goo blog サービス終了のお知らせ 

blueswave 's MIND DROPS

まもろう憲法9条、生かそう憲法25条!

私は信じます。

2013-05-17 17:22:16 | 日記

  けさの朝日新聞の読者の投稿欄に89歳の男性からの次のような投稿が載っていました。

 「当時日本軍は、いかにその威力を持って他国の人たちの人権を蹂躙し、苦しみを与えたかを、橋下氏は認識していない。旧日本軍は明らかに慰安所を威力をもって支配していたのである。  学徒兵として太平洋戦争に参加した私は、ソ満国境の守備隊に赴任した。要塞のある虎頭は小さな町。そこから少し離れたところにある「完達」の町に慰安所はあった。新任の将校に与えられる任務の一つに、慰安所の巡察があった。  慰安所に連れてこられた女性たちは、みな朝鮮半島の人たちであった。朝鮮半島の女性たちは、慰安婦となることを強制された人たちだったと私は思う。戦争が終わり、慰安所にいた女性たちがどのような運命をたどったのかと思うと、胸が痛む。」

 

 当時の従軍慰安婦が国策で行われたことを示す文書がfacebookに公開されています。

 部外秘として警保局長から出された通牒ですが、「支那渡航婦女の取扱いに関する・・・」とあります。

 

 さらに、現地の様子を報告する文書も出ています。

 バリクパパン(ボルネオ島)に慰安所があったようで、設営後の状況として、「主計長の取り計らいで土人女を集め、慰安所を開設。(兵士たちの)気持ちの緩和に効果ありたり」、と報告されています。

 私はこれらの発言や資料を信じます。

 太平洋戦争を「聖戦」だった、と信じ、皇軍がそのような恥ずべき行いをするはずがない。でっち上げだ、と思う方はこのような事実を突きつけられてもまだそう言い張るのでしょうか。いいかげんに真実を直視すべきではないでしょうか。

  そして、このような出来事を実際に体験したり、事実を証明する文書なりを持っておられる方はまだまだおられるだろうと思います。世界平和と日本の名誉のために、二度とあのような過ちを繰り返さないために、投書の方のように勇気をもって発言や資料の提供をしてくださるよう、心からお願いしたいと思います。また、身近にそのような方がおられたら、ぜひとも背中を押してあげていただきたいと思います。

 

 なお、資料はfacebookよりシェアさせていただきました。ありがとうございます。

 

 きょうの1曲。働く労働者への応援歌。全員40歳以上というおやじバンド・怒髪天の「労働CALLING」

怒髪天 労働CALLING


小さなショック

2013-05-16 20:57:34 | 日記

  毎朝、NHKの朝ドラ「あまちゃん」を楽しみに見ています。今回のドラマは宮藤官九郎さんの脚本ということで、テンポもいいし、とぼけたおかしみが随所にあって、とても面白いです。

 きのうの放送の一番最後のところで、主人公の天野あきちゃんの祖父・忠兵衛が、それまで続けてきた漁師の仕事を引退して別の仕事を探す、という話になりました。実は健康診断の結果があまりよくなかったからだ、という事情のようでした。

 問題はその直後、です。

「忠兵衛は元気そうに見えても、もう67歳のおじいちゃんなんです」。

 ナレーションでそう言ったのです。

 私は今まさにその67歳です。 そうなのか・・・、67歳はやっぱりおじいちゃんなのか・・・。

 孫にとってはおじいちゃんでいいのですが、やはり自分ではまだまだ若いつもりでいます。それなのに、公共放送でこれほどまでにあからさまに「おじいちゃん」と言われてしまって、正直、小さなショックを覚えました。 自分を外から見たことがないのでわからないんですね。安倍首相も橋下氏も、一度ご自分を外から見ていただくと少しはマシになる・・・いや、ムリでしょうね。

 

 たまにはカンツォーネの曲を。この歌はおおらかな歌い方がが大好きです。 ミーナで「しあわせがいっぱい」。ミーナは「月影のナポリ」「砂に消えた涙」などの大ヒット曲を歌っていた人です。

MINA "Il cielo in una stanza"


ブログ友達の写真集に感動!

2013-05-16 09:28:52 | 日記

  先月、ブログを通してのお友達から、写真集を出版した、と案内がありました。写真集と言ってもグラビアアイドルではありません! 出版されたのはそれとは対極(失礼)のような、私よりもややご高齢の女性です。 坂田さんとおっしゃるその方は大変なご病気を持ち、痛みや体の変調とたたかいながらも幅広いご趣味を楽しまれ、社会変革の活動もされておられるようで、そのご様子をブログで知ってお付き合いさせていただいております。

 その方のご趣味の一つが写真を撮ることで、長年撮りだめた写真を整理し、古希の記念として写真集として出版することを思い立ったそうです。 私は案内をいただいて、一もニもなく喜んで注文しました。

 そして昨日、その写真集が届きました。「風になって」と題するその本は、表紙の写真も素晴らしいですが、ページをめくるとどの写真も美しく、また、添えられたエッセーもさわやかで温かみのあって素敵です。特に写真は、その繊細な感覚とたしかな写真の技術が結実した見事なもので、私がいい気になってブログにアップしているものとは月とスッポン。プロの写真家の作品と遜色ないような出来栄えで感動しました。

 ブログを通してこのような素敵な方とお付き合いができるようになるとは、思ってもいませんでした。

 

 きょうの1曲。この本の表カバーの写真から、私が持っているこのLPのジャケットを連想しました。色が緑、というだけかもしれませんが・・・。デオダートのこのアルバムの中から、「輝く腕輪とビーズ玉」。

 DEODATO - BAUBLES BANGLES AND BEADS デオダート~輝く腕輪とビーズ玉


じぇじぇじぇじぇっ!

