ホスピス、緩和ケア看護覚書*カナダ編

ホスピス看護をカナダから。2013年大学院を卒業しました。カナダ人の夫とは14年たっても熱愛中。

13年記念

2012年04月24日 | 旅行
と今年もまたアニバーサリーがやってきました。旦那と出会って13年です。長いようであっという間。年数たってもラブラブな私たちは週末どっぷりと二人だけの時間を楽しんできました。

絵里佳の習い事が済んで、義姉のところに預けると直行でDTへ向かう。ハイウエイが込んでいたのでノースルートで向かった(個人的にバーネットハイウエイが好きな私)。

まずは昼ごはんと飛騨ラーメンへ。最近バンクーバーでもラーメン屋のオープンが相次、国外に居ようが、いろいろな味が楽しめる。飛騨ラーメンは開店して一年になると聞くが今回が初めて。味は、、、気に入った。さっぱりだが味わいのあるスープ。麺のこしも良く、日本の飛騨ラーメンを思いおこさせる。新しいスープ、メニュー完成で今月はサービス中とかで餃子のおまけもついてきた。でこの餃子ここらのラーメン屋のなかではここが一番かも。おいしかった。

食事の後はのんびりコールハーバーを散策。そしてホテルへチェックイン。今回のお泊りはMODA。歴史的な建物を利用してのブティークホテル。おしゃれなところだった。

夕食はGuu Garden。居酒屋Guuチェーンの一店だ。居酒屋もバンクーバーで流行っていて何軒も開店している。食べ物はおいしいのだが共通した不満は飲み物のアルコール度が低いのだ。カナディアンのお店の半分ぐらいしか入っていないと思うのだ。

コンサートの開始時間を一時間間違えていたので、急いで食べてタクシーでコンサート会場に向かった。Coldplay あ~念願のコンサート。コンサートというよりビッグエンターテイメントと言った方が良いかと思われるほどの仕掛けありのコンサート。でも曲も演奏もぐっと来るからすごいよ。ColdplayのCDをはじめて手に入れたのは彼らの2枚目になるA Rush of Blood to the Head。ちょうど友人ががんの診断をされた年。子供たちと2週間ロッキーマウンテンのキャンプ旅行に行った年。車の中でずーっと聞いていたのでこのCDからの曲がかかると2つの思い出と重なった。他界した友人のことを思ってじわっと来てしまった。アンコールでは客席の中に登場しての演奏。なんとAJたち(彼女は友達と来ていた)の席の近くに登場したのだ!あまりの近さに彼女は過換気症候群にかかって倒れそうになったとか、違う階に席を取った私たち、、、クスン。

余興バンドもすごかった。二組いて、一組目はThe Pierces。アバを思い出させる。二組目はCity &Color.カナダ出身のバンド。彼の歌詞とボイスはとても素敵でラジオで聞いてすぐに気に入っていたバンド。生演奏が聞けて感激~

夜の街をほてりがさめるまで散歩。ホテルのバーに行って夜更けまで飲んでしまった。二人きりの大人の時間は楽しい。カナダで良いバーを見つけるは大変なのだ。バーといえば”スポーツバー”が主流で大型スクリーンでスポーツ観戦しながらビールを飲むところといった方が良い。うるさくて会話ができるようなところではないし、カクテルを頼むとポップのノズルからシュッシュと混ぜて、、、と私の一番好きなカクテル”ブランデーサワー”なんて頼むとスプライトにブランデーが混ざって出てくるのだ。しかし、今回は本物のバーでいろいろなものを楽しんでしまった。

朝食はJethro's fine grub に行きたかったけれど一時間待ちと言われ、あきらめ。フレンチクレープのお店で朝食を済ませ、リッチモンドへ。どうしてもダイソーに行きたかったのだ。日本の雑貨をまとめて買うならここが一番便利。そしてスティーブストーンに行くはずが、ウエストバンクーバーへ。というものここのパンが気に入っていて。それも買っておきたかったから。ランチを取って、


