ちーむ☆ものくろ

黒色ダップー犬と飼い主の日々のつぶやき。
ときどき白黒ネコと茶色の犬の話も、ね。

あの日のこと

2021-03-11 | 日常・つぶやき

今日。

東日本大震災から 10年目。

あの日のことは今も 覚えています。

 

2011年3月11日。

ゆうら家地方 湘南は快晴でした。

今と同じ 花粉の季節で 私は午前中 耳鼻科に花粉症の薬を処方してもらいに行きました。

ゆうらさんは 用事があって我が家に来た私の母と一緒に 留守番をしていました。

耳鼻科が混んでいて 家に戻ったのはお昼すぎ。13時ころに帰宅して。

母と一緒にお昼ごはんを食べ しゃべりながらくつろいているときに 地震が起きました。

最初は「あれ? 私 眩暈がしてる?」と思ったんです。

でも部屋の電燈を見上げると揺れている。「地震だ」と気が付いた時から 大きく揺れ始めました。

地震が大嫌いな母はすぐに大騒ぎ。

私の「落ち着いて」という言葉なんて耳に入らず 外にでて行ってしまう。

それって危なかったりしますよね。

「屋根のないデッキの真ん中にいて!」と私は言いながら ゆうらさんにハーネスをつけました。

ゆうらさんの顔は ものすごくひきつっていました。恐怖でいっぱいの顔。

母が騒ぐもんだから 怖さが増していたように思います。まったく動けずにいたけれど。

ふいに我に戻って 私に必死に抱っこをせがんできました。

もちろん抱き上げて その頃まだ存命だったクーさんのところへ行きました。

クーさんは和室のこたつの中にいたのです。

掛け布団をめくって様子を見たら クーさんも緊張感で固まっていました。

猫がいったん外にに出てしまったら なかなか見つけられなくなる。

「クーちゃん そのままそこにいるんだよ。大丈夫だから」と声かけて

和室から出ないように扉を閉めました。

揺れはなかなか収まりませんでした。縦揺れ 横揺れというような地震ではなくて。

地面が大きくまわっているような揺れでした。

揺れがピークの時には ゆうらさんを抱いてバランスをとりながら

立っているのがやっとでした。

今思うと「回る揺れ」だったせいか ガタガタと家具や窓が揺れる音はしなかったと覚えています。

音がない 静かな 大きな揺れ という印象です。

ようやく揺れが収まって 家の中を見まわったけれど。

そんな揺れ方だったせいか 家具も前からストッパーで留めてあったし キッチンの吊戸棚もストッパーが効いて

扉は閉まったまま。

クーさんもちゃんとコタツの中にいてくれて なんの被害もなく済みました。

 

しばらくしてから 母と実家の様子を見に行きました。

クーさんを再び和室に留め、ゆうらさんは一緒に連れて行きました。

この日 ゆうらさんは私から離れようとしませんでした。それほど怖かった ということでしょう。

母はこの時 実家にひとり暮らしで どうしても家が心配で帰る と言い張ったんですが。

ひとりでは帰せないし きっと余震だって来るだろうから とりあえず見に行き 大事な物だけ持って

当分我が家で暮らすという約束にして・・。

実家も そのご近所さんもみんな無事。母はしばらく我が家に避難すること ご近所さんに告げて 戻りました。

電話やメールがつながりづらくなりました。

そりゃそうですよね。みんなが一斉に大切なひとの無事を確認するのだから。

しばらくしてオットさんと電話がつながって お互い無事とわかりました。

オットさんは帰宅しようと 観光地にある職場を一旦はで出たけれど 

一斉に帰宅しようとする観光客等の車で大渋滞。

途中停電で信号機故障なんてこともあったようで さらに大渋滞。

帰宅をあきらめて職場にもどったのでした。

夜には 続々とテレビのニュースで あの津波の様子が流れ始めて。絶句。

こんなことが起きるなんて・・・・・・・・

そのあとも 何度か来た余震で眠れない夜を 母と ゆうらさん クーさんと過ごしました。

我が家は海に近い。今あれほどの津波が来たら ゆうらさんとクーさんを抱えて 母を連れて。

私は逃げられるのだろうか。そんなこと考えたら よけいに眠れるはずはありません。

何事も起きないように 祈るしかなかったですが。

そんな状況で ひとつだけよかったなって 思ったこと。

ミュウさんが逝った後でよかった と。

高齢で足腰弱ったミュウさんを抱いて逃げること 私と母では絶対無理。

だからと言って 津波が来るかも知れないのに ミュウさんを置いて逃げるなんて 私にはできないから・・。

 

翌日も我が家の上は青空でした。

いつもと同じような晴れの日なのに なんだかとっても空がきれいだなって。

そんなこと いつも思ったりしないのに。

いつもそんなことしないのに 携帯で写真を撮ってた私。

青空に たぶん飛行機雲。きれいに映えていた。

翌日になって 心配してくれた親友 犬友達 ブログで知り合ったお友達から。

メールが続々と届きました。地震直後送信されたメールもありました。

私のことだけじゃなく ゆうらさんやクーさん 家族のことまで心配してくれました。

あの時は ほんとうにありがとう。

 

お散歩も翌日から行っていました。

歩いていると少し大きな余震がきて 道路が揺れる時もあったけれど。

それでもお散歩に行けて 犬友さんと会って話しながら一緒に歩けていました。

こういうことできるのって 幸せなことだねって言って・・。

ほんとうにそうだねって 犬友さん みんなが言っていました。

毎日当たり前と思っていることが 当たり前のようにできること。

同じような毎日の暮らしが 一番大切で いちばん幸せなんだってこと。

忘れないようにしたいです。

 

今も 苦しみ 悲しみが癒えない方は たくさんおられるでしょう。

穏やかな心が 穏やかな日々が 訪れますように。

 

震災で亡くなった方々のご冥福をお祈りします。