165：「ガサ入れ目撃」

今朝８時、いつもなら静かな我がブロックに似つかわぬ（少なくとも治安が劇的に向上したここ数年は）パトカーが停車していた。しかし急いでいたのでその時は素通りしたのだが30分後に戻ってきたらオマワリさんの数が物凄いことになっていた。それもフツーのNYPDではなく警部達がわんさか。建物に出入りしているトコロをみると捜査状を携行しての所謂「ガサ入れ」である。パソコンやらファイルやらをクルマに運び入れているではないか。

その家は旦那の幼馴染みの数学者の所有なのだが、数年前からここいらでは見かけない新顔を含めた複数の若者（サグですな）が頻繁に出入りしており、そのまた数軒隣にあるフォクシー実家の前でたむろっている「音楽系サグ」達とモメ事を起こしたり、すっかり「白く」なってしまったこのブロックにおける「サグ達の最後の抵抗」のようにも見受けられた。（日本の雑誌撮影用にモデルになってもらったりしてお世話になったんだけどさ）

その数学者は私も知っているのだが、穏やかな物腰で、中学生の子供を男手ひとつで育てている理知的な男だ。しかしストリートの噂では、彼が最近一回りくらい年下のサグ達を自宅の地下に招き入れ、勝手気ままにハッパを吸わせたりスタジオでデモ作りをさせたりと、なかなか快適な環境を提供していたそうな。旦那も誘われたようだがさすがに断ったとか。そしてそのうち常連となったサグ達はクレジットカードの偽造方法を入手し、彼の家は今やその偽造カードビジネスの拠点と化していた。そういや最近そこにたむろってるサグ達のファッションやクルマ（リムとかね）がイヤにアップグレードしてんな、とは思っていたが、偽造カードとは思いもよらなかったっす…。

しかし、証拠物件をさんざん押収されてしまった今、もうあの数学者も悪足掻きは出来ないだろう。中学生の息子の親権を手放して再婚した彼の元妻はもう既に新しい旦那との間に３人も子供がいる。旦那も小さい頃に算数の宿題を散々手伝ってもらった数学者はやっぱり牢獄行きになってしまうんだろうか。

クルマの中から成り行きを見ていたら前に駐車していたおベンツから出て来たフォクシーのママが「一体何事？」と聞いてきた。遅かれ早かれ例の噂がカノジョの耳にも入ることになるだろうから、私の口からは言うまいと思い適当に返事しておいた。

ちなみに駐車スポットを探しながらブロックを２周した我々夫婦も警察のレーダーに引っかかったらしく、ほんの数分の間に既にクルマのナンバーを元に身元調査されていたらしい。今日は地下鉄出勤の旦那がクルマを降りた途端に警部がやって来て「お前は○○（旦那の名前）か？」と聞かれたとか。IDと照合し、うちのクルマが盗難車でないこと、彼らが把握している偽造カードの関係者リストにうちの旦那の名前が無いこと（当たり前だ！）を確認したらすぐに「手間かけたね」と”釈放”された様ですが。

BKサグ界にも色々な度合いがあり、元々は荒れていたエリアの治安が向上すると共に警察のパトロールも増え、もう自分のブロックでは自由な往来が出来なくなったサグ達が、より「安全」なブロックを探して他のエリアに進出していく。まだ警察の監視がそれほど厳しくないところへ。しかし一向に治安の向上など見られないような「筋金入り」の荒廃地区はサグの凶悪度も桁違いで、「山の手サグ」が「下町サグ」にナメられるケースも多々ある。しかし今回の偽造カード事件の背景には、地元ブロックで対立グループともめ事を起こした「下町サグ」がしばらくは自分のブロックには戻れないため、切羽詰まって知り合いの縁を頼って「山の手サグ」エリアに非難していたという事実がある。その「下町サグ」がこの偽造カードビジネスを「山の手サグ」に持ちかけ、数学者の頭脳とインフラを利用して一儲けしていた、ということだ。なるほどね。

個人的にこの件についてどうのこうの、というのは無いが、ただその数学者にはいずれ太陽の算数の宿題を手伝ってもらえるかも、という淡い期待があったので残念だ。何なら宿題持って獄中に陣中見舞いかね。合掌。