宗教法人 鈴川キリスト教会

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。

2014年5月25日礼拝メッセージ要旨

2014年06月01日 | 礼拝メッセージ
            ~せめられることのない良心を保つ~

                      鈴川キリスト教会顧問牧師 川崎 廣
使徒24:1-27
 私たちは、毎日の生活の中で、予想もしない出来事に出会うことがあります。そのときに主を信じる者として、わたしたちはどのような生き方をしていったら良いのでしょうか。
 伝道者パウロには、次から次と、パウロの身に危険な状態がおそってきましたが、千人隊長ルシアの配慮で物々しい警備のもとで、総督ペリクスのいるカイザリヤに護送されました。エルサレムから大祭司アナニヤがテルトロという弁護士をつれてきて、総督ペリクスの前でユダヤ人指導者たちがパウロを訴え、裁判が始まりました。テルトロはへつらいと誇張によってパウロを訴えました。パウロに発言が許されると、ユダヤ人指導者たちが訴えている騒ぎについて具体的にエルサレムでの神殿礼拝について説明しました。そして、エルサレムにおいてなんら論争も騒がせたりもしていないことを述べ、彼らの訴えは、何ら証拠を示すことが出来ないと指摘しました。さらにパウロは自分の確信することと、神の前にも人の前にも責められることのない良心を保つように最善を尽くしていると証言しています。このことこそパウロの生き方を現す大切な原則でした。
 総督ペリクスは、これは証拠なしの訴えであり、パウロは罪に当たるようなことはしていないと気づいていたようですが、ルシアが来る時に解決しようと言って裁判を延期しました。その後、パウロは2年間もある程度自由を与えられていましたが監禁生活が続いたのです。ペリクスには、パウロから金をもらいたい下心があったので、たびたびパウロを呼び出して話し合いました。パウロは、機会があればいつも福音を伝えることを心がけていました。
 私たちの主は、私たちに対して真実なお方であり、特に神様が約束されたことを実現されるためには、すべてのことを働かせて益として下さるお方なのです。さて、あなたは毎日の生活の中でどのような生き方を心がけているでしょうか。パウロのように神の前にも人の前にも責められることのない良心を保つように最善を尽くしていると告白できる生き方を目指していきたいものです。


今週の聖句
 そのために、私はいつも、神の前にも人の前にも責められることのない良心を保つように、と最善を尽くしています。 (使徒 24:16)