以前、中村和恵さんの詩「ワタナベさん」を朗読しながら、「〈語れること〉から〈語れないこと〉までを語る会を開催しました。
ラッキーなことに、このときは著者である中村さんにもご参加いただいたのですが、その時のご感想を中村さんよりお送りいただきました。
このように長大かつ濃密なご感想をいただき、感謝感激です。
ぜひ皆様にもご一読いただければ幸いです。
「そこらへんのおばさん」が立ち上がるとき、どんな森も動く
(カフェロゴ×郡山対話の会アンケートとして)
ご氏名 ( 中村 和恵 ) 世代 ( おばさん 世代 )
お住まい地域( 東京都 ヨウカイ区 )
(それなんじゃ、という人はこの対話の会でとりあげてくださった二編の詩「ワタナベさん」と「ヨウカイだもの」が載った『ろうそくの炎がささやく言葉』勁草書房刊 をご覧ください。
ちなみにヨウカイとは、自分たちを疑いもなくまっとうな人間と信じて疑わない人々(以下、ニンゲンと表記)に、なんらかの理由で自分たちとは違う、受け入れがたいと考えられ、そのことに苦しみ、受け入れた存在のことを呼ぶ名として、水木しげるさんの漫画から引用したものです。
ヨウカイはニンゲンと異なるらしいですが、いつもニンゲンのまわりにいます。ニンゲンが気になる、じつはニンゲンがけっこう好きらしい。近寄っていってはやられて、帰ってきてはまた近寄っている。ニンゲンなんてどうにでもなってしまえ、とか、攻撃してやる、というヨウカイはヨウカイ会議で問題視されるという噂も。
やれやれ、ヨウカイもラクじゃないわ。)
1, 参加動機をお聞かせください。
わたしが書いた二つの詩について、集まって長い時間お話になるらしい方々のことを聞き、こっそりのぞいてなにを話されているのか、知りたいとおもいました。二回目も行きたかったのですが、行けなかったので、福島の渡部純さん(こちらは実在の人物)に送っていただいた会の模様のご報告を拝読させていただきました。
一回目に論じられたのは「ワタナベさん」という詩でした。福島の原発事故について、関連会社勤務の自分は会社や政府が隠しているほんとうの話をすべきかどうか・どう考えても正しいとおもわれるけれど関係者の利益に反する可能性のあることをやるべきかどうか・迷っている、という設定のワタナベさんを相手にした詩を、福島にじつは多い名字だというワタナベさんのひとりがお読みになり、なにか感じられた、ということでこうした会をお開きになると聞き、おどろきながらまいりました。
2,あなたにとって、どんな体験でしたか。
おもしろいこと、つらいこと、怒りがこみあげること、いいたいこと、感心したこと、願うこと、がいろいろありました。
3,発見したこと、気づいたことはなんでしょうか。
東京が、福島や他の地方都市や人の少ない地帯とはまるで異なる、なんとなく無関心でいい思いしたいだけの連中の集う場所だ、という考えがあることに気がつきました。もちろん東京の人全員がそんなだとは、みなさん思っておられないと思います。でも、そんな空気がきっと色濃くあるんじゃないかな、という感覚が、福島に行ってみて、あるいは他の地方に最近行ったときにも、感じられました。
なんとなく無関心でいい思いしたいだけ(してるかどうかはまた別)ってのは、東京だけでなく、日本全国、いや世界中の主流かな、と思います。多分福島にもいっぱいいるんじゃないかな。
そして、そうじゃない連中も、日本全国、きっと福島にも、少数派だとしても、いると信じています。
最近よく北海道のちいさな町に行くんですが、そこで地元の人が分けてくれるお野菜のすごい充実ぶりに、驚嘆しました。味も鮮度も、東京のスーパーマーケットのものとは同じ野菜とは思えないほど生命力があり、おいしい。家賃は安いし、食材がすごく豊か。現金がそんなになくても暮らす方法がある。東京にいらした沖縄在住の作家が最近こうおっしゃいました。地元の人は東京の人はいい思いしていると思いがちだけど、東京に出てがんばっている方々の話を聞くと、別の種類の大変さがあるんだってことがわかるよね。うん。とわたしはうなずきました。
