社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

大屋祐雪「統計調査票について」『経済論集』(北海学園大学)第36巻第3号,1989年

2016-10-06 11:27:01 | 3.統計調査論
大屋祐雪「統計調査票について」『経済論集』(北海学園大学)第36巻第3号,1989年,(『統計情報論』九州大学出版会,1995年)

 多くの統計調査には,統計調査票が活用される。信頼にたる,正確な統計を得ることができるかどうかは,調査票の設計とその運用の如何にかかっている。本稿は統計的認識過程で調査票が果たす役割とその意義について論じたものである。以下,筆者の叙述にそくし,その説明を引きながら,本稿のまとめに代えさせていただく。

 統計は,社会についての総体情報である。あるいは統計は,統計的総体(統計集団)の構成要素である統計単位を手掛かりとする手続きによってのみ得られる情報である。統計単位情報の獲得には,調査票の考案・作成(統計家の頭脳労働による計画思考という課業)とそれによる統計単位からの個別情報の取得と記録(多数の調査員による組織的な記録という課業)と言う2つの課業が必要である。また,統計単位情報による全体像の形成も同じように2つの課業からなる。すなわち,個別単位情報が個別データとして振り分けられる理論的,概念的枠の考案,そして統計的表章形式の構想ならびに結果表の設計と獲得された単位情報の結果表への総括,整理である。統計による社会認識過程は,調査票によって媒介された,理論的模像から統計的総体に変容した社会現象へのプロセスに他ならない。

 それでは調査票を設計するとは,どういうことなのか。筆者はそれを調査事項の決め方と調査事項の配列とに分け,経験豊かな2人の統計実務家(伊藤廣一と藤田峯三)の叙述を,このことの説明の代わりにあてている。問題は統計実務家が語る調査票作成の具体的作業が,どのような統計的な認識論的意味をもつかである。この点を論じるにあたって,筆者は調査票を次のように再定義する。すなわち,調査票は,社会的個体の属性を統計単位の標識特性ないし標識特性値として確認し,それらを統計単位情報として結果表に分類,集計,表章する,そのためだけの記録様式である,と(p.98)。ここから統計家は調査計画の際に,一方では統計単位となる社会的個体の諸属性を脳裏におき,他方では統計的総体の表章形式となる各様式の結果表を他方の極におく。

社会的認識の統計的変容は,調査票の設計段階で始まることがまず確認され,ここから統計的総体,統計単位,調査事項,集計事項,結果表のそれぞれの意味と諸関係が浮き彫りにされていく。これらのいずれの場合にも,問題はそれらの理論的概念的次元と実際の調査票作成の次元との対比で考察される。問題意識は常に社会的個体の属性を統計的表章に写像するさいの技術的,社会的制約を考察することの重要性にある。多様な社会的属性の捨象,質問内容と回答項目の形式,分類における「割り切り」,調査票の大きさ,申告方式の形,用語や概念の使い方などが細かく具体的に説明されている。とくに質問内容と回答項目の形式,分類における「割り切り」では,国勢調査の調査票が例にとりあげられ,わかりやすい。

そのうえで調査票には,「逆順」「割り切り」「限界」の3原則が働いているという(p.106)。「逆順」とは,統計的社会認識ということから言うと「統計単位」→「調査事項」→「集計事項」→「結果表」という統計家の計画思考の流れによって調査票が設計されるのではなく,統計的総体の表章体系である統計表の表頭,表側に配される全ての集計事項がまず調査事項としてあげて調査票が設計されることである(p.99)。「割り切り」とは,多様な現実を前提としながら分類を行わなければならないとすると,ボーダーラインの事象,不特定事象,複合多義的な事象に振り回されるので,どこかで割り切って,調査票の回答に落としこむ設計がもとめられることである(p.105)。「限界」とは被調査者に回答をもとめるときには,めんどうくさがり,あきっぽい回答者(限界)の心証にあわせて,調査事項を選択し,回答選択肢を用意する方法である。(p.106)

 要するに調査票には,①社会的個体や事象の多様な特性のうち,標識化が可能なものしか採りあげることができないこと,②そのうち,調査目的に照らして必要不可欠な特性のみが限定的に調査事項に選ばれること,③集計や表章の経費面から逆順の原則にしたがって,事項数や項目数が制約されること,④それにはまたスペース面からの量的制約があること,さらに,⑤調査事項や調査項目の内容決定には限界原則からの質的,社会制約があること,が銘記されなければならない(pp.107‐108)。

調査票を媒介とした統計的認識は現実の調査対象の極めて限定的,形式的,常識的な性格の情報でしかないが,逆に統計的単位情報の拡大再生的機能をもたせることになる。したがって,統計は存在たる対象に規定されて成立したものであるにもかかわらず,統計的認識の世界では統計が存在を規定するかのような倒錯が当たり前になる契機もでてくる。調査票にとりあげられなかった対象の諸属性が,あたかも統計の上では現象そのものに初めからそのような特徴がなかったかのような取り扱いを受ける。筆者はこれを評して,統計情報の経験批判論的性格と呼んでいる(p.108)。

コメントを投稿