社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

木村太郎「一部調査論」『改訂 統計・統計方法・統計学』産業統計研究社,1992年

2016-10-06 11:35:02 | 3.統計調査論
木村太郎「一部調査論」『改訂 統計・統計方法・統計学』産業統計研究社,1992年

一部調査の基本的課題は,全部的調査によって観察すべき社会集団の総体としての性質を,その構成要素である単位の一部を抽出,観察することで,後者によって前者を類似的に判定することである。一部調査によって観察できるものは社会集団の性質である。その大きさあるいは標識和の統計ではない。

 社会集団の性質を表示する標識は,質的標識であるか量的標識であるかによって,把握可能な問題は分かれる。質的標識によって表示される社会集団の性質は,その標識によって分類された部分集団と社会集団の構成比率として数量的に示される。量的標識による表示は,2つの形のものがある。一つは質的標識と同様に,量的標識によって分類された部分集団の構成比率として捉える場合であり,もう一つは単位のもつ量的属性である数値を社会集団全体の代表値として捉える場合である。要するに一部調査によって観察・捕捉すべき問題は,(A)質的あるいは量的標識によって分類された社会集団の構成比率をもとめる場合と,(B)社会集団の構成要素である単位の代表的量的標識をもとめる場合との2つに要約可能である。

一部調査はその類型を整理すると,次の4類型に落ち着く。(1)直接的一部調査,(2)間接的一部調査,(3)地域的一部調査,(4)典型調査。これらのうち直接的一部調査は,一部調査の理論的・抽象的原型であり,その他の調査はそれぞれの問題と対象に対応した適用形態である。直接的一部調査は,観察すべき社会集団から直接,その構成要素である単位を抽出し,抽出された一部の小集団を総体の模型として観察する調査である。そこでは,抽出された一部の小集団を総体の模型として観察することになるが,問題はこの模型をどのような方法で抽出するかである。
この問題は,上記の(A)質的あるいは量的標識によって分類された社会集団の構成比率をもとめる場合と,(B)社会集団の構成要素である単位の代表的量的標識をもとめる場合とで異なる。構成比率を求めるための一部調査は,社会集団の性質を大雑把な傾向で捉えるもので,その限りでの役割を果たすにすぎず,あまり重視されない。これに対し,代表的量的標識をもとめる場合とは,例えば月ごとに連続的に作成されなければ意味のないもので,もっぱら一部調査にたよる外はなく,その意義は重要である。

 ここで問われるのは代表性の問題である。最重要な要件は,対象である社会的集団がその代表的な量的属性を客観的にもっていることである。しかし,社会的集団過程で,そのような代表性を社会科学的に保証しうる集団は,きわめて少ない(労働者の賃金,企業の利潤率)。考えられるのは労働者階層,小商業といった部分的集団として捉えられた世帯の家計などである。これらの社会集団の代表的量的標識は,理論的抽象的には無作為抽出調査による直接的一部調査でもとめることができる。しかし,この種の統計を任意抽出法で作成するには,統計の時間的連続比較性と対象捕捉可能性という別個の困難がある。筆者はその例として,少なくとも毎月作成され,月ごとの増減,内容の変動を連続的に比較観察することを目的とした統計をあげ,この困難の中身を解説している。この困難を解消するには,間接的一部調査によるか,有意抽出調査あるいは典型調査によることが多い。

 間接的一部調査は,観察すべき総体としての社会的総量を一部の調査単位(総量を統括または管理する単位)をつうじて観察・調査する方法である。「間接」の意味は,この観察・調査の目的が統計単位そのものを対象とするのではなく,調査単位がもつ量的属性を捉えることにあるからである。この種の統計調査の重要性は,独占企業による生産の圧倒的支配を背景に,とくに社会集団の動態的側面を捉える場合に確認できる(工業生産高統計,雇用統計,労働賃金統計,在庫統計など)。具体的には,一部調査の対象を大企業に限定した調査がそれである(その限りでは有意調査になっている)。なぜならそうした調査は,対象を少数調査単位にとどめることで調査結果の安定性を確保できること,また調査そのものを効果的に遂行できるからである。「間接的一部調査の第一義的な課題が,動態的な把握であり,時系列的利用にある点を見失ってはならない」(p.103)。

 地域一部調査は,一部の地域を抜き出し,その地域の社会集団について調査を行い,その観察結果から地域総体の動向を推定する方法である。代表的なものは,農業統計調査の領域における Master Sampling である。地域一部調査の課題は,社会学における社会調査を連想させるが,農業センサス間の統計推定資料として頻繁に利用される。Master Samplingとは,全地域を一定数の農場を含む多数の小地域に分割し,その小地域の集団を母集団として観察すべき一部の標本集団を抽出し,この標本集団を持続的に設定する標本地域集団として二次的な観察あるいは標本抽出の基礎とするサンプリング技法である。この方法のメリットは,Master Samplingを持続的調査単位として設定できる点にある。
調査対象地域を固定することによって,部分としての農家戸数の増減,耕作地の増減あるいは農業経営形態などの動態的把握,観察が可能になる。無作為抽出であることにMaster Samplingの妙味があるのではない。

 最後に典型調査について。典型調査の対象である典型的なものは典型的労働者,典型的世帯などの典型的な観察客体である。この客体は普通,個体であるが,個体に限られることはない。「典型的米作地帯」のように,地域の場合もある。従来の統計学では,典型調査の重要性が強調されてきたものの,それがなぜ重要なのかが十分に語られなかった。筆者は,典型調査が統計生産にとってなぜ必要なのか,またいかにそれが統計生産のなかに組み入れられるべきかをここで考察している。

典型とは客体がもつ型に関する概念で,数量そのものが典型であり得ない。統計生産における一部調査は,対象の量的標識をもとめることが課題である。それゆえに,典型調査にあたっては,観察単位の性格を明らかにし,この性格の明らかな観察単位について量的標識をもとめるというのが正道である。対象として観察すべき単位の性質を類型としてまず明確化し,次にこの型について可能な限り模範的なものを調査対象とすることが望ましい。

 従来の統計学は典型調査の統計生産における重要性に着目しながら,社会調査における典型調査と同一視し,これを統計生産に具体的に結びつけることを怠っていた。さらに,典型たる観察単位の代表性を静態的側面からのみとらえ,動態的側面における代表性,また時間的,類型的比較適性の側面を見落とし,典型調査の統計生産における積極的意味をとらえきれていなかったと言える。

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