蓮の花だより・・・不定期便

季節のうつり変わりと花の香りを求めて、筑後地方を中心に紹介して行きたいと思います。

普光寺の梅

2016-02-27 01:24:24 | 日記















ある




2/20の午後から2年ぶりに大牟田市の郊外で梅の名所として知られている普光寺に行って来ました。
梅は7分咲き程度で粗、見頃でしたが、臥龍梅は2分咲きと聞いています。この日から境内の2ヶ所の入り口に入場口が設けられていて普光寺境内の臥龍梅の維持・管理協力金として料金が取られるようになりました。
数年前までは無料で梅の花を見られたので近郊近在からの観梅客が多かったのですが、料金を取られるようになってからは梅の花を見に訪れる人は少なくなったと聞いています。
私が普光寺に行った日は朝からお天気が悪かったので観梅客が少なく、ゆっくりと梅の花を見る事が出来ましたし、偶然にメジロを写真に撮る事も出来ました。
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柳川さげもんめぐり

2016-02-24 00:51:22 | 日記




















2/16に柳川市のさげもんめぐりに行ってきました。柳川地方に古くから伝わる「さげもん」とは、お雛様と一緒に天井から部屋いっぱいにさげられる、たくさんの色鮮やかな鞠や人形といった飾り付けです。

御花では「さげもんめぐり」のお祭り期間中、雛壇とともに「さげもん」が所狭しとさげられます。初節句を迎える一般家庭や、北原白秋生家、商店街などにも、町をあげて盛大に展示されます。
私が柳川に行った日は平日でゆっくりと柳川の町を歩くことができましたので、戸島邸の方にも行ってみました。ここのお宅にもさげもんがたくさん飾られていました。

※戸島邸とは、江戸時代後期の侍屋敷です。柳川藩で中老職の要職についていた吉田兼儔が隠居
 後の住居として、庭園とともに建築した藁葺二階建ての建物で、後に藩主の立花家に献上されたと
 いわれています。
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クリスマスローズ&多肉植物

2016-02-21 10:06:01 | 日記














「咲かない。咲かない。」と言っていたクリスマスローズがやっと咲きました。今年は例年よりも寒暖の差が大きくて、なかなか芽が出ませんでした。ここにきてやっと小さな芽が出て来ました。まだ蕾の数は少ないですが、数本のお花が咲いてホットしました。今からは春の暖かな兆しに誘われてクリスマスローズのお花も次々に咲いていくと思います。
5番目から下は昨年の秋から育て始めた多肉植物です。最初に育てていた多肉植物は水のやりすぎが原因で根腐し失敗しました。それで他の園芸店で再度多肉植物を買った時に育て方を習い、今日に至っていますので先が楽しみです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<おまけ>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








近所の家の敷地内にある高い木に数羽の野鳥が飛んで来て停まりました。逆光線で写っているので
全体的に黒く見えます。最初はカラスかと思いましたがそうではないようです。私の家の庭から20倍の倍率のカメラで撮りました。
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筑後吉井おひなさまめぐり

2016-02-18 08:46:22 | 日記


















前回の続きです。うきは市吉井町のおひなさまの大きな特徴は、宿場町いわゆる庶民のおひなさまと言える「おきあげ」と「箱びな」です。
「おきあげ」とはおひな様、歌舞伎や浮世絵を題材に各家々の女性が手作りしたものです。羽子板の押し絵と同じようにした絵を描いて、厚紙に写し、綿を乗せて着物の歯切れなどの布地でくるみ、貼り合わせます。その中に細かく削った竹を取り付けて、ワラや畳のへりに押して「箱びな」の周りを彩るように当時は飾ったものです。
こういったおひなさまが旧家・商店や公共施設に飾ってあり、古い建物の内外も一緒に合わせて見る事ができます。
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白壁の町並み・筑後吉井

2016-02-15 02:11:24 | 日記








2/11に、うきは市筑後吉井に行って来ました。ここへ行くにはJR鹿児島本線久留米駅で久大線に乗り換えて筑後吉井駅まで行くか&西鉄久留米バスセンターから吉井営業所まで行く方法があります。
筑後吉井は江戸時代に久留米城の城下町と、天領である日田を結ぶ旧豊後街道沿いの宿場町として発展を始めました。江戸時代中期、大石水道と長野水道の開通により筑後川中流への水運を得たことで商品作物の集散地となり、江戸時代末期からは次第に酒・油・櫨蝋等の商品作物を加工する産業が集積されて、在郷町として繁栄しました。莫大な富を得た吉井の商人たちは明治2年の大火を契機にその資力を誇示するがごとく「居蔵屋」と称される贅をつくした蔵造りの商家を建て、最盛期の大正時代には新町や蛭子町にこの蔵造りが立ち並ぶようになりました。昭和初期の戦時体制と終戦後の農地改革によって、経済活動は減衰し地域経済の拠点性は低下しました。
現在は、福岡県うきは市にある伝統的建造物群保存地区、白壁蔵造りの街並みで知られています。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・<おまけ>・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・










東光寺は、元来神仏混交の時代、社僧が神仏に奉仕をしていました。

またこの寺院では寺子屋が開かれ、多くの吉井商人の子弟が学びました。
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