今日はおもしろ話はありません。写真もね。
めんどくさそうって思ったら、また今度のお越しをお待ちしています。
ミュウさんの介護をしていたころ。
夜中、2時間置きに起きて、寝がえりの介助をしていた。
クーさんはそれを静かに寝ながら毎日見ていた。
が、ある夜は違った。
突然なんとも表現しがたい声で鳴きながら、下痢状のうんちもしながら家中を徘徊した。
目や顔の表情がいつもと全く違う。違う猫のような顔つきになっていた。もしや脳関係の発作か。
「これは尋常ではない」と私は思った。あきらかに異常事態、緊急事態だと感じた。
お世話になっている動物病院は当直制度。
まずは病院に電話をかけるとその日の当番の先生が持つ携帯番号がテープで流れる。
携帯にかけると、自宅待機している先生が電話に出てくれる。
そして病院に駆けつけてくれるのだ。
みなさん近くに住んでいるので、10以内で来てくれる。
クーさんが発症したのは夜中の2時。
真夜中だし・・・なんて迷ってる場合ではない。即電話。
当直は女性の獣医さんでした。事情を話すと心よく「すぐ行きますので、そちらもすぐ来てくださいね」と。
クーさんをキャリーに入れて、真夜中、病院に向けてバイクで走った、私。
確か冬だった。あんな時間に、寒いのに、よく行ったものだと自分でも感心するが。
我が子のためならできちゃうものです。
途中パトカーが対面から来たときは、ちょっとビビる(汗)
だって女子が血相変えて、変な声がする箱乗っけてかなりのスピードで激走する。
どう見たって不審者だよ(笑)
呼び止められることもなく、病院到着。
点滴など色々していただいて、クーさんも落ち着きを取り戻した。
翌日、あらためて診療を受けることを約束。
「お互いすっぴんを見せてしまったわねぇ」と飼い主の私にも笑う余裕も出してもらって帰宅。
その女医さんは故郷に帰ったようですが、今もあの夜のことは忘れられないし、感謝しているのです。
翌日。担当の獣医師さんに再診療受けた。
恐れていた脳関係ではなかった。
「もう少し様子みてもよかったんじゃないかなぁ」とつぶやかれた。
このくらいで当直を呼び出すのも、みたいなことも遠まわしに言われた。
私は言った。
「先生たちは知識や経験があるから様子を見ても大丈夫なものか、緊急なのか判断できるでしょうけど。
飼い主の私たちは直感しかないんです。これはなにかおかしい、いつもと違うと思ったら「緊急」なんですよね」
医者と飼い主の立場の違い、とらえ方の違いみたいなものを感じた出来事。
人の場合だって同じことが言える。
埼玉県川越市に個人で夜間の救命センターをしているドクターがいる。
最近よくテレビで取り上げられているから知っているひともいるでしょう。
もとは大病院の救命センターの医局長。「たらいまわし」などの問題が起きるなか、救急医療の在り方に疑問を持って
億単位の借金までして機材をそろえて、個人でセンターを開いたドクター。
どんな患者でも受け入れる。決して断らない。ほとんど365日不休で仕事をしている。
昨日もテレビで流れていた。
喉の痛みと高熱を訴えている成人男性、あちこちの病院に電話をかけて診察を願ったが、「緊急性がない」と判断されて断られたとのこと。風邪の症状に似ているからだろうね。
でも本人は苦しいのだ。そしてこの川越のドクターの病院にたどりついた。
診察の結果は一刻を争う緊急性のものだった。気管がものすごく炎症を起こしていて、そのまま放っておいたら
あとわずか2、3時間で気管がふさがって窒息死だった。
私も過去、休日にかなり辛い症状があって、緊急体勢をとっている病院に電話をかけたことがある。
様子を話したら「緊急性がないので明日外来に来て」といくつかの病院でことわられた。
一日うなって我慢して、翌日私の主治医の個人病院にそれこそ這うように行った。
「我慢したなぁ、これ、救急車使っていいくらいだぞ。今度このくらい痛かったら救急車呼ぶんだよ」って言われた。
