青い星に住む私

30半ばで娘を出産し、まさかの海外移住。
持病の上咽頭炎とつきあいつつ、ストレスフリーな毎日を目指す私的日記。

別れ

2011-01-30 21:21:31 | DAY
今日、弟とお別れしてきました。


私の家族は、とても仲が良くて、親戚も、友人も、旦那さんも、私の家族を知る人は皆、感心をします。けれど数年前から、弟は、両親のもとを去りました。そして、弟の奥さんが待つ、台湾へ発ちます。


弟には、息子が一人います。私にとっては、甥です。彼は、日本で育ちました。数年前、弟の奥さんが一足先に台湾へ移った後は、両親と、私と、弟とで面倒を見ました。甥が家にやってきたのは、5年前。彼が生後一カ月だった時です。


家は、確かに仲の良い家族でしたが、私が子供だった時、母は育児ストレスがひどく、よく辛く子供につらく当たりました。もちろん、それ以上に愛情をたくさんもらったのですが、私の気持ちがある程度大人になるまでは、親の愛情をきちんと受け取ることができませんでした。そう感じる子供独特の、不安感や、自信のなさを持っていました。そうした私が、初めて生まれたてほやほやの赤ちゃん―甥―を見たとき、


小さな手、柔らかい肌、優しい匂い…どれをとっても子供は愛されるようにできていること、
ただ生まれてきてくれただけで、感謝したくなるような、愛らしい存在であること、
対面した大人は、どうすべきか戸惑い、精一杯尽くそうとするけれど、結果として不完全になること、


を感じました。
そして、この子がそうであるように、私もまたそうやって生まれ、育まれてきたのだということに、気づかれたものです。私はどんなに親に愛されて育ったのか、望まれた子供だったのかを教えてくれたのは、小さな甥でした。それからは、かわいがったり本気でケンカしたりしながら、ずいぶん年の離れた弟みたいにして、甥と暮らしました。


けれど、そのような生活は、もうお終いです。
家族と訣別する形で弟が去りく。そのせいか、近いはずの台湾が、とても遠く感じます。そういう風に息子が去ることを、父と母は、どれだけ辛く、悲しいのだろうと思うと、涙が出ます。また、そういう風に去らざるを得ない弟は、どれだけ辛く、寂しいのだろうと思うと、胸が痛くなります。


私は、人と上手く関わることができません。また、その努力を怠ってきました。弟にも、甥にも、できるはずの多くのことを、怠りました。なんて冷たくて自分勝手何だろうと、思います。けれど、弟はそんな姉に恨みごと一つも言わず去っていきます。


甥に当分会うことはできないでしょう。あのすべすべとした肌、かわいい笑顔、「ネネー」と呼ぶ甘えた声。次に会うときには、日本語も、私のことも忘れているかもしれません。どうかあの大事な子が、両親のもとで愛情をたくさんもらい、幸せにな生活を送れますように。一つしか離れていない私の弟。強がりで、優しく、行動力にあふれた弟。日本ではかなえられなかった弟の夢が、叶いますように。たくさんある弟の良さが、周囲の人に一つでも多く伝わりますように。自信を取り戻し、いつか両親の愛情に気づくことができますように。


いつかまた、家族が笑って再会できますように。







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