わたしが教えている学生は主に大手私大の学生ですが、裕福な家の子なんてごく一部です。奨学金という名の学資ローンや、もっと利息の高いローンを背負っている学生・家族が多いです。非正規労働者の親や、片親家庭もすくなくありません。東京の下町区とかどまんなかの谷間・隙間地帯(いっぱいあるよ)に住む、多くの激貧困層や、大多数のぎりぎりやってる層は、野菜の産地なんてかまっちゃいられません。忙しくてお金もったいなくてコンビニのお弁当やチェーン食堂のお昼しかしか食べられないサラリーマンも、なんでも食べてます。紙製品みたいにがびがびの格安スーパーの野菜とか、薬づけのへんな味のお惣菜、栄養と害と半々じゃないかってかんじの大量生産のお菓子を、わたしの学生も日々、食べてます。地方出身者が多いのはこの町の特徴ですが、一部屋だけのちいさな賃貸住宅の家賃は、世界でも一、二の高額です。朝のラッシュ時の池袋駅で、スイカをぴっとやってチャージ不足で三秒、列を遅らせるだけで舌打ちされ、こづかれ、足が止まれば鞄ごと体当たりされてどけ、どけ、遅いやつはどけろ、邪魔なんだよとあからさまな不愉快周波が飛んでくる中を必死で券売機に向かうことになります。ちびまるいおばさんなんか、通りすがりにストレスをぶつけてやってもどうせ怖くなんかない、いいサンドバッグだとおもうらしい人は多いです。
別種の危険や困難、暴力や圧力を、東京の多くの生活者が日々経験しています。いい思いなんてしてる連中はほんとの一部です。そういうところばっかりテレビで流すから、あっちは、みんなこんなんだろうと思うんだと思います。住んで働いてみたら、すぐわかります。東京在住者のほとんどは、どこからか仕事を求めて住み着いた被雇用者、畑なんて夢にも持てないから(この町じゃまだ、木が一本生えるだけの地面を持っていることがものすごい幸せです。これから空き家が増えても、なかなかそれは変わらないかも)お金がなきゃそのまんま死んじゃう暮らしをしている賃金労働者です。ネットカフェで暮している人々が4、5千人います。非正規労働者がほとんどです。
そして、こっちのほうが大事なんだけど、福島と東京やその近郊、埼玉や千葉や茨城や栃木は、一蓮托生です。水も海も空気も野菜も共有してますから。近い近い、ほぼ同じ土地で生きてる隣人です。
つまり、福島のことは東京で暮らすもののことです。他人ごとだ、なんていってるとしたら、目をつぶって見ないことにしたってだけです。日常をやりすごすために忘れたふりしてるだけです。それか、どあほうです。
非難されても帰れっていわれても自分から胸張って大声でなんかいわないかぎり、いない人にされちゃう、反対意見ありませんね全員同じ意見ね、はいみんなにこにこ一致ねっていわれちゃう。そういう社会に、気がついたら生きていました。そこでは大変にやりにくかった。わたし、ほんとうは社会になんて関わりたくないです。隠遁したいです。自分がおもしろいことだけやって、家でみかん食べてあったかくしてたいです。でも、それはできない相談です。ご飯食べたりお医者さんに払ったり、水や電気、屋根の下で息してるだけでお金をとられます。働かないとお金がもらえない。でも、それだけが、外へ出ていく理由じゃない。万いち年末ジャンボが当たったとしても(万いちじゃなくて何兆いちだとおもうけどね)、屋根の下で息してるだけで世界のいろんなことと関わっちゃってることは変わらないでしょう。いろんなことが、みんなつながってることに、あるときわたしは気がついたんです。だから、わたしはこたつから出て、外に行くことにしたんです。
