社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

濱砂敬郎「統計学における統計環境論の意義(第10章)」『統計調査環境の実証的研究』産業統計研究社,1990年

2016-10-06 11:23:29 | 3.統計調査論
濱砂敬郎「統計学における統計環境論の意義(第10章)」『統計調査環境の実証的研究』産業統計研究社,1990年(「統計学の今後の課題」『統計学(社会科学としての統計学・第2集』) [経済統計学会]第49・50合併号,1986年8月)

 統計環境論を研究テーマに掲げ,成果をだしていた筆者がその研究スタンスに立脚して統計学の課題を展望した論稿。
内容は社会科学としての統計学の動向をおさえ(「1.社会科学的な統計学の動向」),統計環境の悪化という事態に直面している統計学が果たすべき役割(「2.統計環境問題と統計研究」),統計作成論の課題の確認(「3. 統計作成論の課題」),統計利用論の可能性の検討(「4.統計利用論」)である。

社会科学としての統計学の動向把握では,その内実の多様化を具体的に,是永・広田・野村・大屋編『統計学』(産業統計研究社,1984年)と内海・上杉・三潴編『統計学』(有斐閣,1966年)の構成の対比で確認している。筆者によれば,前者の特徴を後者のそれと対比して列挙するとまず,是永・広田・野村・大屋編『統計学』では研究の視野が統計作成,統計および統計利用の全ての領域に広がったことである。これは社会的な統計実践の理論的考察の成果である。第二に,統計作成論で主体的,機能的,操作的な統計調査方法論研究とともに,政府の統計調査と統計制度を客観的に分析する姿勢が明確になり,研究の視野に統計環境問題を展望する統計活動論が統計学研究の基本的領域に定着したことである。第三に,統計の信頼性,正確性を理解・吟味する課題が統計的認識の科学性を問う批判統計論志向から,主体的,機能的な統計利用の実践と言う応用科学的志向から解明されるようになったことである。

 こうした研究動向をふまえ,統計学=「統計現象の社会科学的考察説」に以下の論点をあげている。(1)統計利用論では,現代資本主義国家の行財政活動における統計利用の諸形態を,その論理的構造と具体的形態について,全面的に明らかにすること,(2)統計論では政府統計体系の「認識技術構造と歴史的社会的被規定性」を把握すること,(3)政府統計作成論では政府の統計調査体系の方法的技術的性格と政治的経済的要因を明らかにすること。

筆者は次に,統計環境論の基本論点を示している。統計学では科学的統計利用論構築の必要性,あるいはまた統計調査の歴史的社会的性格が蜷川虎三以来つとに指摘されてきたが,旧来の統計方法論研究にあっては,統計調査のこの性格は統計的認識が成立するための外在的制約条件としてのみ捉えられていた。しかし,この問題を本質的に議論するとなると,すなわち統計環境問題を研究対象として設定すると,この問題を従来のようにあつかうのでは本質論議にならない。そこで「視座の転換」が必要となる。近時問題となっている統計調査におけるプライバシー問題は,この課題にふさわしい統計研究の新たな思考方式を要請している。

 社会統計学は,世界的にプライバシー問題に直面し,統計調査のあらゆる面で基本的変革をせまられている。(1.調査目的・利用目的の公共性原則の明示,2.プライバシー保護の観点にたった調査項目と調査方法の選択,3.調査方法・手続きの基本的変更,4.調査標識と個人別標識の分離,5.調査個票譲渡の管理強化,6.統計組織の「遮蔽化」原則の徹底)。課題は山積しており,統計機構の行政からの自立性,「公共財」としての政府統計の承認などをふまえた統計論,統計体系論の構築が問われている。

その際に課題となるのは,筆者によれば,次のとおりである。(1)統計対象である社会現象総体と統計的組織の相互関連性,および相互関連性を規定する統計調査の「認識論的技術構造」と統計主体の社会的立場・関心,および統計主体と統計客体の社会的関係を理論的具体的に把握すること,(2)統計調査間の相互関係を方法的技術的組織性と歴史的制度的被規定性について明らかにすること,(3)政府統計の現代的形態である総合加工統計,国民経済計算,景気指標と社会指標の作成様式と利用形態,および統計調査体系との相互作用を歴史的論理的に分析すること,(4)主要統計と部門統計群について,政府の社会経済政策体系と対応関係を理論的に分析すること,(5)以上にもとづき統計作成論と統計利用論を総括する統計体系論を構築すること。

 筆者は最後に,統計利用論構築の必要性と困難性に関し,問題提起を行っている。プライバシーの新しい権利規定=「個人情報にかんする自己決定権」は,統計調査の公共目的的性格との間にしばしば軋轢をもたらす。両者の関係の検討,あるいはまた政府的統計利用の公共性そのものは現代統計学の対象になりうる。この他にも社会的実践過程である統計利用,とりわけ政府的統計利用の社会科学的考察に関しては,その具体的考察が必要である。ただし,こうした統計利用は種々の行財政過程に組み込まれ,一義的な議論が困難である。しかもこれら統計利用は,統計活動とみなしにくく,それぞれの領域における具体的活動と認識されるのが常であるので,注意が必要である。

 さらに統計量過程では,統計利用主体の政治目的の主導性は,統計実践の方向,内容,性格を規定する。この点は,行財政過程での個別的な統計利用の場合にはもとより,政府による経済分析・予測および計画・決定資料の利用の場合にはなおさら顕著である。先進資本主義諸国の経済計画をみるとそのことは明瞭であり,筆者が究明した西ドイツ連保政府の経済予測の方法体系の分析では,政府の計画機能が私企業や民間団体の経済予測と異なる目的機能と方法構成をとることが明らかになった。

 こうした統計利用の政府的様式に関する研究は,重要でありながら,ほとんどなされていない。統計利用論は統計学の未開拓部門であり,統計利用の現代的諸形態の全体的理論的解明は,統計学の社会科学的性格を問う試金石である。

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