あも&サチアキの交換日記

どうやら交換日記が続いているようです(祝何年目?

生まれて初めて聞いた話

2023-06-05 | from:amo
昨日をもちまして
今年1回目のsachiaki展覧会は終了いたしました。
ご来場下さった方々には大変感謝いたします。

昨年12月にお話を持ちかけて、
1月に企画書を書き、
2月に企画が通って3月撮影、
4-5月を制作期間としたものの
わりとボンヤリと過ごし
ギリギリになってワーッと作成して
6月に入っての3日間の展示と
長かったのか短かったのか
不思議な時間軸にいたなぁ
などと感じているsachiakiです。

まぁ展示期間の話はおいおいしていくとして、
(忘れてしまってしないかもしれないけれど…)
昨日が誕生日だったあてくし、
展示物の搬出も大変なので
父に車を出してもらい
展示会場まで迎えに来てもらったんですよ。
で、必然「夕飯どうするの?」って話になり
待ってましたとばかりに
誕生日だからなんかいいもの食べさせてもらえると
思ってた!と正直に答えたところ
「じゃぁ焼肉行くか」ってことになって
人の金の肉は旨い!ってなってたんですよ。
そして久しぶりの親子水入らずの話の時に
自然と子宮がんになりかけた話になって
医者から「子供ができにくい体質」と言われた話をしたところ
父から出てきた言葉が
「生まれて間もない頃に腸がひっくり返ってた影響かもね」
というトンデモ発言が飛び出しまして
目ん玉出るぐらいビックリしてしまいましたw
私は生まれて来る時も臍の緒が首に絡まっていて
”母体を取るか子供を取るか”っていう瀬戸際で
たまたま帝王切開できる病院が
空いてたから生まれることができた
という話を聞かされていたのもあって
母には苦労をかけたのだなぁ
なんて思いをしていたのに、
腸回転異常症までやってたの???
ってホゲー!ってなってしまいました。
そして子供の頃に高熱をよく出す子だったのもあって
夜に緊急医療を受けることが多かった私の記憶と共に
普段は鬼のように厳しい母が
熱出したりちょっとでも具合が悪くなると
アホほど優しかったのもそのせいなのかもなぁ
なんてことを思ったりしたのでした。
弟も小児喘息だったり、小児アトピーだったり
Ⅲ度の火傷を起こして大変なことになったりと
男の子だけに頭を縫う怪我をしたりと
色々と大変だったんだけど、
体の弱さは私が圧倒的で
それで親が大切に育ててくれてたのかな?
なんて思ったりしたんだけど、
まぁ普通に長子で生まれてきた子が
生まれる時も大変なら、生まれてすぐも大変で
そのあともことあるごとに高熱出すっていうたら
そりゃ大切されるわなぁとシミジミ。

二十歳を過ぎて初めてインフルエンザを患った時に
夜通し遊び通す予定だった元ツレが
私がしんどいって言った時もあんまり聞いてくれなくて
結局熱がドン!って上がった時に
(インフルって本当にドン!なんですよねぇ)
慌てて病院連れて行ってくれてインフルが発覚し
私が実家に帰るってことになったんだけど、
まぁああぁ元ツレがガン怒られしてまして
なにもそんなに怒ることはないだろうって思ってたんだけど
一人娘だしなぁ〜ってその当時は思ってたんですよね。

そんな諸々のことを思い出して
生きてるのダルいとか、
あー死んでしまいたいとか
そんなことをホイホイ思ってしまったりするのは
やっぱ良くないねぇなんて考えてしまいました。
必死な想いで生かしてくれた両親のためにも
せめて両親がオサラバするまでは
ちゃんと生きてよう、と。

しかし腸回転異常症とはねぇ。
元会社の同僚?みたいな人のお子さんが
まさにそれだったんだけど
本当に大変だったのを覚えているので
そういったものを乗り越えた子供が
自殺とか事故とか寿命をまっとうしない系の
死に方をしたら目も当てられないなぁ
なんて思っちゃうのですよ。

どんな子だって育てた親は思い入れが強いんだろうけれどね。

そんなことを考えた誕生日の夜でした。

さて、今日から日常!
日常も頑張りますよぅ。
それではまた!モイモイ
コメント
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