第1回『「政治」の危機とアーレント』を読む会のレジュメを仕上げましたので、参考にして下さい。
当日は、これをもとに渡部の方から簡単に概要を説明していきながら、皆さんと議論していきたいと思います。
ちょっとこれだけの量となると90分で収まるのか微妙ですが、そのあたりは皆さんとの議論の時間を多めに取りつつ、焦らずに進めたいと思います。
市民同士の読書会ですから、アカデミックな哲学的抽象的議論に拘泥するのではなく、できるだけ身近な経験や状況を佐藤和夫/アーレントの言葉を手がかりに理解していきましょう。
この会の目的は、既に告知しました来る2月24日(土)に開催される「佐藤和夫氏と一緒に語る会」へ向けて、本書の意義と疑問点を皆で話し合いながら明確にしていき、それらを語る会本番で著者へぶつけながらアーレント思想の今日的意義をつかんでいこうというものです。
もちろん、報告者の渡部が本書をすべて理解してるわけではありませんし、参加者の疑問に答えるのは筋違いでしょう。
したがいまして、くり返すようですが、この読書会を通じて著者である佐藤和夫氏への質問・疑問点をまずは皆さんで明確化していくことが第一の目標となります。
よろしくお願いいたします。(渡部 純)
第1回佐藤和夫『〈政治〉の危機とアーレント』を読む-「はじめに」・「第1章 時代の転換とアーレント」- 報告:渡部 純
はじめに
(1)本書の二つの目的
①アーレント『人間の条件』を新たな視点から解読する
・これまでのアーレント研究では全体主義との関連が明確にされてこなかった
「政治」と「経済」の癒着・自己利益への疾走が人々の「孤立」生む問題
政治的協同の破壊が思考停止を生む問題
・アーレントが強調した政治的協同としての「活動」の位置づけが明確ではない
「労働」・「仕事」・「活動」の分析と公的領域と私的領域、社会的領域の区別の意味
②今日の世界における政治的危機と文明の転換の必要を『人間の条件』から読み解く
・今日、人権と民主主義を実現するはずの欧米で排外主義が蔓延するのはなぜか?
近代ヨーロッパの社会構造と文化そのものにその本質的な原因が潜んでいる
・「地球市民」という理想と現実の落差
グローバリゼーションにおける「世界市民」の理想と欺瞞
(2)アーレントが痛切に危惧したもの
① 人々が利害に関係なく協働して関心をもち、語り合う「公的な共通世界」の衰退
② 利害をめぐる「社会(例:市場社会)」にとって代わられ、「孤独な大衆」が生まれる
③ 世界の中で私的に自分の居場所をもちうることが目に見える形では失われる現実
④ 現代科学の楽観主義…科学の歯止めのきかない過程的性格
⑤ 他者と共生する世界への関心の喪失…〈地球疎外〉と〈世界疎外〉
(3)アーレントの問い
このような状況が生まれたのはなぜなのか?それは「人間の条件」の変容といかに結びついているのか?
第1章 時代の転換とアーレント
1.アーレントはなぜ難しいのか
(1)アーレントの「政治」概念の独創性が、われわれが用いる17・18世紀の近代思想の概念とは異なるため
アーレントの目的は現代では忘れ去られた「政治」の概念を古代ギリシアから掘り起こすことにある!
(2)『人間の条件』(1958年)が書かれた時代背景
冷戦構造における政治・経済構造の危機と戦後復興の順調な経済成長(1945~1989年)が併存した
⇒戦後の政治・経済システムの結合は国民国家の民主政治と矛盾しなかった!
⇒しかし、冷戦崩壊後、国民国家による豊かさの保障物語と西欧の人権・民主主義的価値が崩壊してしまった!
