智徳の轍 wisdom and mercy

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ケーマー

2008-05-04 | ☆【経典や聖者の言葉】


一 バドゥムッタラという名の勝者、一切の法において眼ある方であるグルは、今から十万カルパの昔に出現なさいました。
二 そのとき、私はハンサヴァティーの長者の家に生まれ、その家は、様々な財宝が輝き、大いなる安楽がありました。
三 その大いなる勇者のもとを訪れて、説法を聴き、それから清らかな信を起こして、私は勝者に帰依いたしました。
四 両親に頼んで、私は教え導く方を招き、七日間お弟子さん達と共に、飲食を差し上げたのです。
五 そして、七日を過ぎると、調御丈夫【じょうごじょうぶ】は大いなる智慧ある最高の比丘尼を、その第一の位に置かれました。
六 それを聞いて喜び、再びその大聖に供養し、頂礼してその地位を願いました。
七 それから、その勝者は私におっしゃいました。
「お前の誓願が成就するように。私のサンガのためにした供養は、お前に無量の果報をもたらすだろう。
八 今から十万カルパの後に、オッカーカ族の生まれで、ゴータマという名の師が、この世に出現するだろう。
九 お前は彼の法の中において、法によってつくられた後継ぎの子であって、ケーマーという名の、その第一の位の者となるだろう。」
一〇 その善をなしたカルマと思願によって、人の身を捨てて、私は三十三天に行きました。
一一 そこから没して、夜摩天【やまてん】に行き、そこから没して、兜率天【とそつてん】に行き、それから化楽天【けらくてん】に行き、他化自在天【たけじざいてん】に行きました。
一二 どこに生まれても、そのカルマによって、いつもそこの王の皇后となったのです。
一三 そこから没して、人間界では、転輪王【てんりんおう】や小国の王の皇后となりました。
一四 天界や人間界で福徳を享受し、一切の所で幸せな者となって、多くのカルパを輪廻したのです。
一五 そして、今から九十一カルパの昔には、ヴィパッシーという名の世界のグル、妙【たえ】なる眼の方、一切の法を観る方が出現なさいました。
一六 私はその世界のグル、調御丈夫のみもとに至り、微妙なる法を聴いて、出家者となったのです。
一七 一万年の間、その賢人の教えのもとに、梵行【ぼんぎょう】を行じて、ヨーガを修め、多聞【たもん】でありました。
一八 縁起を説くことに巧みで、四諦を説くことに恐れなく、聡敏であって弁をよくし、師の教えの実践者でした。
一九 そこから没して、私は兜率天に生まれて名声を得て、そこで私は、梵行の果報によって、他の人よりも優れていました。
二〇 どこに生まれても、私には大いなるもてなしがあり、大いなる財産があり、智慧があり、麗しい容姿が備わり、よく仕付けられた従者がありました。
二一 勝者の教えのもとで修行したカルマによって、私の一切の幸福はよく得られ、意の愛するところです。
二二 たとえどこに行っても、私の夫になった人は皆、私の果報によって、私を軽んじることはなかったのです。
二三 この賢なるカルパにおいては、バラモンの末裔【まつえい】であって、大いなる名声がある、コーナーガマナという名の、論者の中で最も優れた方が出現なさいました。
二四 そのとき、私はバーラーナシーのよく栄えた家に生まれました。ダナンジャニーとスメーダーと私の三人は、
二五 千金の価値あるサンガの園をお布施として、牟尼とサンガとに施したのです。布施者である私達は、精舎にと希望して。
二六 そこから没して、私達は皆三十三天に行き、同じようにまた、人々の間では最高の名声を得たのです。
二七 この賢なるカルパにおいては、バラモンの末裔であって、大いなる名声がある、カッサパという名の、論者の中で最も優れた方が出現なさいました。
二八 そのとき、大聖の従者は、最高の城バーラーナシーの人間の主、カーシ王キキーという名の者でした。
二九 私は彼の長女であって、サマニーとして知られていました。そして、最高の勝者の法を聴いて、出家を希望したのです。
三〇 私達の父が許さなかったので、そのとき私達は家で二万年の間勤精進して、
三一 幼い娘としては梵行を行じ、幸福に暮らしていた七人の王女としては、仏陀へのおもてなしを楽しみ、喜んだのです。