私の主治医も自分を頼ってきた患者にはとことん向きあう、助けようとするドクターなので。
そのあと、すべて手配してくれて、元気を取り戻せた。
今でもいろいろとお世話になり、「困ったときのドクター頼り」の存在。
主治医も「電話で話だけではわからないよね」と言ってますけど。
医者サイドの経験やらデータやらで判断されること多い。
似たような症状でも例外があるかもしれない、この気管の病気だった男性のように重大なことだったりすることも。
ひとの体は同じつくりだけど、症状はひとりひとり違うのだ。
川越のドクターが昨日テレビで言った一言。
ずっと私が思ってたこととおなじことを言っていた。
「患者が緊急と思ったら緊急なんです。でもそこにそれを理解する人がいなければ罵り合いになる」と。
このドクターは命を前にしたら罵り合ってる場合ではないって思ってるんだね。確信しているのよね。
緊急だ、いや違うと押し問答している場合ではない。
その人の命や生きる力を脅かしている限り、大きな原因はもちろんのこと、ささいな原因でも取り除く必要があるんだと。
私も最近の不調のために、主治医以外のドクター何人かと付き合う状況になっている。
とんでもないドクターにも出会った。またまた主治医の配慮でそのドクターとはさよならしたけどね。
病院に行く人は弱っているのです。体も気持ちも。
すべてのドクターが、病気だけ見るのではなくて、患者の不安もケアできる、そんなドクターであってほしい。
大きな病院は体制や規律やらがあって、個人の考えでは動きづらいのも事実でしょう。
でもせめて、弱った、心細い患者の気持ちに寄り添う心は持っていてほしいと思うのです。
川越の先生。
あなたのようなドクターがいることを知って、私はうれしい。
診療を受けることはありえないけど。
ありがとう。
頑張ってください。
でもご自分のお体にも気をつけてくださいね。
応援しています。
めんどくさそうって思ったら、また今度のお越しをお待ちしています。
ミュウさんの介護をしていたころ。
夜中、2時間置きに起きて、寝がえりの介助をしていた。
クーさんはそれを静かに寝ながら毎日見ていた。
が、ある夜は違った。
突然なんとも表現しがたい声で鳴きながら、下痢状のうんちもしながら家中を徘徊した。
目や顔の表情がいつもと全く違う。違う猫のような顔つきになっていた。もしや脳関係の発作か。
「これは尋常ではない」と私は思った。あきらかに異常事態、緊急事態だと感じた。
お世話になっている動物病院は当直制度。
まずは病院に電話をかけるとその日の当番の先生が持つ携帯番号がテープで流れる。
携帯にかけると、自宅待機している先生が電話に出てくれる。
そして病院に駆けつけてくれるのだ。
みなさん近くに住んでいるので、10以内で来てくれる。
クーさんが発症したのは夜中の2時。
真夜中だし・・・なんて迷ってる場合ではない。即電話。
当直は女性の獣医さんでした。事情を話すと心よく「すぐ行きますので、そちらもすぐ来てくださいね」と。
クーさんをキャリーに入れて、真夜中、病院に向けてバイクで走った、私。
確か冬だった。あんな時間に、寒いのに、よく行ったものだと自分でも感心するが。
我が子のためならできちゃうものです。
途中パトカーが対面から来たときは、ちょっとビビる(汗)
だって女子が血相変えて、変な声がする箱乗っけてかなりのスピードで激走する。
どう見たって不審者だよ(笑)
呼び止められることもなく、病院到着。
点滴など色々していただいて、クーさんも落ち着きを取り戻した。
翌日、あらためて診療を受けることを約束。
「お互いすっぴんを見せてしまったわねぇ」と飼い主の私にも笑う余裕も出してもらって帰宅。
その女医さんは故郷に帰ったようですが、今もあの夜のことは忘れられないし、感謝しているのです。
翌日。担当の獣医師さんに再診療受けた。
