宗教法人 鈴川キリスト教会

わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。

2014年2月23日礼拝メッセージ要旨

2014年03月17日 | 礼拝メッセージ
             ~きよい良心をもって~
                            鈴川キリスト教会顧問牧師 川崎 廣
使徒23:1-11             
 もし、誰かに「あなたは、毎日どのようなことを心がけて生活していますか。」と聞くなら、多くの人々は、「私は自分の良心に恥じないような生活をしています。」とか、「他の人の迷惑にならないような生活をしています。」と答える人が多いのではないでしょうか。また、「良心的」ということばもあります。たしかに良心は、世界の創造者である神様を信じていない人々にとっては、自分の行動を規定する最小限の判断基準として評価される面もあるかも知れませんが、多かれ少なかれ相対的なもので、必ずしも当てにならないことが多いものです。それでは、イエス様を自分の救い主として生活するクリスチャンにとって、「良心」とはどのような意味があるのでしょうか。 
 伝道者パウロは、エルサレムの騒動に巻き込まれたとき、千人隊長の配慮で、70人議会で弁明することになりました。そのとき彼は、「兄弟たちよ。私は今日まで、全くきよい良心をもって、神の前に生活して来ました。」 (使徒23:1) と大胆に宣言したのです。ここで、パウロがここで語っている「きよい良心」というのは、イエス様を信じたことにより、罪からきよめられ、最初の人間が神様から与えられた「きよい良心」を回復した良心のことで、古い人のままの良心ではありません。パウロにとって良心とは、神様から与えられた人生の羅針盤のようなもので、一般的な意味で使われる良心とは区別されるものでした。
 さて、私たちにも、イエス・キリストを信じるようになったことで、「きよい良心」を回復しているのです。私たちは、パウロと同じように「全くきよい良心をもって、神の前に生活して」いるでしょうか。


分かち合いのために
1、パウロは、議会でどのように弁明し始めましたか。 (1節)
2、その弁明を聞いた人たちは、どのように反応しましたか(2-5節)
3、その後、パウロは議会の人々に何と語りましたか。 (6節
4、その結果、議会ではどのような議論になりましたか (7-9節)
5、千人隊長はどのように命じましたか。 (10節)
6、その夜、主はパウロをどのように励まされましたか。 (11節)
7、あなたは、いつも、全くきよい良心をもって、神の前に生活しているでしょうか。互いに分かち合いましょう。

今週の聖句
 パウロは議会を見つめて、こう言った。「兄弟たちよ。私は今日まで、全くきよい良心をもって、神の前に生活して来ました。」 (使徒 23:1)


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