三二 その七人とは、サマニー、サマナグッター、ビックニー、ビッカダーイカー、ダンマー、スダンマーと、第七はサンガダーイカーでした。
三三 それは今生では、私、ウッパラヴァンナー、パターチャーラー、クンダラー、キサーゴータミー、ダンマディンナーと、第七はヴィサーカーのことです。
三四 あるとき、その太陽のようなお方は素晴らしい法をお説きになり、私は大縁経を聴いて、それを悟り知ったのです。
三五 その善をなしたカルマと思願によって、人の身を捨てて、私は三十三天に行きました。
三六 そして今、最後の有では、最高の城サーガラのマッダ国の王女となり、魅力があり、好かれ、かわいがられたのです。
三七 私が生まれるとすぐ、その城に安穏が訪れたので、安穏【ケーマー】と名付けられましたが、それは徳によって生じたのでしょう。
三八 私が年頃になり、美しい容姿が備わり、あでやかに着飾ったとき、父は私をビンビサーラ王に嫁がせました。
三九 私は大変彼に愛され、容姿を誇って喜び、色が過ぎゆくと説くからといって、大慈ある方のみもとにお伺いしなかったのです。
四〇 そのとき、ビンビサーラ王は、私を利するように智慧を用い、竹林精舎を賛嘆する歌い手を私の所に呼びました。
四一 「仏陀のおられる楽しい竹林、それを見ないで歓喜園を見たなどと、どうして言えましょう。
四二 人の歓喜の中の歓喜といわれる竹林を見た者は、甘露あるインドラの妙なる歓喜ある、歓喜園を見たと言えます。
四三 諸天は歓喜園を捨てて、地上に降り、楽しい竹林を見て、たいそう驚き、満足するのです。
四四 王の福徳によって生じ、仏陀の福徳によって飾られる。だれが、積まれた功徳のそのすべてを説くことができましょうか。」
四五 その林の立派なことを聞いて、私の耳は喜び、その王の園を見ようと思って、王に告げました。
四六 そこで、王は熱心に、多くの従者と共に、私をその王の園に行かせました。
四七 「行くがいい、大いなる富裕者よ。眼を楽しませる林を見よ。それは常に美しく輝き、善逝【ぜんぜい】の光明によって照らされているのだ。」
四八 そして、牟尼がギリッバジャに托鉢【たくはつ】に入られたとき、ちょうど私も林を見ようとして出かけたのです。
四九 そのとき、花咲く山麓【さんろく】は、様々な蜜蜂【みつばち】が歌い、ホトトギスが歌い、孔雀【くじゃく】の群れが舞い、
五〇 静寂で清潔で、様々な経行処【きんひんしょ】で飾られ、点在する房舎と仮堂【かどう】、そして、離貪【りとん】し優れたヨーガ行者がありました。
五一 巡り歩きながら、私の眼に果報があったと思い、また、そこで若い比丘が修行しているのを見て、こう思いました。
五二 「この者は、春のように美しい肉体があり、青春のさ中に、このような美しい山麓【さんろく】で暮らしている。
五三 樹下に座り、剃髪【ていはつ】し、袈裟衣【けさい】を着け、ああ、この比丘は、感官の対象から生じる楽を捨てて、瞑想するのだ。
五四 在家として、思うままに欲楽を享受して、老後にこの清浄なる法を行じなくてはならないのではないだろうか。」
五五 勝者がいつもいらっしゃる香房【こうぼう】にご不在なのを知って、勝者のみもとに伺うと、太陽が昇るようなご様子を拝見したのです。
五六 独り楽しく座ってあおぎながら、美女と一緒なのを拝見いたしますと、このように思えるのでした。「これは、悪い牛王ではないのか」と。
五七 その娘は、金色に光り輝き、口や眼は蓮華のよう、唇はビンバの実のような紅、ジャスミンのような容姿で、眼も心も喜ばすのです。
五八 その声は鈴を振るように聞こえ、乳房は鉢の形をし、腰は出て、お尻は優れ、胸は麗しく、その装飾も素晴らしいものです。
五九 真紅の肩掛けを羽織り、青く清らかな肌着を着け、飽きることのない美しい姿で、喜びをたたえています。
六〇 それを見て、こう思いました。「ああ、なんて美しいのだろう。どのようなときにも、私がかつてこの眼で見たことがないほどだ」と。
六一 ところが、彼女はそれから老いに襲われ、容姿は衰え、容貌【ようぼう】は変わり、歯は落ち、頭は白くなり、よだれを垂らし、言葉は濁り、
六二 耳は縮まり、眼は白くなり、けがれた体液を垂らし持ち、全身と足にしわは広がり、青筋は体に広がり、
六三 腰は曲がり、杖【つえ】にすがり、肋骨【ろっこつ】は出て、やせて、震えながら倒れて、ウンウンとため息をつくのです。