恐れていた脳関係ではなかった。
「もう少し様子みてもよかったんじゃないかなぁ」とつぶやかれた。
このくらいで当直を呼び出すのも、みたいなことも遠まわしに言われた。
私は言った。
「先生たちは知識や経験があるから様子を見ても大丈夫なものか、緊急なのか判断できるでしょうけど。
飼い主の私たちは直感しかないんです。これはなにかおかしい、いつもと違うと思ったら「緊急」なんですよね」
医者と飼い主の立場の違い、とらえ方の違いみたいなものを感じた出来事。
人の場合だって同じことが言える。
埼玉県川越市に個人で夜間の救命センターをしているドクターがいる。
最近よくテレビで取り上げられているから知っているひともいるでしょう。
もとは大病院の救命センターの医局長。「たらいまわし」などの問題が起きるなか、救急医療の在り方に疑問を持って
億単位の借金までして機材をそろえて、個人でセンターを開いたドクター。
どんな患者でも受け入れる。決して断らない。ほとんど365日不休で仕事をしている。
昨日もテレビで流れていた。
喉の痛みと高熱を訴えている成人男性、あちこちの病院に電話をかけて診察を願ったが、「緊急性がない」と判断されて断られたとのこと。風邪の症状に似ているからだろうね。
でも本人は苦しいのだ。そしてこの川越のドクターの病院にたどりついた。
診察の結果は一刻を争う緊急性のものだった。気管がものすごく炎症を起こしていて、そのまま放っておいたら
あとわずか2、3時間で気管がふさがって窒息死だった。
私も過去、休日にかなり辛い症状があって、緊急体勢をとっている病院に電話をかけたことがある。
様子を話したら「緊急性がないので明日外来に来て」といくつかの病院でことわられた。
一日うなって我慢して、翌日私の主治医の個人病院にそれこそ這うように行った。
「我慢したなぁ、これ、救急車使っていいくらいだぞ。今度このくらい痛かったら救急車呼ぶんだよ」って言われた。
私の主治医も自分を頼ってきた患者にはとことん向きあう、助けようとするドクターなので。
そのあと、すべて手配してくれて、元気を取り戻せた。
今でもいろいろとお世話になり、「困ったときのドクター頼り」の存在。
主治医も「電話で話だけではわからないよね」と言ってますけど。
医者サイドの経験やらデータやらで判断されること多い。
似たような症状でも例外があるかもしれない、この気管の病気だった男性のように重大なことだったりすることも。
ひとの体は同じつくりだけど、症状はひとりひとり違うのだ。
川越のドクターが昨日テレビで言った一言。
ずっと私が思ってたこととおなじことを言っていた。
「患者が緊急と思ったら緊急なんです。でもそこにそれを理解する人がいなければ罵り合いになる」と。
このドクターは命を前にしたら罵り合ってる場合ではないって思ってるんだね。確信しているのよね。
緊急だ、いや違うと押し問答している場合ではない。
その人の命や生きる力を脅かしている限り、大きな原因はもちろんのこと、ささいな原因でも取り除く必要があるんだと。
私も最近の不調のために、主治医以外のドクター何人かと付き合う状況になっている。
とんでもないドクターにも出会った。またまた主治医の配慮でそのドクターとはさよならしたけどね。
病院に行く人は弱っているのです。体も気持ちも。
すべてのドクターが、病気だけ見るのではなくて、患者の不安もケアできる、そんなドクターであってほしい。
大きな病院は体制や規律やらがあって、個人の考えでは動きづらいのも事実でしょう。
でもせめて、弱った、心細い患者の気持ちに寄り添う心は持っていてほしいと思うのです。
川越の先生。
あなたのようなドクターがいることを知って、私はうれしい。
診療を受けることはありえないけど。
ありがとう。
頑張ってください。
でもご自分のお体にも気をつけてくださいね。
応援しています。