海岸を散歩。晴れていて気温と波の音が気持ちよかった。小腹が空いていてと言うより、ここのパイが好きだから、また戻りパイとチャイティーを頂きようやく帰路に向かった。



なんだか食べ歩きレポートみたいだけど、コンサートのチケットやホテルを予約してくれたのは旦那。いつもいつも感謝しています。

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久しぶりのニコラ

2011年09月06日 | 旅行
旦那の大好きなニコラ湖。昔は毎年必ず訪れていた。最近はバンクーバー島がお気に入りで、トント御無沙汰していた。6年ぶり、セミ砂漠気候のこの土地。9月だというのに暑い日差しでくらくらしそう。来て良かったと思った。
そうなんです、カナダにも砂漠気候というものがあるのです。降雨量が少なく、海岸沿いに比べて針葉樹林が少ない。ポンデローサ(赤松?)とセージグラスに覆われた、薄茶色の山肌。放牧が盛んでカウボーイが似合う場所。私が始めてここを訪れたのはカナダへ来た年の夏の終わり。ロッキーへ行く途中だった。薄茶色の山肌を見て、伐採の後に植林をしなかったせいだと思い込んでいた。無知というのは恐ろしい。
で、キャンプ場選び。いつも行っていた州立のモンク。キャンプ場の1から26は子供の公園もあってビーチにも近い。しかし絶対そこには泊まらないのだ。と言うのも砂漠気候だから夕方の風が強くて、とくに1から26のサイトは湖から吹き上げる風を受けるからだ。テントキャンパーにはつらい。しかし私がこのキャンプ行になかなかgoサインを出さなかったので、予約をしようと思った時にはたった二箇所しか残っていなかった。それも1ー26のサイト。あーやな予感。
6年ぶり。松食い虫の被害でたくさんの赤松が切り倒されていた。1-26のサイトは木がなくてガラガラという感じだった。しかし、キャンプ場からの湖と氷河で削らたゆるやかな山並みの景色は最高。
二日目いつもの風が吹き出した。湖は白波が立ち出した。テントは風に押されてポールが折れないか心配になってきた。日がくれる頃には収まるはずなのに風は強くなるばかり。この日は連休が始まる前だったので、予約なしのサイトがキャンプサイト27-126であまだ数カ所空いていた。管理人の人に強風で居れないから変わっても良いか聞いてみた。場所代はどこも同じ金額だ。問題ないないと思った。しかし答えは今のキャンセル料金と新規の場所代128ドルを支払うのならどうぞと。すでに125ドルも予約料と場所代を支払っている上に?!交渉を試みたが管理人は聞く気まったくなし。ええい、最悪の場合はテントをたたんでデリカの中で眠ればいいやと、覚悟を決める。この天気がどれくらい続くのかは知らない。
家族四人で知恵を出し合い、夜を過ごした。テントやピクニックテーブルのキャノピーを壊せば損失は128ドルどころではなくなる。夜9時を過ぎても止まない強風にケチった決断をし自分を悔いそうになった。風は明け方4時ごろ止んだ。デリカの中で眠ることもなく、テントやキャノピーを壊すことなく朝を迎えた。
翌日は快晴で湖は鏡のようだった。強風は二度と吹くことはなかった。



湖と山並みがよく見えるキャンプ場。今まで12人用のテントを使っていたけれど、家族縮小に(AJはもう一緒に来たがらないし、Brodyは同じテントで寝たがらないので別のテントで寝るようになった)、6人用のテントへ変更。


ぎらぎら輝く太陽泳ぐの大好き絵里佳ちゃん


あまりの暑さにお母さんも水の上でぷかぷか



砂埃あがる暑さが伝わるでしょうか?

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あ~まったりと

2011年08月23日 | 旅行
今年もやってきたバースデーウイーク。しっかり満喫させてもらいました。とびきりうれしかったのが、
週末旅行子供抜き
でしょうか。金曜日仕事が済んでWestVanで夕食をしてから北上。2泊3日で行ったペンバートン(ウイスラーの北)。最初はなぜペンバートンを選んだのか???不思議だった。しかしこれがとてもよかったのだ。
1) 静か
2) アクティビティーの誘惑に負けず、ゆっくりできる
3) 山がきれい
4) ウイスラーに比べてずっと値段が良心的

という点だ。ウイスラーは超観光地。人もたくさん訪れている。あの辺りの山は登っているので、ハイキングへ行きたいという気持ちもなく、のんびり山を見ながら気楽に過ごせる。乗馬にいかないのハングライダーしないの?と言われたけれど、忙しい毎日を送っている私たちにとって’まったり’することが至福なのだ。と朝起きて朝食をとり、散歩へ出かけ、他にしたことと言ったらひたすら本を読んだ。氷河をかぶった山を見ながらサンデッキで本を読む。片手にはビールかワインと(かなり飲んだ)。





ここのB&B、食事もおいしいし、部屋のレイアウトが良い。とても気に入った。夏と冬はとても忙しいと聞いた。私たちもキャンセルが入って部屋が取れたぐらい(冬はここにとまってウイスラーへスキーへ行く人が多いとか)。



あ~また飲んでる。



帰り道も、ねー早く帰ろうよ、と嘆く子供がいないので、のんびりと思う存分寄り道をして帰ったのだ。
オリンピックパーク。山が素敵。


ここ熊がいっぱいいます。あちこちにその痕跡が(うんちがいっぱい落ちています。熊注意の看板もあちこちに)。熊の写真撮ったけれど、大きすぎて入りませんわ。残念。


こちらは誕生日当日。43歳になりました。

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沖縄への思い

2011年07月03日 | 旅行
映画から挿入歌で使われていた曲のリンクからたくさんの沖縄の音楽にたどり着く。

私沖縄大好きなのだ。20代はスクーバダイビングにこっていた私。潜ったところは国内海外含めてたくさんありますが、沖縄が一番好き。初めて行ったのは多分22歳ぐらいだったかな、空港にたった瞬間、ふるさとに戻ったようなとてもしっくりした気分になった。前世は沖縄人だったのか?!と思うほどだった。どこへ行っても聞こえる三線の音色、島人の優しい歓迎。第二の故郷と呼んでいた。大和人(日本本島)の暮らしに比べて、贅沢というものはない。しかし質素な生活の中にリッチさがある。この歌のように親を敬い、世代が一緒になって楽しく、歴史に翻弄されたのに強く生きている。そういうところに惹かれたのでしょうか。音楽を楽しみどこでも笑顔が絶えない。高価な服を着ていなくても、大きな家に住んでいなくても幸せがしっかり生きている。不思議な体験だった。本島と離島もあわせて何度訪れたことだろう。最後に行ったのは3年前。リゾートに泊まったので、島人と触れ合うチャンスは少なかったけれど、美しい海と泡盛は同じでした。

と、沖縄音楽に浸りながら勉強したのであった。

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