六四 それにはかつてないほどの怖れがあり、身の毛がよだちました。愚者が喜ぶ不浄の色は、なんと厭【いと】わしいことなのでしょう。
六五 そのとき、大悲ある方は私の心の怖れをご覧になって、心は喜び歓喜して、次の詩句を唱えられたのです。
六六 「病んで、不浄で、腐敗した体を見よ、ケーマーよ。漏れ出て、流れ出る、愚者が喜ぶ体を見よ。
六七 不浄において集中し、よく定を得た心を修習せよ。身の寂静について念じよ。しばしば厭離せよ。
六八 それはこのようで、これはそのようでと、内も外も身における欲念を離れよ。
六九 また、無相を修習せよ。慢派生煩悩【まんはせいぼんのう】を捨てよ。それによって慢は止息し、寂静となって、行ずるだろう。
七〇 貪欲に執着する者は、流れに落ちる。あたかも、クモが自ら作った網に落ちるように。
七一 実に、これを断じて期するところがない者は、欲楽を捨てて出家するのだ。」
七二 それから調御丈夫は、私の善き心を知って、私を教え導くために、大縁をお説きくださいました。
七三 最も優れた経を聴いて、あの過去世の想を思い起こし、そこにいるうちに法の眼を清めたのです。
七四 直ちに大聖の足元に頂礼して、これまでの過ちを発露し、ザンゲするために、こう申し上げました。
七五 「師に帰依し奉ります、一切見者よ。師に帰依し奉ります、慈悲の志ある方よ。師に帰依し奉ります、既に輪廻を渡った方よ。師に帰依し奉ります、甘露を施す方よ。
七六 無智の密林に飛び込み、貪欲【どんよく】に迷わされた私は、師の正しい方便によって教え導かれ、律を喜ぶのです。
七七 このような大聖を見なかったならば、貧しい衆生は、輪廻の大海で大いなる苦悩を受けることでしょう。
七八 私がまだ、世界の帰依処であり、煩いのないお方、死の果てに行ったお方、二つとない道理を見なかったときの、その過ちを発露し、ザンゲいたします。
七九 その大いなる利益がある願いを与えるお方を、利益がないと疑って訪れず、色を喜んでいたことを発露し、ザンゲいたします。」
八〇 そのとき、大悲あるお方である勝者は、妙なる声で、「立ちなさい、ケーマーよ」と、私に甘露を注ぎながらおっしゃったのです。
八一 そして、頂礼し右繞【うにょう】の礼をして戻り、王に会って、こう申しました。
八二 「ああ、あなたはこの正しい方便をお考えくださいますか。征服者は林を見ようと思いましたが、欲の林のない牟尼を見たのです。
八三 もし王よ、あなたがお喜びくださるのなら、このような彼の教えのもとに、私は出家したいのです。牟尼のお言葉によって、私は色を厭離いたしました。」
八四 合掌しましたそのとき、その大地の主は言いました。
「許そう、賢い女【ひと】よ。出家しなさい。」
八五 そして、出家して七カ月経ったとき、私は灯火【ともしび】の生起と滅尽を見て、心は感動し、
八六 諸行を厭離し、縁起の相に熟達し、四つの暴流【ぼうる】を超えて、阿羅漢【あらはん】の位を体得いたしました。
八七 私は神足と天耳界において自在となり、他心智においても自在となりました。
八八 宿命を知り、天眼は清浄となり、一切の漏は尽き果てて、もはやこの世に転生することはありません。
八九 義・法・詞、また、弁においても、仏陀の教えのもとに、すべてが清浄な智慧が、私には生じたのです。
九〇 私は清浄において巧みであり、論事において恐れるところなく、アビダルマの真理を知り、また教えにおいては自在を得ております。
九一 それから後、トーラナヴァットゥにおいて、コーサラ王に質問されて、深遠な問いに真理に基づいて答えました。
九二 そして、その王は善逝のもとで尋ねましたが、私がそれを説いたように、仏陀も同様に説かれたのです。
九三 勝者はその徳に満足なさり、私を第一の位に置いてくださいました。比丘尼の中で大慧において最上であり、第一であると。
九四 私の諸々の煩悩は焼き尽くされ、有はすべて断じられ、一切の漏は尽き果てて、もはやこの世に転生することはありません。
九五 実に私はよく至れる者です。我が最勝なる仏陀のみもとで、三明は体得され、仏陀の教えは実践されるのです。
九六 四無礙解と、またこれら八解脱と、六通を現証して、仏陀の教えを実践いたします。
――このように、ケーマー比丘尼は、これらの詩句を唱えたのである。