※これはワイマール期からナチス政権への変貌とシンクロする
(3)近代西欧社会思想に内包される全体主義の要素
なぜ、マルクス理論は全体主義と結びついたのか?(1952~53年の研究)
近代政治・経済思想を民主主義の発展と一元的に捉える政治理論の限界
⇒近代民主主義思想は独裁制を批判できるが、全体主義とつながる民主主義の要素を見えなくする
2.アーレントが生きた時代
(1)若きアーレントを取り巻く危機的状況
① 若いころ、文学少女のアーレントは政治に無関心だったが、その背景では第一次大戦による膨大な戦死者や帰還兵のトラウマ、ドイツ敗戦と法外な賠償金という深刻な問題があった。
② 虚構の「黄金の二〇年代」…民主主義の建前とテロの蔓延や政権交代のくり返し
中産階層に民主主義や議会制への不信を増大させた
⇒「共和国をむしろ重荷と感ずるようになり、上からの強力な支配に救いを求める人が増えたのである」(p.29)
※個人の意思ではどうにも手に負えるとは思えない状況があった
(2)冷戦崩壊後の今日と世界経済の危機
① 1929年の世界恐慌と2008年のリーマンショック
金融資本主義と先進国の経済成長の限界
グローバル化と国内生産消費を基礎とする産業構造の限界…先進諸国の国民の不要化
② 福祉国家の危機と排外ナショナリズムの高揚
70年代までは経済成長を基礎に、財政赤字を憂慮せずに福祉政策を推進できたが…
③ 経済危機の深刻化と社会保障財源不足がもたらす問題
保守/革新に関係なく、政権交代で財政赤字を解消できず、経済政策の破綻を緊縮財政による増税や社会保障の削減によって埋め合わせる政策しかとれなくなった
どの政党に投票しても同じ!(「脱政治の政治」状況,ブルデュー、ヴァカン)
悲しい先例:ワイマール共和国においてナチス政権が生み出された
3.「社会」への強烈な危機意識とプレカリアートの時代
(1)これまでのアーレント解釈の前提―アーレントのわかりにくさの原因
① 経済問題抜きの〈政治〉を語るアーレントは「非現実的」と読まれてきた cf:ハーバーマス
戦後、先進諸国が経済発展を基礎に社会政策を重視し、社会福祉を積極的に政治課題として展開できる時代に読まれてきたため
経済成長を前提とする行政措置を、無批判に住民が受け入れる政治意識 cf;沖縄、福島
② アーレントが読まれていた時期
政治と経済が矛盾せずに経済成長が政治的積極性も可能にすると期待されていた時代
いったん深刻な経済危機に陥ったときに排外主義や全体主義へ向かう危機の認識が欠如
(2)アーレントが「政治」の名の下に擁護しようとしたもの
経済的利害から自由な次元(公的領域)で人間たちが互いの違いを認め、共同で語り合い、「活動」する「政治」の人間にとっての意味
政治空間に利害関係や支配・服従関係が入った途端に「政治」は経済的利害=「社会的なもの」に浸潤され消失していく
「政治」と「社会」は区分されなければならない…全体主義への警戒
a.近代「政治学」との根源的距離
(1)近代政治学の政治概念は「安全保障」のための「統治」を意味する
① 「私的所有」に対するホッブズ・ロックとの齟齬
ロック:私的所有のさらなる保有と拡大の正当化のために貨幣を導入する富の増大の論理が、結果として支配機関としての国家を肯定する
アーレント:自分らしく生活できるために「小さな持ち分」(財産)としての「私的所有」が必要
※政治の「前提」のために支配と従属をやむを得ない
② 「自然状態」の暴力を免れる(安全保障の)ために国家を樹立することは「政治以前」のもの
③ 生活の安定と保障の議論する近代政治学の前提を疑え!
(2)「社会」による平均化・画一化において、いかに一人の人間として希望を失わずにいられるか?
① 「暗い時代」にも全体主義的な文化に破壊されない人間の生(ビオス)は可能か?
「社会的なもの」…物質的増大と国家規模の経済的成功に国民が動員されていく現代の傾向
② 科学的とされる心理学・統計学に基づく政治学による画一化された行動パターン分析にすぎない
近代は人々の「動物的部分」を重視し、個々人の唯一性のはく奪してきた
(3)「政治的なもの」とは何か?
①日常的な有意味性が露わになるのは例外的な「偉業」の中においてである
Ex;ビロード革命、プラハの春、
②「政治的なもの」は「経済的なもの」に還元されない運動において現れる
Cf;政治的次元の事柄を経済で判断するオリンピック開催、人類存亡が問われる原発の経済性
③「政治的なもの」とは何か?…Wherever you go, you will be a police.
「ポリス」は一定の物理的場所を占める都市国家ではない。
それは話し合いと活動に参加する人と人とのあいだにできる空間である
こういう空間はいつも存在するとは限らない。
この空間は、この空間を生み出している運動が続いている間にしか存続しない。
b.政党政治の経済化
(1)アーレントの議論は経済問題にどう対応するのか?
① 「政治」の「経済」への従属化に対する警告として捉え返す
「政治」の問題を生存の問題に従属させることは、「政治的なもの」が成り立たなくなる
② フーコーの「生政治」の議論…国民の生命維持・管理を欲望する国家権力
⇒70年代フランスの「社会市場経済」の問題
(2)アーレントが強調する二つの点
① 資本主義でも社会主義でも、工業社会によって所有を奪われた大衆がどうやったら自分らしさを取り戻すことができるのか?
② そのためには、「政治の権力と経済的権力の分離」が行われなければならない
4.「私的なもの」の意味
(1)自分自身の私的な場所をもたないことは、もはや人間でないことを意味する
古代:公的場所での政治活動のための前提⇔近代:私的な富の多さが市民的資格や豊かさを意味する
「私生活を自分らしく確立し守ること」がなければ公的生活が成り立たないとの考えをもたなかった。
「私有財産」…「自分らしくあるためのプライヴァシー」⇒「排他的で私的に所有された富=カネ」
(2)全体主義出現の前提
① 近代の過程全体が「自分らしくあるためのプライヴァシー」の剥奪の過程をとらえずに、富の増大のためにはやむを得ないと考えた資本主義の問題
経済成長のさなかには貨幣収入こそ安定した空間の確保に最も確実に見えた
② 現代への若者の根本的不安とは
自分の存在の無用感、「余計もの」という感覚、根を奪われた「根こぎ」の存在
自分が自分らしくあっても、この世界は私を必要としてくれているという感覚の喪失