義が蔓延していて詐欺も横行していると聞きます。

お国柄と言えるでしょうね。

日本人の民族性として自慢せず、謙虚を良しとするので私自信も言うのには抵抗はありますが、日本は世界的にみても犯罪の極度に少ない国ですよね。

犯罪率の低い日本人の一人として、今後も平和な日本にしていきたいですね。
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昔の中国では・・・ (aiai)
2006-08-25 12:09:55
はじめまして、いつも楽しく見させて貰ってます。



私の母は子供の頃に見た、(多分)天安門広場のお祭りを話してくれた事があります。それは盛大で楽しい祭りだったそうです。

実は私の祖父は鉄道技師でして、鉄道をひきに家族で中国へ渡っていたらしいのです。なに分戦時中の事で、母も幼かったこともあり、うろ憶えの事ばかりですが、話を聞くととても面白いのです。



昔見た『はいからさんが通る』というアニメ(多分再放送)を見ていたときも、「馬賊に列車を止められた」というシーンを同じように体験したと言ってました。



家には現地の中国人女性が家政婦として来ていたが、肉の固まり、衣類、薪、様々な物が日々なくなっていき、しまいには祖母の編んだ毛糸のセーターまで盗まれて、家政婦をクビにした後、手編みのセーターを取り戻したいと現地の通訳に訴えたら『闇市に行って買い戻すしかない』と言われて諦めたそうです。(しかもその家政婦さんはどうやら『てん足』だったらしいです)



他には、その頃2~3歳児だった、叔父が『おいはぎ』に遇い、まさしく『身ぐるみを剥がされる』という事も・・・。

叔父は全裸で泣きながら帰って来たそうで、でも「誘拐されなくて良かった」と安堵されたそうです。



何だか盗まれている話しが多いのですが、そういうお国柄なのでしょう
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