![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/82/9f5292200bb98f6c0cce1230f9b78bf3.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/ad/63198380f322dc8b8b035bf8253a2ec9.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/c6/55a1d424d30caa441d1f76badfd5b61c.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/39/c08ae7d897997fc336d646eeb4f9058b.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/10/c6a09bff1257786aa51bdfdf89460786.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/1d/b02352cb807b4954a2074c426df99284.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/63/d9/4b665d95be68b528505b0336923259ef.jpg)
9/10、三川坑あとに展示してある炭鉱電車を見に行きました。公開日は土・日・祝日です。
三池炭鉱専用鉄道の線路は、大牟田・荒尾市内に点在する炭鉱の坑口、社宅、工場、港などを結び、石炭の輸送はもとより、工場の原材料・製品、更には従業員達の通勤にも利用されていました。市民からは「炭鉱電車」と呼ばれています。
三池炭鉱閉山後、市内の工場敷地で静かに時を過ごしてきた「炭鉱電車」4両は19年の年月を経て三川坑跡へ引っ越しました。現在使われている炭鉱電車は三井石炭から三井化学に引き継がれて朝と夕方大牟田市のH町踏み切りの線路をガタン・ガタンと今日も走っています。