2013-05-14 22:10:19 | 日記

  私はプランターにサニーレタスなどを植えています。このサニーレタスはけっこう丈夫で、葉っぱを何度も収穫してサラダなどに使っていますが、それでもどんどん葉っぱが出てきて、まだ使えます。ところが3日ほど前に強い雨風が当たって、根元から横倒しに倒れてしまいました。こりゃいかん、葉っぱを早く採ってしまおう、と思い、いつもより多めに採りました。

 水でよく洗い、まな板の上でザクザクと切り、手ですくって水を張ったボウルに移しました。

 ふと、まな板の上でなにやら動いたような気がしました。

 メガネをはずして、目を近づけてよぉく見てみると、

   じぇじぇじぇじぇっ! じぇっ!

 まな板の上で真っ二つに分断された小さなナメクジがひくひくとうごめいているではないですか!

 でもそこは老いたるとはいえ日本男児! キャアとかギャアとか騒がず、黙って平然と水で流し、サニーレタスももう一度水で洗って、深い洋皿に盛りつけていただきました。もちろん、帰って来た奥方にもそれを出しました。

 さすがにナメちゃんの話はおくびにも出しませんでした。これを読まれたあなたも、絶対に黙っていてくださいね。


ボクシング初観戦

2013-05-13 10:48:07 | 日記

  次男が長崎に帰って来るのをこの日にしたのにはわけがありました。中学生のころからの親友が高卒後上京し、プロボクサーになっていて、その彼の試合が初めて長崎である、というので応援する、という目的です。彼・川端達郎選手のことについてはこのブログにも何度か書きました。

 会場は長崎平和会館の3階ホール。会場は意外と狭く、リングがすぐ目の前でした。2階席には彼を応援する横断幕が掲げられていました。川端君を応援する中学校の同級生4人でお金を出し合ってつくったようで、4人の名前が入っています。次男の名前がトップになっていたので、なんで俺がトップなんや、とか言ってましたがまんざらでもなさそう。

 試合は8試合ほど組まれていて、川端選手は最後のメインイベントで6回戦。それ以外はすべて4回戦で、この日がデビュー戦という選手が何人もいました。 リングロープが切れてしまった、ということで治るまでの待ち時間に本日のゲストである具志堅用高さんがリングに上がり、あいさつしました。川端選手が所属するジムの会長さんです。

 試合開始が20分ほど遅れましたが、TKO勝ちがかなりあって試合進行が速く進み、ほぼ当初の予定通り3時ごろからいよいよメインイベントが始まりました。ミドル級ですのでパンチ力も強いのでしょうか、川端選手は左の眉毛の下がパックリ切れて出血。結局最終回手前で試合続行不能、となり、それまでのイニングの戦いぶりで判定となりました。結果は3人のジャッジ全員が川端選手が優位と判定し、3-0で勝利しました。

 ボクシング観戦なんて生まれて初めてで、なにもかも新鮮でした。デビュー戦という試合も迫力があり、選手の表情や息遣い、バスッというグローブが体に当たる音が実にリアル。 リングアナウンサーの声が素晴らしいし、レフェリーがスマートでカッコいい! カンカンカーンというゴングの音が意外に大きな音がするのです。そしてなにより驚いたのは観客です。わずか200人程度の観客ですが、ほとんどの方がボクシングとは無縁のような、選手たちの家族とか友人、同僚といった感じで、けっこうお年寄りもおられて、なんとなく平和的なんです。ボクシングの試合を平和会館でするなんて似つかわしくない、と思っていましたが、なんのなんの、平和な光景と感じました。 息子たち4人衆。息子のお嫁さんも紹介がてらお付き合い。具志堅会長があんな隅っこから弟子の戦いぶりを見守っていました。

 勝利者インタビューを受ける川端選手。トロフィーはまだこれが済んでから、という感じで無造作に持っています。

  試合が終わり、会館前の広場で川端君が出てくるのを待ちました。 彼の傷口は手当てがされていましたが、まだ血が流れだし、仲間の一人がハンカチで拭いてやっていました。 川端君はみんなが応援に来てくれたことにとても喜び、特にうちの息子を抱き上げるように抱き合って再会を喜んでいました。私に対しても、「ブログに書いていただきありがとうございます。あれを見た人から、川端さんていい人なんですね、と言われたりしますよ」と言いました。読んでくれているかわからなかったのですが、読んでくれてるんだ、僕だと気づいてくれてたんだ、と嬉しくなりました。

 横断幕を贈った4人の仲間たちとの写真を撮ってやりました。 特製のそろいのT-シャツを着ています。

 

 きょうの1曲。なんとなくこの曲あたりがこのテーマに合うような気がして・・・。ジミ・ヘンドリックスで「フォクシー・レディー」。