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1975年の吉田拓郎 その13

2019-05-14 06:59:27 | #1975年の吉田拓郎
フォーライフレコード
「フォーライフレコードは黄金の卵をつけたか」
 
新人オーディションに応募されたテープの数
2483本
 
5人目のフォーライフ
第1弾新人が
プロデューサー会議で決定された。
 
フォーライフのポリシー
 
「私たちに音楽の流れを変えることができるでしょうか」
がどう反映されたか…
 
 
そして
『川村ゆうこ』さんが
五人目のシンガーとなった。
 
 
小室等
吉田拓郎
井上陽水
泉谷しげる
4人のプロデューサー
全員一致での決定だった。
 
川村ゆうこ
「4人に対して頭を下げたくないの」
 
そうふてぶてしく答えた20歳の新人は
フォーライフレコードの5人目のシンガー
はじめての新人として
音楽の流れを変えるべく
フォーライフ丸に乗り込んだ。
 
吉田拓郎プロデューサーが川村ゆうこを語る
「今のところはまったくわからない というか
底が測り知れないようなところがある彼女。
彼女の底が早く知りたいというのが今の俺に
とって大きな関心ごと
 
俺たちがデビューした頃は70年安保があった。
ああいう状況でとりあえず反体制というテーマが
ありそれが売り物であったり
カッコいいことでもあったから
ストレートな表現というのが出来た時代なんだよ
 
アンチ.マスコミ、反体制の歌というのが作れる
状況にあったわけさ
話をしていると
彼女も現状には不満を抱いていることには
違いないのだが、
俺たちとは視点がまるで違うし、対処の仕方も
当然違ってきている
 
それに当時の俺たちと言ってることは
同じでも、体制がわの受け入れ態勢が
違ってきている。
つまり体制側もどうやら変化しているようだ。
 
その違いを彼女を通じて
確認してみたい。
 
ひょっとしたら違ってないかもしれないし、
あるいは自分たちが体制なのかもしれない。
 
フォーライフが体制なのかもしれない。
マスコミテレビ文化は俺たちの時代と同じように
同じ型の体制なのか?
あるいは違うのか?
彼女をテレビ文化の真っ只中に放り出すことに
よって自分でも確かめてみたい。
 
彼女は十分、それに耐えれると思う。
 
聞けば ウームと
うなれる曲を 今、俺自身が作り上げた所だ。
 
それは三分間のテレビ出演でも、聞くものを
説得させられる歌だと自信はある。
俺自身は三分間で勝負する自信はなかった。
 
やはり二十分を必要とした。
その俺の出来なかったことを彼女は
やり遂げるはずだ。
 
彼女は三分間でも勝負できるアーティストとして、
フォーライフから登場するだろう。」
 
と拓郎プロデューサーは語っていた。
 
新しい可能性を求めて
新しい可能性を探して
オーディションに参加する側
オーディションを開催する側
思惑は果たして
うまく混じり合ったのか?
期待と不安の船出のフォーライフレコードだったが
兎にも角にも
新人は決まった。
 
吉田拓郎プロデュース
というクレジットが踊った。
 
 
 
 
 
 


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