履 歴 稿 紫 影子
香川県編
蜂の巣と蝦蟇
裏の小庭園の築山には、蝦蟇が2、3匹棲んで居た。
そうして日暮時ともなると、泉水の附近や手水鉢の近くによく這い出て来たものであった。
それは、私がまだ小学校の1年生であった時代のことであったが、或日の黄昏時に、ついぞ見かけない珍しい小鳥が、五葉の松の小枝で囀っているのを発見したので、「ウム、珍しい小鳥が居るぞ」と、密っと近くへ忍び寄ったのだが、それと気付いたものか、パッと小枝を蹴って夕焼けの空へ飛んで行ったので「ヤァ失敗してしまった」と、思わずつぶやいた私ではあったが、その時その小鳥が飛び立った小枝に蜂の巣がぶら下がっているのを発見した。
丁度その頃が、蜂が巣に帰る時刻であったものか、巣の周辺には多数の蜂が群がって居た。
と、そのうちの1匹がスーッと垂直に急速度で下へ落ちたので、”奇怪だな”と思った私の目は、その落ちていった蜂のあとを追った。
その時の私は思わず「ハッ」と息を呑んだ。
と言うことは、その蜂の落ちて行った所で私の目が、世にも不思議な事態を見たからであった。
その蜂が落ちて行った所には、大きな蝦蟇が口を開いて待って居た。
そうして落ちて来た蜂を一呑みにした蝦蟇が、再び口を開いて”パカッ”と言う微かな音をたてると、またその蝦蟇の口に新しい蜂が1匹落ちて来たのであった。
その日までの私は、蝦蟇をとても可愛いと思って居たので、蝦蟇が這い出てくる日暮時ともなれば、きまって縁側で、その這い出てくるのを待って居たものであった。
併し、その日からの私は、蝦蟇をとても憎んだ。
何故かと言うと、それは偶然と言えば偶然の出来ごとであったかもしれないが、生きんがための餌を求めて、終日花から花へ飛び回った蜂が、働き疲れて憩いの我が巣へ帰り着いたものを、無惨にも吸い込むように呑み込んで蝦蟇が餌食としたことが、少年の日の私に怒りを感じさせたからであった。
そうした私は、その翌日からは日暮時に縁側に立って蝦蟇を待つことを止めた。
撮影機材
Nikon New FM2