わたしは雑音(ノイズ)でありつづけようと試みています。ときどき壊れて無音になっちゃいますが。みんなと同じじゃないやつは変なやつだからいじめていいんだ、おれの苦しみを弱いこいつに多種多様な暴力としてぶつけていいんだ、勝つことが、負かすことが生きるということなんだ、と考える人がこんなにたくさんいるチミモーリョー世界の中で、うるさいなあ、へんな声するなあ、なんだあこれ、といわれる、ちっちゃい雑音発生器でありつづけたいんです。それでなにかできるとか、変えられる、なんて信じてはいないです。それほどノーテンキじゃいられません、いまの日本で。でもノイズがひとつもなくなったら、しーんとしちゃったら、この国はまっしぐら全体主義一億再戦争モード突入原発どんどん原爆どしどしの可能性ありありじゃないですか。最近いろんなとこでそのことを感じます。いやだよう、といってる人がひとりでもいました、って話にするために、なにかいい続けます。嫌われます。毎朝死にたいなって思って起きます。でもご飯食べて、よっこらしょとまたノイズになります。
ワタナベさんにこらワタナベとどなってる詩を書いたのは、そういうことです。
みんなにそうしろなんていうつもり、ありません。でもノイズがそこにいるのはうるさいけどいいことだよね、とときどき微笑んでくれればなって思います。ワタナベさんにお手紙書きつづけようと思うのも、そういうことです。わたし自身がワタナベであり、ワタナベの上司であり、かれらに怒ってる誰かでもある。ワタナベさんのことは、わたし自身が毎日やってる死なないための闘いのことなんです。
こんな詩、なんですか、ってかんじの反応をもらったこともありました。でも身近に、かなりの数、じつは驚くほどたくさん、こらワタナベ! とノイズを立てたいひとたちがいることにも、気がつきました。福島の集まりは、そういう気づきの連続の中の、新しい喜びでした。
4,日常生活、仕事、暮らしに何か活かせるコトはみつかりましたか?
これからこの会で感じたいくつかのことを、書こうとおもっています。どう書こうかな。それを考えています。同僚の勝田忠広先生(使用済核燃料管理問題がご専門)にもこの会のことをお伝えしました。偏らない、ということはごまかさない、ということだと信じています。まっすぐ福島の抱える困難に目を向けられる次世代が育つよう、この会で感じたことをまた別の機会にも話したり考えたりしていくことができればとおもっています。
5,ファシリテーターに提案やリクエストはありますか?
司会がとてもすばらしかったです。桐山さんにお願いしたい仕事をいくつも考えたほどでした! こうしたこと、つづけていただければとおもいます。
6,対話をするテーマへ、注文や提案はありますか。
自分のことを考えるために、自分とは関係ないと常日頃はおもっていた、よっぽど遠い地について考えることが、じつはとても役に立つ、とわたしは思っています。これはわたしが専門にしてきた比較文学とか比較文化っていう研究領域の得意技のひとつです。よかったらやってみたらどうだろうと思います。
フランス政府による太平洋での原爆実験の被害者(タヒチほかポリネシアの人々)がいらっしゃいます。フランス領ポリネシア、というように、あのあたりはいまでもフランスの海外領土なので、自国で実験をしてなにがわるい、というのがフランス側の論理でした。先日タヒチから、ライ・シャズさんという作家がわたしに会いに日本にきてくれました。家族や友人を多く、がんで亡くしたそうです。とくに妹さんが亡くなった後、自分の体調が気になってしかたないといってました。デトックスの旅で、長男家族がいるタイに出かけて、日本でも都市ではなくきれいな水のある場所に行きたいとおっしゃいました。タヒチってハネムーン・リゾートってイメージですよね。わたしが行ったときはホテルが高いのでライさんの家に泊まって、裏山のバナナ食べ放題でした。海も美しくて、パリから観光客がきます。でも、地元の人はじつは大変な気持ちを抱えている。
オーストラリア中央砂漠におけるイギリス政府による原爆実験の被害者(先住民族、とくにピチャンチャチャラの方々)もいらっしゃいます。有名な訴訟事件に発展した、大変な汚染の実態は、日本ではあまり知られていません。オーストラリアの壮大な大自然の一部がひどく汚染されている。その被害は現在も終わったわけではない。ウラン鉱山がある国ですから。鉱山で掘ってる人、そこから流れる水、そもそもの最初のところから汚染が始まる、それが現在の原子力利用です。平和利用だろうが軍事目的だろうが、それが実体だということを、誰も否定できない。否定する方はウラン鉱山に住んでご覧になったらいいです。そういうとみなさん黙って立ち去られます。
ニュークはニューク、いまだに人間が管理コントロールできない毒。科学がこれを分析し、どのようにコントロールできるのか、解明していくことは非常に大切で、待たれる研究です。すでに甚大な被害があるのだから、喫緊の案件です。しかし、それさえもなされないままに、福島の事故をみてもはやコストパフォーマンス的にもどうやら見合わない原子力発電を停止したり廃止しようという国際的流れに逆らって、昨今の太平洋プレートの活発な活動と地震の連続も無視するかのように、日本政府は再稼働を検討しているのだ、というと、アボリジナル・コミュニティの長老は不思議そうにいいます。でも、日本はテクノロジーが発達しているんだろう。トヨタの車や立派なエアコンをつくれる人たちが、なぜ壊れてばかりで暴発したら大勢が死んでしまうような毒が出る危ない機械をつくりつづけるんだ。先住民族の方はよく知ってます。ウラン鉱石があるところは聖地だった場所が多い。触れてはならないものがあるのだと、数万年の知恵が語っている。いまそれに耳を傾けているのは、鉱山会社です。そういう物語があるところに、鉱石がある確率が高いのだそうです。
ソ連・チェルノブイリ原発事故における知られざる被害者として、エストニア(当時ソ連邦内の共和国、ロシアに隣接)等周辺国から事故現場に派遣された労働者たちもいます。直後の雨はロシアやウクライナだけでなく、バルト地方にも降り注いだそうです。放射能には県境も国境も関係ないです。福島って書いてあったら危なくて別の県名だったら安全っていうのは笑うしかない話です。ひとつひとつ、きちんと情報を開示して逃げないつよさを、むしろ旧ソビエト連邦なんて隠ぺいやスパイ工作ありありの国から、日本人が学ぶ日が来るとは思ってなかったです。でもそれが現状ではないでしょうか。
さらに、アメリカ合衆国の核廃棄施設や、原発近辺の先住民族居留地の人々。アフリカ中央のウラン鉱山の周辺住民の方々。世界中のたくさんの地域で、声のちいさい、立場の弱い方々に、恐ろしいことを押し付けて、見ないふり知らないふりをすることが、行われています。福島だけではない。そう、福島だけじゃないです。たくさんそういうところがあります。世界中が、調べれば調べるほど、汚染されています。安全なところなんて、ほとんどないってわかります。相対的な安全性しか、ないんです。です。どっちのほうがまだましか、ってことだけ。この現実、どんなにつらくて見ないふりしても、人類にすでに降りかかっています。見るほかない。それが唯一の対策、対策の入り口だから。
危険は放射能だけじゃないですよね。農薬、遺伝子組み換え、よそに売るもので自分たちのものじゃなきゃ平気、だから薬づけにして見た目だけきれいならいい、そういう現状が、大量生産される食物産業にあふれていることは、『ありあまるごちそう』『世界が食べられなくなる日』といった映画を何本か見れば、誰にでもわかります。遺伝子組み換えと原子力も、因果関係は深いそうですね。
ちょっと世界を拾い読みするだけで、福島の困難は世界中で分かちもたれてるんだってことがわかります。これ、全部グローバル化世界に生きるわたしたちの毎日の生活やごはんのことです。他人ごと、なんていってる人は愚かものです。これらすべてが、自分のことです。福島も、タヒチも、ピチャンチャチャラも、かれらと同じ海、雨、風、雲を地上で分かち合うわたしのことです。
だからこそ、ひろくたくさんのつながりの中にいる自分を、再発見するべきなんじゃないでしょうか。自分の苦しみに狭く集中することが、自分の場所を見えなくする、じつは自分のことをわからなくしちゃう、解決策をふさいでしまう、そういうことってあるんじゃないかとおもいます。似た苦しみに立ち向かっている人たちとの連帯は、具体的に立場をつよめるのにも役に立ちます。自分を知るために、「外の仲間たち」のことを学ぶことが、とても大切だとおもいます。